お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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36 誤解と和解

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 そ、空耳かな?空耳だったらいいなー……。と、思っていたが、ロイドはもう一度はっきりと問いかけてくる。
「エミリア様……ですよね?」
 ち、違うぞ!私達は、ただの怪しげな流浪の黒装束呪術士集団だ!高貴なる公爵令嬢であらせられるお嬢様が、このような場所にいる訳がなかろう!これから、ちょっくら黒ミサに行く所だから!邪魔をしたら呪っちゃうぞ。だから、早くその手を離さんかいっ!
「……離して頂けませんか」
 お嬢様は、掴まれた腕に視線をやり、そう呟く。
「失礼……」
 ロイドが腕を離すと、お嬢様はゆっくりと振り向いた。
 その姿を睨むように凝視して、ロイドが確信したかのような顔つきで、一つ頷く。
「やはり、エミリア様でしょう?なぜ、貴女が呪術士の一団に?」
 サディアスが、ズイッとお嬢様をかばうように前に出る。
「なんのことでしょうか?」
「誤魔化すことが出来るとお思いですか?」
 サディアスは、ロイドを睨みつけたが、お嬢様はその腕にそっと手を置いて、
「……もういいわ」
 と、諦めたように息を吐いた。
「ロイド様は、一度気になったことは、どこまでもお調べになるでしょうし……。仕方がありません」
 サディアスを退かせて、自ら目元の仮面を外し素顔をお見せになる。
「エミリア様……。貴女が呪術を扱われるとは、知りませんでした」
「少々心得がありまして……。出来ましたら、秘密にして頂きたいのですが……そういう訳にはいかないのでしょうね」
 ロイドは、チラリと騎士のケネスを横目で見て、少し逡巡するように間を空けたが、結局首を縦には振らなかった。
「少なくとも、国王陛下とルーファス殿下には、報告させて頂きます」
 仕方がない……。ロイドは、ここで始末するしかあるまい。行け、黒ミサ集団!数的にはこちらが有利だ!
 私が先鋒を勤めようと、お嬢様の腕の中でモゾモゾと体を動かし、飛びかかりやすい体勢になった所で、ロイドが言葉を続けた。
「……ですが、貴女方の呪術で、治療魔道士にも匙を投げられた私の騎士が救われたことは、しっかりと付け加えて報告いたします。この場にいる他の者達にも、貴女のことは口外しないように言い聞かせておきます。貴女方の力は貴重な物です。国王陛下も、厳しい処罰はなさらないと思います」
「ロイド様……」
 お嬢様は、わずかに目を見開き驚いた顔で、ロイドを見つめる。
 ロイドは、なんでもないことのように、平静な顔つきで視線を逸らして、
「では、引き止めてしまい失礼いたしました。ケネスと奥方は、皆様のお見送りを。私は、ポー殿とお礼のことについて話をする」
 と、自分の騎士達を振り向いて指示をし、あっさりと背を向けて部屋の中へと入って行った。
 お嬢様は、戸惑い、少しなにかを考え込むかのように立ち尽くしておられたが、やがて仮面をつけ直すと、飛びかかろうとする姿勢のままで固まっていた私をひと撫でしてから、玄関へ歩き出した。
 や、らなくて本当に大丈夫ですか、お嬢様。奴は攻略対象者。信用なりませんよ。
 オロオロとしていると、それを落ち着かせるように、お嬢様がもう一度背中を撫でてくださる。
 結局、ロイドの口を永久に封じる為に、この世から葬り去るという私の企みは叶わず、私はお嬢様の腕に抱かれながら、肩を落として公爵家へと帰った。
 お嬢様から、事の次第を聞いた大旦那様は、困った顔をする訳でもなく、むしろ張り切った顔をして、翌朝、意気軒昂と王城へ向かわれた。
 夕餉の時刻に、しかめっ面で帰って来た大旦那様から告げられたのは、
「特にお咎めなし」
 と、いう言葉だった。
 どうやら大旦那様は、王家がこのことを責めて来たら、それを利用して、お嬢様とルーファスの婚約解消まで持っていこう、という算段をなさっていたようだ。肩透かしに終わり、がっかりされている。
「オルクライヴの孫息子めっ、余計なことを……」
「まあ、貴方ったら……。お咎めなしで良かったではありませんか。取り成してくださったロイド様に感謝いたしませんと」
 大奥様が、そう宥めたが、大旦那様は逆にさらに表情を険しくして、猜疑心を募らせた。
「オルクライヴの奴が、このままで済ます訳がない。絶対になにかを企んでおるはずだ」
 大旦那様のお考えに、私も同意する。ロイドが、お嬢様の弱みを握っているこの状況は看過出来ない。おまけに、ルーファスにも弱みを握られてしまった。
 ゲームでもそうだったが、婚約破棄し、お嬢様を断罪する時、奴らは絶対にこのネタを使ってくることだろう。ゲームよりも大分早く、お嬢様が呪術に精通しているということを知られてしまった為、証拠固めもより万全にされてしまうだろうし……。
 ピンチです、お嬢様!やはり、あの時始末しておくべきだった……。いや、今からでも遅くないかもしれない。ルーファスの方は、暗殺イベントでどうにか出来るだろうし、ロイドの方も抹殺する方法を改めて考えねば。
 学園でも、私が悶々とロイドを消し去る方法を考えていると、お嬢様は、授業が終わり帰宅しようとするロイドを廊下で呼び止めた。
 日が傾き始めた裏庭の園路を、外套を羽織ったお嬢様とロイドがゆっくりと歩く。
 私は、お嬢様の腕の中でストールに包まれている。温かいのは良いのだが、この格好だと戦闘態勢に入るのが少々難しい……。
 仕方なく、園路沿いに植えられていた咲き始めの水仙などを眺めていると、やがて前方に背の高い生垣に囲まれた東屋が見えて来た。
 そういえば、以前ここでロイドに会ったな。あの時は、ヒロインが池に落ちて……。
 私が、そんなことを思い出していると、お嬢様は東屋の中に入り、そこでロイドの方を振り向いて頭を下げた。
「ロイド様のおかげで、国王陛下からお咎めを受けることはありませんでした。ありがとうございます」
「私は、ただ事実を報告しただけです。お礼を言われるようなことはしていません」
 ロイドは、いつもと同じ厳しい顔つきを崩すことなく、素っ気ない口調でそう言った。
「ですが、報告の仕方を変えれば、私を困った立場に立たせることも出来たでしょうに……」
「わざわざ、そんなことをする必要性が感じられませんでしたので……。勿論、貴女が呪術を悪用しているようならば、見過ごすことは出来ませんが」
「私はただ、呪術でクインの体を治してあげたいだけです」
「そのトカゲですか?」
 ロイドが、ジロリと私を睨む。
「はい。その過程で得た知識や技術を、折角ですから他の方のお役にも立てられたらと……」
「そうですか……。ケネスは、本当に貴女に感謝していました。今は、落ちた体力を取り戻す為に鍛錬に励んでいます。十分に回復したら、また私の警護についてくれると思います」
「お役に立てたようで、良かったですわ」
 冬の冷たい風が、少し東屋の中を吹き抜ける。
 お嬢様が身を竦めると、ロイドは、
「お話はそれだけなのでしたら、もう帰りましょう。用もないのに学園に残っているのは、風紀上良くありませんから」
 と、東屋の出入り口へと足をかけたが、そこで立ち止まり、お嬢様の方を振り返った。
「私は、今まで呪術は人に害をなす物だと思い、今回もそれに頼ることに懐疑的な考えを持っていました……。しかし、結果的に貴女の呪術がケネスを救った。ですから、私も少々考えを改めようと思います。貴女は、その知識と技術を誇って良い」
「ロイド様……。ありがとうございます。私は、今まで少し貴方のことを誤解していたようです……。私も少々その考えを改めようと思います」
 お嬢様は、目を細め柔らかい笑顔を浮かべて、ロイドを見つめる。
「貴女が、今まで私をどういう風に思われていたのか知りませんが、別に私は当然のことを言っただけですから。そう何度も、お礼を言って頂かなくとも結構です」
「ロイド様は、私の弱みを握ったら、私が泣いて許しを乞うまで糾弾されるお方かと……」
「ひどい誤解ですね。改めてください」
 いや、泣かせるどころか、処刑台まで追い詰めようとする奴です。誤解ではないです、お嬢様。
「ふふっ……はい、改めますわ。意外と部下思いの、情に厚いお方なのですね」
 お嬢様に褒められて、ロイドは照れ臭かったのか、それを誤魔化すように一つ咳払いをした。
「では、もう帰りましょう。こんな所にいたら風邪を引きます」
「そうですね。人がいない所をと思いこちらへ来ましたが、今の季節にこの場所を選んだのは失敗でしたわね。申し訳ありません」
「いえ、私は着込んでおりますので問題ありませんが、ご婦人が体を冷やすのは……」
「あら、私のことを気遣ってくださったのですね。ありがとうございます」
 お嬢様が笑みを深めてお礼を言うと、ロイドはわずかに頰を赤くして、そっぽを向いた。
「別に貴女の為という訳ではありません。貴女が風邪を引いたら、ルーファス殿下に移ってしまいかねませんからね。責任あるお立場なのですから、お体には気をつけて頂かないと。大体、貴女にはもっとご自分のお立場というものを、自覚して頂きませんと……」
 風が吹いて来る方を壁になるように歩きながら、早口で小言を並べていくロイド。
 いや、ツンデレか。
 か、勘違いしないでよねっ!別にアンタの為なんかじゃないんだからね!って、ツンしてデレる萌え系少女か、貴様は。
 確かにゲームでは、生真面目で冷徹ながらも、ヒロインには優しさを垣間見せることがあったが……。だが、お嬢様はヒロインではないし、ロイドとはずっと敵対関係のはず。
 ちょっとデレたように振る舞って油断させておいて、後でこちらの寝首をかくつもりかもしれない。お嬢様、決して心を許してはなりません!
 ストールの中から、牙を剥いて威嚇していると、ロイドと目が合った。
「寒いのでしょうか?歯を出していますよ」
「あら、クイン、大丈夫?」
 お嬢様が、私を腕に抱え直してくださる。しかし、寒い訳ではなくてですね、この小姑ツンデレ男は危険……んっ?こちらの方が、お嬢様の腕に密着していて温かいですね。ぬくいぬくい。
 私が、お嬢様の腕にひっついて、心地よい温もりに落ち着いていると、気がつけばいつの間にか玄関ホールに着いていた。
 いや、決して寝ていた訳ではないぞ!ちょっと目を閉じて、こやつをどう屠るべきか瞑想していただけである。
 玄関から出て、それぞれの馬車の元へ歩き出そうとした所で、ロイドが小さな声でポツリと呟く。
「しかし、貴女はいつも先を行っていますね……」
「えっ……?なにかおっしゃいましたか?」
「いいえ、なんでもありません。ご機嫌よう、エミリア様」
「ご機嫌よう、ロイド様」
 お嬢様と私は、公爵家の馬車へ乗り込む。馬車は緩やかに動き出し、学園と後方のロイドの馬車から徐々に遠ざかって行く。
 お嬢様には、先ほどロイドが言った言葉が聞こえなかったようだが、私には聞こえていた。だが、それよりも気になるのは、それを言った時のロイドの顔だ。
 いつも眉をひそめて、まるでこちらを探るような、はたまた不審げに睨みつけるかのような顔をしているが、先ほどはどこか憂いを帯びたような、なんとも言えない表情をしていた……。
 いずれにせよ、不快な表情には変わりない。
 ヒロインとは違い、なかなか隙がなさそうな相手ではあるが、お嬢様の為に私がなんとかするしかない!
 そんなにツンツンが好きならば、地獄の針の山の上を存分に歩かせてやろうではないか。待っておるが良い、ロイドめ!
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