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最終章 明日へ
(6)
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「…………」
閲覧の間。
松明の火が薄く、広い部屋の中を照らしていた。間もなく日付の変わる時間であるが、オキト城の閲覧の間には何人かの人間が顔を俯けたまま時間が過ぎる事を待っている。
一様に、顔は暗い。誰一人として会話はしようとせず、ある者は閲覧の間の中をウロウロと歩き回り、ある者は椅子に座ったまま両手を組んで黙りこんでいた。
オキト国王。
マグナ・マシュハート。
マリル・クロスフィールド。
そして……リーシャ・アーレイン。
部屋の中にいるのは、この四人だった。
「……リーシャ様。……ルーティアさんは、きっと、大丈夫ですよ」
「…………」
椅子に体育座りをしたリーシャが抱きかかえているのは、ルーティアが愛用していた鞘のついたロングソードだった。
あの時、ルーティアから投げ渡された剣を、大切に抱えるようにしながら俯いているリーシャに、いつものような表情はない。マグナに声をかけられても返事もしない。子どもらしい顔も、大人びた顔もせず……ただただ、空虚な瞳を大理石の床に落としている。
「……リッちゃんのせいじゃないよ。そんなに落ち込む必要、ないよ」
現場には居合わせなかったマリルであったが、状況はその場にいた魔術団員達から聞いたようだ。リーシャが悪いわけでも、オキト城の誰が悪いわけでもない。
ただ、あの紅蓮の骸のリーダーであるドラク・ヴァイスレインが、今回の作戦で狙っていたのは間違いなく『ルーティア・フォエル』という戦力の破壊だったという事だった。
あの時魔族達にやられていた騎士達に、死者はいない。全員が負傷という形となり、城の医務室や城下町の病院で治療にあたっている。それもまた、作戦のうちなのであろう。
負傷という形であれば、誰かしらが介護に当たり、それだけ相手の戦力を削れる。死者が出れば復讐という名目で相手の指揮が上がる。殺しはせず、全員に立ち上がれない程度の傷を与えたのが、『紅蓮の骸』という集団の兵法だったのだ。
そして、ルーティアも例外ではない。
弔い合戦という名目を避けるために、あえてドラクは自分が疲弊するほどの魔法――『呪毒手』を放ったのだ。相手の体力をジワジワと削る呪いの魔法は、それだけ効果時間が長い事から大きな魔力を使う。そうまでしてもルーティアに『呪い』をかけたのは、ルーティアという大きな戦力を失わせ、かつ周りの人間に絶望を与えるためであろう。殺すより、生かすほうが敵軍の指揮が下がる事を、ドラクは知っていたのだ。
リーシャ・アーレインがそうであるように。
「……わたしがあそこで斬り込んでいたら、違った結果になったかもしれない」
「そんな事できたワケないよ……!人質をとられていたんでしょ?いくらリッちゃんだって……」
「わたしは……何もせずに突っ立っていただけだった。少しでも行動を起こしていたら、アイツは……。ルーティアは……ッ……!」
「……リッちゃん……」
瞳を強く閉じて、こぼれそうになる涙を必死に抑えるリーシャ。
ここで「しっかりしろ」とリーシャを強く励ます事は、マリルもマグナも、出来なかった。ライバルであり……どこか、ルーティアを尊敬していた彼女が。そして、ルーティアから剣を受け取ったリーシャが一番辛い事を、分かっていたからだった。
「……リーシャ。ルーティアは、大丈夫だよ。もうすぐクルシュが呪いの解析を済ませてくるはずだから……それを待とう」
室内をウロウロしていたオキト国王がリーシャに近づき、肩をぽんと叩いて優しく言った。
国王も、娘と思ってきたルーティアが呪いに倒れた事は誰よりも心配をしているはずである。しかし、国の長たる自分を見せるため、リーシャに冷静に振る舞うよう努めているのだと、マリルは思った。
「でも国王、どうなるんですか……?明日、紅蓮の骸はこの城に総攻撃をかけると……」
「…………」
マリルがふと言った言葉に国王の目は点になり、そして――。
先ほどと同じように、閲覧の間の中をウロウロと落ち着きなく歩き始めた。
「あああああ、どうしようどうしよう……。ルーティアが療養している中でこの城を防衛するだなんてそんな事できるのかな、でもやらなきゃな、ワシがなんとかせにゃあ……あああああああ……」
「……すいませんでした、国王。嫌な事を思い出させてしまったみたいで……」
動揺しっぱなしの国王にとりあえずマリルは謝罪を入れておく。
その時、閲覧の間の大きな観音開きの扉が開いた。
室内にいた四人は、その方向を同じタイミングで振り向く。
部屋に入ってきたのは…… クルシュ・マシュハート。
そして…… ランディル・バロウリーの二人であった。
「クルシュ!ランディル!……ル、ルーティアは……?」
「……ああ」
「ランディルさんには感謝をしているのです。魔皇拳の詳しい情報は魔族でしか分からない以上、ランディルさんがいなければどうなっていたことか……」
城での一大事を聞きつけて、魔族であるランディル・バロウリーはいち早くオキト城へと乗り込んできた。初めは城門の兵士に捕らえられそうになったが、以前国王に感謝状を贈られていた事もあり、魔族でありながらあっけなく城内へと案内をされた。
勿論、ルーティアの安否を気遣っての事であった。
「ルーティアには借りがある。魔皇拳の事は誇り高き魔族であるこの俺でしか分からない。すぐに診せてくれ」――。 その一言を聞き、国王は喜んで病床のルーティアの元へと彼を案内した。その瞳から、彼が『紅蓮の骸』の一味とは関係がない事、そしてその言葉に嘘偽りがない事がすぐに理解できたからであった。
そして、魔族である身の危険も顧みずこの時間までオキト魔術団の診察チームに加わりルーティアにかけられた呪いの解析をしてくれた。リーシャも、国王も、マリルも……オキト城の人間は、ランディルに感謝してもしきれないが今はそれを伝える時間も惜しい。リーシャは椅子から立ち上がると詰め寄るようにクルシュとランディルの元へ歩み寄った。
クルシュは、手に持った診断書に目を落としながら告げた。
「結論から申し上げると……ルーティアさんは、無事なのです。命の危険もありません」
その言葉に、リーシャの目から自然と涙がこぼれ落ちた。国王も、マリルも、マグナも、それを聞いてあふれ出す涙を拭いはじめる。
「良かった……本当に、良かった……」
「で、でもどうして……?ドラクってヤツは、呪毒手はかけられた者を死に至らしめる呪いの魔法だって……」
マリルは思いついた疑問をクルシュに言ってみた。
その答えは、隣にいるランディルが神妙な面持ちで答える。
「……高度の魔法拳である『呪毒手』は、ウイルスのような魔法を、かけた相手に直接侵入させる技だ。厄介な事にこの魔法は完全にかけた相手の内部へ入り込み、持ち主の体力や精神力をじわじわと奪い……やがて死に至らしめる。そして、更に厄介なのは、この魔法は解除をする方法というのが存在しない。かけられた相手が死ぬまで相手の体内で呪いの魔法が巣くい、その最期まで体内を痛めつける……。そういう魔法だ」
「じゃ……じゃあルーティアは、全然大丈夫じゃないってコト!?さっきクルシュは、命の危険はないって……!!」
リーシャが当然の疑問を、怒りのように投げつけた。
そしてクルシュが……苦笑いを浮かべて、答える。
「『解除方法』は、存在しない。けれども……『治る』事は、可能なのです」
「……は?」
その言葉の意味が分からないリーシャ達。
そして、首を傾げているうちに…… 閲覧の間に、一人の人間が入ってくる。
それは、パジャマを着て、額に氷嚢を当てた赤ら顔のルーティア・フォエルであった。
「うー……頭いたい……」
…………。
一瞬の、静寂。
「る……ルーちゃん!?の、呪いはどうなったの!?なんで立って歩けているの!?」
持ち主を死に至らしめる呪いを受けながら、フラフラと歩いてこの場にいるルーティア。その状態は、どう見ても……。 それを、ランディルが答えた。
「要するに……ルーティアにとっては、風邪のようなもの、ということだ」
その場にいたクルシュとランディル、そしてルーティア本人以外の人間は、口をあんぐりと開けた。
――
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