お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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13 第二王子のペットはケモノ

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 第一王子のルーファスとの婚約が、正式に成立してしまってからは、お嬢様はさらに多忙になられた。
 いままでも、公爵家の後継ぎとして勉強に習い事にとお忙しくなさっておられたが、将来の王子妃ともなれば、まだ覚えなければいけないことがあるらしい。
 王宮へも幾度か足を運び、王妃や王太子妃から、王族となる心得を指導されている。私も共に連れて行って頂いているが、真面目で優秀なお嬢様は両妃の覚えめでたく、丁寧に教えを受けているようだ。
 そこまではまだ良い。
 王宮へ通っていると、たまにルーファスに遭遇してしまうのだ。お嬢様も、ルーファスが時間がありそうな時は、わざわざ挨拶に行くようになさっておられる。おそらく、ルーファスの方もそうなのだろう。
 大抵、挨拶をして、お互いの近況を手短に話して終わりだ。
 お嬢様がそうなのは良いが、ルーファスめ。
 銀河一麗しいお嬢様の婚約者になれるという、奇跡的な幸運に恵まれていながら、プレゼントや手紙の一つも贈らないとは……。会った時も、ほぼ事務的な会話のみで、お嬢様の美しく華やかな装いを褒める言葉も、一言二言しか口にしないし。
 なんという、不束な男だ。
 口説き文句でも口にしようものなら、この尻尾の餌食にしてやる所だが、真逆も許せぬ。華やかな装いの女性を褒めるのは、紳士としての務めだ。ましてや、それが全世界一麗しいお嬢様がお相手ならば、一晩中褒め言葉を言い続けても足らぬほどだというのに。
 ぬけさくルーファスめ。私は、奴の頬を往復尻尾ビンタする機会を、虎視眈々と狙っている。
 今日もお嬢様は王宮で、王太子妃から昨今の国際情勢や、王子妃としての外交について教えを受けていた。後半は、親睦を深める為のお茶会となり、王太子妃が恐々と私の背を撫でたりと、和やかな空気が漂っていたが。
 しかし、王太子妃様よ。ルーファスの母ならば、お嬢様に教えるよりも、まず息子に紳士としての心得を厳しく指導するべきだと思う。
 婚約者ならば、毎日季節の花束と気の利いたプレゼントを寄越すべし。かつ、お嬢様のお時間の邪魔をしないように、なるべく会わないこと。物だけ寄越せ。だが、会ったら跪き、同じ世界に生まれて来られたことをむせび泣き感謝しながら、美しい装いをあらん限りの言葉で褒め称えること。
 これが出来なければ、お嬢様の婚約者として相応しいとは言えない。
 今日も、手ぶらでろくな褒め言葉もなしだったら、牙を剥いて威嚇して恐怖に慄かせてやろう。と、王太子妃とのお茶会終わりに、不機嫌にプラプラと尻尾を揺らしていたが、どうやら今日はルーファスの奴は忙しいらしく、お嬢様は挨拶には向かわれないようだ。
 会わないのは良いことだが、お嬢様がわざわざ出向かれておられるのだから、言伝ででも、「お越し頂きありがとうございます。おもてなし出来ず、まことに申し訳ございません」と丁寧に謝辞を述べるべきである。
 フンスフンスと鼻を鳴らしていたら、お嬢様が王宮の回廊を歩きながら、私の背を撫でてくださった。
 なんとお優しく思いやりに溢れた、気配りの出来るお方なのだろうか。見習え、ルーファス。
 お嬢様のお心遣いに痛み入っていると、回廊の曲がり角から急に小さな白い物体が飛び出して来た。
「キャンキャン!」
 くりっとした円い目を好奇心満載の色に染めて、ブンブンと尻尾を振りながら、お嬢様を見つめるその物体。
「あら、貴方はもしかして……」
「ロージー」
 曲がり角から、蜂蜜色の髪の少年が現れた。ルーファスによく似た顔立ちだが、瞳の色は藤色で、髪型も少し違う。
「ウィルバート殿下」
 お嬢様は、その少年を認めた瞬間、素早く淑女の礼をした。
「エミリアか、久し振りだね」
 ウィルバートは、小さな毛だらけの物体をその腕に抱き上げながら、お嬢様に声をかける。お嬢様が頭を上げたので、ヘッヘッと舌を突き出しているその物体と、私の目線の高さが同じになり目が合った。
「キャンキャン!」
 小煩い鳴き声だ。毛むくじゃらだし、鼻も濡れているし、尻尾も私より短い。つまり、私の方がずっと愛らしく格好良いのだ。
 円らな黒い目がキラキラと輝いているが、私の橙色の目の縦長の瞳孔の方が、迫力があって強そうで良いはず。
「ロージー、少し静かにね」
 ふっ……飼い主に叱られているではないか。私のお行儀の良さを見習うと良い、犬畜生め。
 ロージーという名らしい小型犬は、ウィルバートに言われた通りに鳴き止んだ。
 むぅっ、こやつ……出来るっ。
「エミリアは、兄上に会いに来たの?」
「いいえ、ルーファス殿下は本日はご多忙のようで、お会いすることは叶いませんでした」
「それは可哀想に。王妃陛下や、王太子妃様の有り難いお説教だけ聞いて、帰ることになるなんてね」
「丁寧にご指導頂いて、大変勉強になっております。お叱りを受けたことはまだありません」
「へぇー、噂通り優秀なんだね。自慢?」
「いいえ、未熟な私にも親切にお教え頂き、恐縮いたしております」
 その腕の中の、愛想が良いだけの毛むくじゃらにばかり気を取られていたが、なんなのだ、こやつは。先ほどから、我が麗しきお嬢様に対して、随分嫌味な物言いをしおって。
 兄弟揃って、失礼極まりない小童共である。
 そう、こやつはルーファスの弟の第二王子。こやつも、例の乙女ゲームの攻略対象者である。王子という立ち位置にしては毒舌家で、しかしファンの人気は、メインヒーローであるルーファスと同じくらいあった。
 前世の私も含め、ファン達は見る目がない。
 こんな無礼で嫌味な男と、あんなぬけさく不貞男、どちらもろくな人間ではない。見かけに騙されないように、淑女達は十分にご注意願いたい。
 そもそも、人間に愛される動作だけが取り柄の毛むくじゃらを抱いていること自体、趣味が悪いと言う他ない。お嬢様を見習うが良い。竜ぞ、誇り高き竜族ぞ。
 まあ、ウィルバート程度には竜族は選べまい。人間にやたら人気があるだけの獣風情がお似合いだろう。
 ただ、ウィルバート達王家に仕えている、天空騎士団の中には数体飛竜がいるが……。あれらの種は魔力も知力も低い、竜族の中でも最弱の部類であるし。私とは比ぶべくもない。
 毛むくじゃらを見下して踏ん反り返っていると、毛むくじゃら以外からもなにやら視線を感じた。
 ウィルバートが、チラチラとお嬢様の腕の中の私を見ている。
「ところで、その子が君のペット?珍しいトカゲだね」
「はい、黒鉛大蜥蜴でございます」
「名前は?」
「クインと申します」
「へぇー……」
 今度は、ジロジロと不躾に見てくるので、ギロリと睨み返してやった。
「なかなか味のある顔だね」
 それは褒めているのか、貶しているのか?
 イライラと尻尾を揺らすと、お嬢様がすかさず背を撫でてくださる。気持ち良くて目を細めていると、ウィルバートが近くまで寄って来て、覗き込んできた。
「トカゲもなかなか良いものだね。可愛い……」
 そういえば、ゲームでもウィルバートには動物好きという設定があったな。初対面で、私のことを怖がらないとは珍しい。
 しかし、距離が近い。私のことを見る為であろうが、お嬢様に無遠慮に近寄るでない。
 距離を取らせる為に、しっしっと尻尾を払って遠ざけようとしたが、
「長い尻尾だなー」
 と、ウィルバートは逆に手を差し出して来た。なぜか少し楽しそうにしているようにも見える。遠慮なくその手を尻尾で打ってやったが、柔らかく掴まれて、そのまま尻尾を撫でられてしまった。
「元気一杯だね」
「ウィルバート殿下は、動物がお好きなのでしたね」
「まあね。兄上から聞いたの?」
「いいえ、以前祖父から……」
「ああ、ハーツシェル公爵か。なるほど」
 ウィルバートは、ひと通り私の尻尾を撫で回したら離れて行った。
 先ほどまでの楽しそうな表情はどこへやら。一見笑顔ではあるが、すっかり冷めた皮肉げな顔つきに戻っている。
「君ってさ、兄上とはあまり合わなさそうだよね」
「そうでしょうか?」
「うん、人間味がないっていうか……綺麗だけれど、可愛げが足りないというか。今は結婚されたけれども、モウフェル伯爵夫人とか、兄上は幼い頃に憧れておられたようだし。あの方は、容姿も内面も可愛らしい方でしょ?君とは全然似ていないよね」
 世界一お美しくて可愛らしいお嬢様を前に、なにを言っているのか、この小僧は。
 明らかな悪意を向けられても、お嬢様の微笑みは揺らぐことはない。ただ、私を撫でる手のペースは若干速くなったが。
「そうでございますか。少しでもルーファス殿下のお好みに近づけるように、努力を重ねていきたいと思います。お教え頂きありがとうございます」
「まあ、頑張って。大変だと思うけれど」
 ウィルバートはおざなりにそう言うと、毛むくじゃらを撫でながらお嬢様の横を通り過ぎた。お嬢様は、頭を下げてそれを見送る。
 なんという無礼な輩だ!尻尾ビンタだけでは足りなかった。噛みついてやれば良かった!
 第二王子だからと良い気になりおって……。お嬢様が第一王子妃になられたらお前なぞ……あっ、いやお嬢様は王子妃にはならないが……。絶対に婚約は解消させるが。
 お嬢様がご気分を害しておられないか心配になり、そのお顔を見つめる。いつもと変わりのない麗しい笑顔だ。
 お嬢様は、安心させるように私の頭をひと撫でした後、前を向き悠然と歩き出した。
 さすが、お嬢様。
 あのような小物の戯言など、鳥の囀りに等しい。お嬢様は、気高くお強く、常に前を向いていらっしゃる。
 私も、背筋を伸ばしてキッと前を向いた。お嬢様の行く手を阻む敵は、この眼力で射殺してやるのだ。あの嫌味陰険小僧ウィルバートは勿論、あの毛むくじゃらの獣もお嬢様に近寄らせはしない。
 毛むくじゃらは人間の心を、お嬢様のお心さえ惑わせるかもしれない悪魔だ。お嬢様の一の従者は、格好良くて愛らしい竜族たる私に決まっているが。誰よりも優れている従者だと自負しているが……。
 だが、とにかくあの犬という獣は……トカゲより人間に人気がある。
 ううっ、私はトカゲではないが……人間は本当に見る目がないぞ!
 それでも、お嬢様は!お嬢様の一番はこの私なんだからな!ペット人気上位だからといって、調子にのるでないぞ、犬っころめい!
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