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最終章 明日へ

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――

「すべての人間には、魔法に対する耐性というものが存在するのです。それを仮に『魔法抵抗力』と呼びます」

 口元に手を当てて神妙な面持ちをするクルシュが話し始める。それを目を閉じて聞くランディルの表情も、真剣そのものだ。
 だが、その隣にいるのは持ち主を死に至らしめる呪いの魔法を受けながら、赤い顔をして呪いの印が刻まれた額に氷嚢を当てている寝間着姿のルーティア。その温度差に、リーシャ、マリル、国王、マグナの四人はただただ呆然とその解説を聞くしかなかった。

「ご覧のように、ルーティアさんは高度の呪い魔法を受けていても、風邪程度の症状に留まっています。体温三十七度七分、やや重い頭痛、寒気に倦怠感……。というか、完全に風邪ですね、これは」

「ち、ちょっと待ってクルくん……!普通だと、この呪いの魔法を受けた人はどんな風になるの?」

 マグナの質問に、他の三人もそれが聞きたい、とばかりに頷いた。その質問には、魔皇拳の使い手のランディルが答える。

「呪毒手を受けた者は、早ければ二日で死亡する。受けて数分もすれば全身の激しい痛みに精神が保てなくなり、その状態で悲鳴を上げ続けながら死んでいく……酷い光景だ。呪いの魔法が全身の神経をじわじわと食い荒らしていき、持ち主の体力を奪いながら活動を続けていく。長い者でも、四日もったという例は聞いた事がないな」

「……え、えーと……既に半日くらい経ってると思うんだけれど……。ルーちゃん、今、どんな感じなの?」

「頭が痛くて喉が痛い……」

「……風邪だね、そりゃ……」

 マリルがルーティアの傍に近づいても、そんな最悪の呪いにかかったようにはどう見ても見えない。夏風邪を引いた女騎士がうつろな目でスポーツドリンクを飲んでいる様しか、マリルには映らないのだ。
 コホン、とクルシュが咳払いをし、手元の魔導書に目を落としながら話し始める。

「先ほど言ったように、人には魔法に対する抵抗力というものが存在します。呪いの魔法を受けたとしても死に至る時間が違うように、その呪いに幾分か抵抗をする力というものを誰しも持っていて……それが強いか弱いかで魔法の効果も違います。そしてルーティアさんは……常人以上というか、桁外れの魔法抵抗力を持っている事が分かりました」

「本来持ち主を殺すはずの呪いは、むしろルーティアの身体の中の抵抗力に殺されかけていると言っても過言ではない。呪毒手を解除する方法はないが、治す方法があるというのはそういう事だ。この魔法以上の抵抗力というものがあれば、呪いを『治す』事が可能になる。……もっともそんな例、俺は聞いた事がなかったがな。この化けも……女騎士を見るまでは」

 ランディルは、呆れたような目つきで椅子にぐったりと座ったルーティアを見る。

「……じゃ、じゃあルーティアは……大丈夫って事なの?」

「はい。このまま三日も安静にすれば、身体が呪毒手の呪いを勝手に掻き消してくれるのです。この魔法のピークは半日という事なので、この風邪症状も徐々に収まってくるかと」

「……よ、良かったあ……ルーちゃんが人間離れしてて……!」

 国王が安堵のため息をつくのと同じように、リーシャとマリル、マグナも胸を撫で下ろした。
 ……しかし、リーシャがふと、なにかに気付く。

「あれ、三日?……このダルそうな感じのルーティアが、三日続くってコト?」

「ああ。しばらくは呪いに身体が抵抗をしているワケだから、体力はそちらに持って行かれる。風邪とまったく同じで、呪いが薄まってくればじきに良くなってくるが……まあ、明日も同じような状態だろうな」

 リーシャの疑問にランディルが答えた。しかしリーシャは、気付いた事を再び呟いた。


「紅蓮の骸って、明日この城に攻めてくるのよね。ルーティア抜きで抗戦するってコト?」


「「「 ………… 」」」

 謁見の間に、静寂が訪れた。ぜえぜえと息をはく、ルーティアの吐息だけが聞こえる。


「あああああ、どうしようどうしようどうしよう……!紅蓮の骸が明日総攻撃を仕掛けてくるのをルーティア抜きの城の警備でどうにかしなくちゃいけないんだ……!まずいまずいまずい……!!」

 先ほどまでルーティアの診断結果に胸を撫で下ろしていた国王が再び部屋の中をウロウロ、落ち着き無く動き始めた。それをなだめるようにマリルがその後ろについて行く。

「で、でも騎士団と魔術団のメンバーを総動員すればどうにかなるんじゃないですか?ランディルさん、紅蓮の骸って全部で何人くらいいるんですか?」

「オキト周辺の反人間体制魔族の寄せ集め集団だからな。俺の知る限りでは……百人程度といったところだ」

 ランディルがそう言うと、マリルはホッ、と安心した息をついて国王の背中に再び声をかけた。

「ほら、大丈夫ですよ!オキト城の騎士団、魔術団合わせれば数倍の人数じゃないですか!魔族と人間に力の差があるとはいえ、人数の差に加えて城の設備や装備を使えば十分……!」

 しかし国王は頭を抱えながら、ブルブルとその首を横に振る。

「だ、駄目なんだよぉぉ……。一昨日から、騎士団と魔術団が大規模な遠征に出てるんだよぉぉ……。城の人間のおよそ半分が、隣接する国同士の合同演習に出かけている……。残っている騎士団、魔術団合わせて……三百数名……!!」

「え…… えええええ!!」

「というか、どうしてマリルさんは重大な城の動向をご存知ないのですか。魔術団のミーティングで散々話されていたコトなのです」

 クルシュが呆れた目でマリルを見る。おそらく居眠りをして全て聞き逃していたであろうマリルは、舌を出してごまかしのウインクをした。

「……どうにか、しなくちゃいけないわ」

 今までの会話に参加せず、ただ押し黙りぜえぜえと息をついて椅子に座るルーティアを見つめていたリーシャが声を出した。
 静かに、囁くような声。だがその声はその場にいる全員が聞き取れるほど力強い意志を持ったものであった。

「コイツなしで、明日は紅蓮の骸に応戦するしかない。いつ、この城に攻め込んでくるのか指定はしていないけれど……リーダーのドラクが魔力を回復させつつ、オキトに遠征している団員が戻る前に決着をつけようとするのであれば、宣言通り明日攻め込んでくると考えた方が自然だわ」

「……そうだな。魔族の力を見せつけたところで、明日攻め込むと宣言……。おそらくは戦意の喪失を狙った作戦だろう。オキトから逃げ出す兵士を増やそうとする計算だ」

 リーシャの言葉に、ランディルも同意する。
 そしてその同意に頷いたところで、リーシャはマリルの方を見る。

「マリル」

「へっ?」

 一瞬、今までにない真剣さを持った彼女の雰囲気にマリルは困惑した。

「ルーティアの看病は任せるわよ。アンタなら詳しいでしょ?『風邪の治し方』とか」

「え……。ま、まあね。その辺の雑学的なコトは、一応」

「休日を満喫するためには、風邪なんてとっとと治さないとだもんね。良かった、それなら今夜から、コイツの看病はアンタに任せられる。マグナも付き添ってあげて、買い出しとかあるだろうし」

「は……は、はいっ!」

 ふっ、と笑うリーシャ。何故かマリルもマグナも、彼女の期待に応えたくなる。それは彼女が、普段のリーシャとは何か違う『決意』のようなものを背負っているのを感じ取ったからであろう。

「……よしっ、そうと決まれば、移動よ!ルーちゃんの部屋でいいわよね。マグナちゃん、ルーちゃんに肩貸してあげてくれる?」

「はいっ!ルーティアさん、立てますか?」

「……ううう。おなかへった……」

「オッケーオッケー。その胃袋があればこんな呪いすぐ治るからねー!さ、いこいこ!」

 よろよろと立ち上がり、マグナに担がれるように歩くルーティア。その横で額に氷嚢を当てながら歩くマリル。

 三人が謁見の間から出て行くのを見送ると、リーシャはすぐに振り返り国王の方を見た。

「王様。とにかく落ち着いて、兵士達に明日の戦闘配備を伝えなくちゃ。今残っている幹部で作戦を立てるわよ、いいわね」

「あ……そ、そうだね……。そうしなくちゃ……」

「クルシュは魔術団の方から指揮がとれそうな人員をピックアップしておいて。騎士団の方は私がやるから、一時間後に召集。全方位からの攻撃に備えられる陣形を整えるわ」

「分かりました。それじゃ、ボクは詰め所の方で幹部と話しをしてくるのです」

 テキパキと指示を出すリーシャに、慌てて動き出す二人。

「ランディルも、作戦会議に加わってもらうわ。……魔族のアンタには、申し訳ない話だけれど」

「いや、乗りかかった船だ。最後まで付き合わせてもらおう」

「奥さんと娘さんに危険が及ばないように、城内で待機させたほうがいいわ。今から用意できる?」

「……うむ。……なあ、リーシャ、と言ったか」

 リーシャの言葉を遮るように、ランディルは真剣な眼差しで彼女を見た。

「……責任感や決意で、自分を装う事は必要だ。だが……大丈夫か?」

「…………」

 リーシャはその言葉に俯いて、拳を握りしめた。

 仮に、もし逆の立場であれば。
 自分が呪いをかけられ、ルーティアが動ければ――。
 その考えは、リーシャの頭の中をずっと、渦巻いていた。

 その時ルーティアは、多分、こうしていた。

 騎士団の中で『強いだけ』の自分。
 騎士団のエースとして、団員からの信頼を得て、指揮力もあり、常に前線で団員に希望を抱かせるような圧倒的な強さを見せていた、ルーティア。
 
 その姿に、ずっと嫉妬していた。憧れていた。目指していた。
 ――だが。


  「……頼むぞ、リーシャ。もし私が欠けても……きっと、その意思を……」


 その言葉を、リーシャは聞き取っていた。


「今、この国を守る最前線に立てるのは……わたしだけ。やるしか、ないのよ」


――

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