お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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01 災厄の到来

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 婚約破棄なんて、我が麗しきお嬢様にはなんの関係もない……。そう思っていた時期が、私にもありました。
 そう、私は油断しきって、いつものようにお嬢様の膝の上で惰眠を貪っていた。
 二つの大きな翼で、空を飛ぶ夢を見ていた。
 寝返りをうった拍子に私の長い尻尾が、読書中のお嬢様の腕に当たってしまい目が覚めた。
 私は、基本的に行儀は良いのだが、睡眠中の寝相だけはどうにもならない。お嬢様、申し訳ございません……。私が心の中で、そう謝っていると、執事がノックをしてから部屋へ入って来た。
「お嬢様、旦那様がお呼びでございます」
「今、行くわ」
 お嬢様は本を置き、私を腕に抱いて、執事に続いて部屋を出る。
「お嬢様、クイン様をお持ちいたしましょうか?」
「大丈夫よ」
 執事の申し出を断り、お嬢様は私を腕に抱え直しながら、背中を撫でてくださる。
 お嬢様の腕の中は、温かく柔らかく優しくて、世界で一番居心地が良い。
 そこにいる、執事のマーティンの腕はダメである。硬いし、ぎこちないし、私のことを苦手なことがビンビン伝わってくる。そのような腕で私を抱こうとは百年早い。マーティンなりに気を回したのだろうが、まずその動物嫌いをどうにかしてから出直して来いと言いたい。
 柔らかなお嬢様の腕に体を預けながら、マーティンにダメ出しをしているうちに、旦那様の書斎へと到着した。
 マーティンがノックをし、旦那様の了解を得てからドアを開け、お嬢様と共に私は室内へと入る。
 書斎にいたのは、旦那様だけではなかった。
 漆黒の髪に、漆黒の瞳の色白の少年が、所在なさげに旦那様の横に立っていた。
「古い友人の子なのだが、事情があり、当家で引き取ることになった。正式な手続きはまだ済んでいないが、君の弟になる」
 旦那様の突然の言葉に、お嬢様の私を撫でる手がピタリと止まる。
 さあ自己紹介を、というように旦那様が促しているが……。旦那様、性急すぎて、私もお嬢様も話についていけていません。
「……エミリア、挨拶を」
 旦那様が改めてそう言い、お嬢様はハッとした顔をして、私を抱えたまま優雅に淑女の礼をした。
「エミリア・ハーツシェルです。どうぞよろしくお願いいたします」
 さすが、お嬢様。もう気を取り直されたようだ。
 私は、いまだ目を白黒させ、尻尾はピンと硬直してしまっている。私の体は本来は汗をかかないはずなのだが、冷や汗が流れ出るような感覚に陥る。
 黒髪の少年は、お嬢様を胡散臭そうに眺めるだけで、挨拶を返そうとも礼をしようともしない。
 お嬢様の笑みが心持ち薄まり、私の背を撫でる手のペースが速くなる。
 ああ、お嬢様は苛立っていらっしゃるようだ。こんな時は、私の愛らしい仕草でお嬢様のお心を和ませなければいけないのだが、私は今、驚愕からくる硬直から抜け出せないでいた。
「この子はサディアスだ。仲良くして上げなさい」
 いつまで経っても挨拶を返さない少年に代わり、旦那様がそう言う。
「……かしこまりました」
 お嬢様は、ほとんど背丈が変わらない少年の前に進み出て、
「サディアス、と呼んでもよろしいかしら?」
 と、話しかける。しかし、少年は目も合わさず下に視線を向けるばかりで、口を開こうとしない。
 下に視線を向けている少年と、お嬢様の腕に抱かれた私は、ばっちりと目が合った。
「気持ち悪いトカゲ……」
 ボソリと、初めて少年がそう言葉を発した。
 なんだと、この小僧。
 瞬時に湧いた怒りで、私の体の硬直が解けた。
 クワッと口を開けて、私の鋭い牙を見せつけて威嚇をすると、少年が少し身を引いた。
「うふふ……クインったら、ダメよ」
 お嬢様が、落ち着かせるように私の背を撫でる。
「お父様の前ですからね。お行儀良くしないと」
 私だけではなく、ご自分に言い聞かせるようにポツリとそう呟くお嬢様。この素早い撫でペース……。相当苛ついていらっしゃると見た。
 私は大人しく口を閉じた。
 旦那様は、スタスタと自分のデスクへと向かい、椅子に腰を掛けると、
「では、私はまだ仕事がある。夕食まで子供同士で遊んで来ると良い。マーティン、後は頼むよ」
 と言い、さっさと書類を広げてしまった。
 旦那様……いつもながらマイペース過ぎます。
 お嬢様は言われた通りに書斎を出て、サディアスものそのそと後ろについて来る。
 そのまま廊下を進み居間へと入った所で、お嬢様は後ろを振り向き、サディアスをねめつけた。
「初対面の人間のペットを侮辱することは、感心いたしませんわね」
 至極、真っ当な注意をしてくださる。
 うむうむ、さすがお嬢様。私は、気持ち悪くもないしトカゲでもない。謝れ、サディアス。今のうちに謝罪しなさい。
「それと、自己紹介もまともに出来ないようでは、我がハーツシェル家に相応しいとは思えません。その前髪も長すぎるわ。顔が良く見えないので、切ったほうが良いですわね。あと、背筋もしっかり伸ばして、人の目を見て話すこと」
 うむうむ。お嬢様のお小言が、この程度で済んでいるうちに、謝った方が良いと思うぞ。悪いことは言わないから。
 しかし、サディアスは黒髪の隙間から黒い目を光らせて、ギロリとお嬢様を睨み返す。
「うるさい」
 吐き捨てるようにそう言い、サディアスは勝手に居間を出て行ってしまった。
「サディアスお坊っちゃま!」
 執事のマーティンが、その後を慌てて追いかけて行った。
「まあ、なんですの、あの態度は」
 お嬢様は憤慨して、苛立たしげにソファへと座る。
「あの子が、私の義弟?あり得ませんわ。このままでは、ハーツシェル公爵家の恥晒しになること間違いありませんわ」
 まったく持ってその通りでございます、お嬢様。今すぐ、この家から追い出すべきです。なにしろ、あの少年は……。
 私は、先程突如として思い出した、途方もないある事柄を回想する。
 背筋がゾッとするような話だ。
 なにしろ……ここは、私が前世で遊んでいた“乙女ゲーム”の世界。
 そして、エミリアお嬢様はそのゲームに出て来る“悪役令嬢”。
 あの少年、サディアスはそのゲームの“攻略対象者”。
 そして、我がお嬢様を不幸のドン底に突き落とす、悪しき元凶なのだ。
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