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11 不吉な知らせ
しおりを挟むサディアスの対策にかかりきりで、すっかり忘れてしまっていたが、お嬢様と私の敵はサディアスだけではなかった。
木枯らしが吹き始めた季節。夜の帳がすっかり下りた頃、大旦那様ががっくりと肩を落としながら、王城から公爵家の屋敷へとお帰りになられた。
一緒に王城からお戻りになられた旦那様の方は、いつも通り飄々となさっていたので、そう大したことではないのだろうと思っていたのだが……。
大旦那様が、家族の面々を居間に集めて放った言葉に、公爵家に激震が走った。
「エミリアと……第一王子のルーファス殿下との婚約が決まった……」
「!?」
大旦那様と旦那様以外の顔が、一斉に驚愕の色に染まる。普段は、鍛えられた表情筋により、微笑のままあまり表情を変えない方々だが、さすがにしばらく驚いた顔のままで固まっていた。
一番最初に硬直から復活したのは、お嬢様の祖母である大奥様だった。
「まあ、それはおめでたいこと……と、言ってよろしいのかしら?」
気遣わしげに、大奥様がお嬢様の顔を見る。
お嬢様は、ハッと硬直から立ち直り、大旦那様へと向き直る。
「私は、将来この家を継ぐのだと思っておりましたが……」
大旦那様は、重々しくそれに頷いた。
「うむ……私も、勿論そのつもりだった。しかし、あの孫バカがっ……ゴホンッ、いや、国王陛下が孫息子であるルーファス殿下の妃には、是非優秀なエミリアを迎えたいとおっしゃられてな……。内々の打診は幾度も断っていたのだが……この度、正式にお達しがあり断り切れず……。くっ!私の力不足だ……。すまぬ、エミリア」
大旦那様が、肩を震わせて、お嬢様に頭を下げる。
それを横目に見ながら、旦那様が至極あっさりとした口調で、
「そういう訳で、君がルーファス殿下の婚約者に決まったから、今まで以上に身を引き締めて、勉学に励むように」
と、話を締めくくろうとした。
大旦那様は、クワッと目を見開き、自分の息子である旦那様を睨みつける。
「バカモンッ!なんだその冷めた物言いは!そもそも、お前が私を援護して、陛下からの婚約話の邪魔をしないから……っ!こうなったのは、お前のせいでもあるのだぞ!」
「そうは言っても、私のような若輩者では、国王陛下からのお達しは断れませんし仕方がないでしょう。エミリアが王家に望まれたのですから、光栄なことではありませんか」
「なにを言う!私の可愛い孫娘を、なぜあんな伏魔殿に……ゲフンッゴフンッ!いや、王家へ輿入れ出来るのは、大変光栄なことではあるが……。ううっ……エミリア、お嫁に行っても、このお祖父様のことを忘れないでおくれよ……」
大旦那様は怒っていた姿から一転、さめざめと男泣きし出した。情緒が不安定である。
大奥様が溜め息を一つ吐いて、大旦那様の背中をさすりながら慰める。
「貴方、気が早いですよ。まだ婚約が決まっただけでしょう」
その言葉に、ガバリッと大旦那様が顔を上げた。
「そうだ!まだ婚約というだけの段階だ!諦めるのはまだ早いな!エミリア……お祖父様は、この婚約話がなかったことになるように、老骨に鞭を打って頑張るからな!エミリアと一緒に、この家で幸せな老後を過ごせるように、お祖父様は……!」
そう勢い良く立ち上がりかけた大旦那様だが、
「貴方、やめてください。殿下との婚約が破談になったりしたら、余計に苦労するのはエミリアなのですよ」
と、大奥様にたしなめられて、しょんぼりと椅子に座り直した。大旦那様は、かなり混乱しているようだ。
かく言う私も、かなり混乱している。
ゲームのシナリオ通りに、話が進んでしまっている……。
そう……ゲームでも、お嬢様は第一王子のルーファスと婚約している。そして、やがて婚約破棄される上に、その第一王子に断罪されるのだ。
世界一素晴らしいお方である、我がお嬢様を振るような人間が、よもやいるとは……。第一王子めいっ!前世では最推しだったが、あれは最早黒歴史!会う前から奴は敵である!
第一王子の魔の手から、お嬢様をお守りしなければいけない。大奥様はああ言われたが、いっそ今のうちに婚約解消となった方が、結果的にお嬢様へのダメージは少なくなるだろう。
第一王子とお嬢様との、早期の婚約解消に向けて闘志を燃やしていると、お嬢様が少し憂いを帯びた微笑みで、私を撫でながら、
「私がルーファス殿下と婚約をするのでしたら、この家の後継はどうなるのでしょうか?」
と、ポツリと尋ねた。
皆が一斉にサディアスを見る。急に自分に視線が集まり、サディアスは驚き、身を竦める。
ヨレヨレになっている大旦那様に代わり、旦那様が淡々と口を開いた。
「サディアスには悪いが、エミリアの従姉妹のエルシーを養子に迎え、婿をとって貰うのが無難かもしれませんね」
「エルシーがこちらに……。それは嬉しいが……婿をとる……結婚か……。孫娘が、二人とも結婚……」
大旦那様が灰になりそうだ。
「貴方、しっかりしてください。結婚とは言ってもまだ先の話ですから……今から萎れてどうするのですか。それに、エルシーの意思もまだ聞いておりませんし」
大奥様の言葉に、大旦那様が辛うじて灰にならずに留まる。
「そ、そうだな。まだまだまだ先の話だからな。エミリアも、エルシーも永遠に私の孫娘であることには変わりがない。私の心に、いつまでも輝く一等星……老いた心と体に染み渡る、愛と希望……」
灰にはならなかったが、なにやら違う星に旅立ってしまった大旦那様を放っておいて、旦那様が話を進める。
「サディアス。君を後継ぎに出来ず、すまないね。エルシーと君さえ良ければ、二人に結婚して貰うという方法もあるが……」
「いいえ、私はハーツシェル家の血を引いていませんから、当然だと思います。結婚は……公爵家の判断と、エルシー様のご意思にお任せいたします……」
そう口では言っているが、サディアスは嫌そうな表情を隠し切れていない。眉間に大幅にシワが寄っている。エルシー様はなんというか……悪い子ではないのだが、少々変わっている。サディアスとは、あまり相性が良くないようだ。
孫娘への愛の詩を詠んでいた大旦那様が、こちらの世界へと戻って来て、ギロリとサディアスを睨んだ。
「可愛いエルシーと結婚したくない者が、この世にいるはずがない。だが、サディアスよ。やすやすとエルシーと結婚出来ると思うでないぞ。孫娘と結ばれたければ、この老いぼれを倒してから行くと良い!」
ダンッと、威勢良く大旦那様が立ち上がる。
大旦那様は、火魔法のかなりの使い手だと聞く。今のうちに魔王サディアスを灰燼にして滅してくれないだろうか……と一瞬期待したが、いかんせん大旦那様はもうお年だった。
すぐに腰を抑えて、イタタタタと蹲った。
「まあ!貴方、大丈夫ですか!?」
「おや、大丈夫ですか、父上。ギックリ腰でしょうか?マーティン、治療魔道士を呼んでくれ」
旦那様の冷静な命令に、執事のマーティンが素早く動き、治療魔道士を呼びに出て行く。
「お祖父様、大丈夫ですか?」
「ううっ、エ、エミリア……。私は死んでも、星になってお前達をずっと見守っているからな……。星を見たら、私のことを思い出しておくれ。もし願いをかけてくれたら、流れ星となりお前達に会いに行くし、隕石となりお前達の敵の頭上に降り注ぎ……」
「お祖父様、それよりも横になられた方がよろしいかと」
「うん……」
執事や女中達が、大旦那様を丁寧にソファへ横たえる。
「うぐぐ……不吉だ……っ。婚約が決まった途端、こうなるとは。きっと、私の腰が警告を発しているのだ!この婚約はやめておいた方が良いと……!あいたたたっ……」
「貴方、御託はいいですから、大人しく休んでください。腰に障りますよ」
「うむ……」
大奥様を始め、皆、先ほどのは大旦那様の妄言だと思ったようだが、実の所、当たっている。大旦那様の腰は、単なる年によるものだろうが……。この婚約は、やめておいた方が良いのは確かだ。
腰の負傷により、一時戦線離脱された大旦那様のご意志を継ぎ、お嬢様の一の従者たる私が、この不吉な婚約を取り止めにするのだ。
私にお任せください、大旦那様!と、お嬢様の腕の中から、力強い眼差しで大旦那様を覗き込むと、大旦那様の力ない目がこちらを見た。
「エミリア……。クインが、エサを欲しがっているようだぞ……」
「あら、そうですか?そういえば、夕食がまだでしたね」
お嬢様のその言葉に、大奥様もパンッと手を打って頷く。
「そうね。驚くことが多くて、すっかり忘れていたわ。ここは私達に任せて、エミリアとサディアスは、先に夕食を取って来ると良いわ」
「ありがとうございます、お祖母様。クインに食事も与えなければいけませんし、それではお先に頂いて参ります。お祖父様、安静になさっていてくださいね」
居間を出て行こうとするお嬢様とサディアスを見送りながら、大旦那様はゆっくりと目を閉じて呟いた。
「そう……私のことは気にせずに、私の屍を越えて行くと良い。サディアスよ、私の代わりにしっかりとエミリアを守るのだぞ……」
「はいはい。貴方、治療魔道士が来ましたよ」
マーティンと、公爵家お抱えの治療魔道士が、私達と入れ替わりに、息を切らして居間へ入って行った。これで、大旦那様の腰も楽になることだろう。
大旦那様には、早く戦線復帰して頂きたいものだ。今の所、婚約取り止めについて、旦那様は役に立ちそうもないし、大奥様は常識人だし、お嬢様は家の決定には従われる方だし、サディアスは魔王だし、私は食いしん坊のトカゲ扱いだし……。
孫娘命で、公爵家現当主として使える権力がバリバリにある大旦那様が、なんと言っても一番の戦力だ。
だが、私もただの食いしん坊ではない。トカゲでもない。
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「クイン、夕食よ。ゆっくり食べなさいね」
フハハハハハ、頂きます……もぐもぐ、もぐもぐっ……フハッ、うまうま……もぐもぐもぐもぐ。
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