110 / 122
最終章 明日へ
(6)
しおりを挟む――
「…………」
閲覧の間。
松明の火が薄く、広い部屋の中を照らしていた。間もなく日付の変わる時間であるが、オキト城の閲覧の間には何人かの人間が顔を俯けたまま時間が過ぎる事を待っている。
一様に、顔は暗い。誰一人として会話はしようとせず、ある者は閲覧の間の中をウロウロと歩き回り、ある者は椅子に座ったまま両手を組んで黙りこんでいた。
オキト国王。
マグナ・マシュハート。
マリル・クロスフィールド。
そして……リーシャ・アーレイン。
部屋の中にいるのは、この四人だった。
「……リーシャ様。……ルーティアさんは、きっと、大丈夫ですよ」
「…………」
椅子に体育座りをしたリーシャが抱きかかえているのは、ルーティアが愛用していた鞘のついたロングソードだった。
あの時、ルーティアから投げ渡された剣を、大切に抱えるようにしながら俯いているリーシャに、いつものような表情はない。マグナに声をかけられても返事もしない。子どもらしい顔も、大人びた顔もせず……ただただ、空虚な瞳を大理石の床に落としている。
「……リッちゃんのせいじゃないよ。そんなに落ち込む必要、ないよ」
現場には居合わせなかったマリルであったが、状況はその場にいた魔術団員達から聞いたようだ。リーシャが悪いわけでも、オキト城の誰が悪いわけでもない。
ただ、あの紅蓮の骸のリーダーであるドラク・ヴァイスレインが、今回の作戦で狙っていたのは間違いなく『ルーティア・フォエル』という戦力の破壊だったという事だった。
あの時魔族達にやられていた騎士達に、死者はいない。全員が負傷という形となり、城の医務室や城下町の病院で治療にあたっている。それもまた、作戦のうちなのであろう。
負傷という形であれば、誰かしらが介護に当たり、それだけ相手の戦力を削れる。死者が出れば復讐という名目で相手の指揮が上がる。殺しはせず、全員に立ち上がれない程度の傷を与えたのが、『紅蓮の骸』という集団の兵法だったのだ。
そして、ルーティアも例外ではない。
弔い合戦という名目を避けるために、あえてドラクは自分が疲弊するほどの魔法――『呪毒手』を放ったのだ。相手の体力をジワジワと削る呪いの魔法は、それだけ効果時間が長い事から大きな魔力を使う。そうまでしてもルーティアに『呪い』をかけたのは、ルーティアという大きな戦力を失わせ、かつ周りの人間に絶望を与えるためであろう。殺すより、生かすほうが敵軍の指揮が下がる事を、ドラクは知っていたのだ。
リーシャ・アーレインがそうであるように。
「……わたしがあそこで斬り込んでいたら、違った結果になったかもしれない」
「そんな事できたワケないよ……!人質をとられていたんでしょ?いくらリッちゃんだって……」
「わたしは……何もせずに突っ立っていただけだった。少しでも行動を起こしていたら、アイツは……。ルーティアは……ッ……!」
「……リッちゃん……」
瞳を強く閉じて、こぼれそうになる涙を必死に抑えるリーシャ。
ここで「しっかりしろ」とリーシャを強く励ます事は、マリルもマグナも、出来なかった。ライバルであり……どこか、ルーティアを尊敬していた彼女が。そして、ルーティアから剣を受け取ったリーシャが一番辛い事を、分かっていたからだった。
「……リーシャ。ルーティアは、大丈夫だよ。もうすぐクルシュが呪いの解析を済ませてくるはずだから……それを待とう」
室内をウロウロしていたオキト国王がリーシャに近づき、肩をぽんと叩いて優しく言った。
国王も、娘と思ってきたルーティアが呪いに倒れた事は誰よりも心配をしているはずである。しかし、国の長たる自分を見せるため、リーシャに冷静に振る舞うよう努めているのだと、マリルは思った。
「でも国王、どうなるんですか……?明日、紅蓮の骸はこの城に総攻撃をかけると……」
「…………」
マリルがふと言った言葉に国王の目は点になり、そして――。
先ほどと同じように、閲覧の間の中をウロウロと落ち着きなく歩き始めた。
「あああああ、どうしようどうしよう……。ルーティアが療養している中でこの城を防衛するだなんてそんな事できるのかな、でもやらなきゃな、ワシがなんとかせにゃあ……あああああああ……」
「……すいませんでした、国王。嫌な事を思い出させてしまったみたいで……」
動揺しっぱなしの国王にとりあえずマリルは謝罪を入れておく。
その時、閲覧の間の大きな観音開きの扉が開いた。
室内にいた四人は、その方向を同じタイミングで振り向く。
部屋に入ってきたのは…… クルシュ・マシュハート。
そして…… ランディル・バロウリーの二人であった。
「クルシュ!ランディル!……ル、ルーティアは……?」
「……ああ」
「ランディルさんには感謝をしているのです。魔皇拳の詳しい情報は魔族でしか分からない以上、ランディルさんがいなければどうなっていたことか……」
城での一大事を聞きつけて、魔族であるランディル・バロウリーはいち早くオキト城へと乗り込んできた。初めは城門の兵士に捕らえられそうになったが、以前国王に感謝状を贈られていた事もあり、魔族でありながらあっけなく城内へと案内をされた。
勿論、ルーティアの安否を気遣っての事であった。
「ルーティアには借りがある。魔皇拳の事は誇り高き魔族であるこの俺でしか分からない。すぐに診せてくれ」――。 その一言を聞き、国王は喜んで病床のルーティアの元へと彼を案内した。その瞳から、彼が『紅蓮の骸』の一味とは関係がない事、そしてその言葉に嘘偽りがない事がすぐに理解できたからであった。
そして、魔族である身の危険も顧みずこの時間までオキト魔術団の診察チームに加わりルーティアにかけられた呪いの解析をしてくれた。リーシャも、国王も、マリルも……オキト城の人間は、ランディルに感謝してもしきれないが今はそれを伝える時間も惜しい。リーシャは椅子から立ち上がると詰め寄るようにクルシュとランディルの元へ歩み寄った。
クルシュは、手に持った診断書に目を落としながら告げた。
「結論から申し上げると……ルーティアさんは、無事なのです。命の危険もありません」
その言葉に、リーシャの目から自然と涙がこぼれ落ちた。国王も、マリルも、マグナも、それを聞いてあふれ出す涙を拭いはじめる。
「良かった……本当に、良かった……」
「で、でもどうして……?ドラクってヤツは、呪毒手はかけられた者を死に至らしめる呪いの魔法だって……」
マリルは思いついた疑問をクルシュに言ってみた。
その答えは、隣にいるランディルが神妙な面持ちで答える。
「……高度の魔法拳である『呪毒手』は、ウイルスのような魔法を、かけた相手に直接侵入させる技だ。厄介な事にこの魔法は完全にかけた相手の内部へ入り込み、持ち主の体力や精神力をじわじわと奪い……やがて死に至らしめる。そして、更に厄介なのは、この魔法は解除をする方法というのが存在しない。かけられた相手が死ぬまで相手の体内で呪いの魔法が巣くい、その最期まで体内を痛めつける……。そういう魔法だ」
「じゃ……じゃあルーティアは、全然大丈夫じゃないってコト!?さっきクルシュは、命の危険はないって……!!」
リーシャが当然の疑問を、怒りのように投げつけた。
そしてクルシュが……苦笑いを浮かべて、答える。
「『解除方法』は、存在しない。けれども……『治る』事は、可能なのです」
「……は?」
その言葉の意味が分からないリーシャ達。
そして、首を傾げているうちに…… 閲覧の間に、一人の人間が入ってくる。
それは、パジャマを着て、額に氷嚢を当てた赤ら顔のルーティア・フォエルであった。
「うー……頭いたい……」
…………。
一瞬の、静寂。
「る……ルーちゃん!?の、呪いはどうなったの!?なんで立って歩けているの!?」
持ち主を死に至らしめる呪いを受けながら、フラフラと歩いてこの場にいるルーティア。その状態は、どう見ても……。 それを、ランディルが答えた。
「要するに……ルーティアにとっては、風邪のようなもの、ということだ」
その場にいたクルシュとランディル、そしてルーティア本人以外の人間は、口をあんぐりと開けた。
――
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる