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オペラ座の変人
しおりを挟むドロボーニャさまがどうしても乗りたいと言い張られましたため、あれからドロボーニャさまは馬の扱いの上手い侍女の後ろにくっついて座ってていただくことにいたしました。
何故そこでマジマンジさまを宛がわなかったのかですって?
ええ、わたくしはそう提案したのです。ぜひマジマンジさまの後ろにドロボーニャさまをと。
ですが、わたくし付きの侍従たちが騒ぎました……マジマンジさまの後ろに座る女性はわたくしでなくてはだめとのこと。まあ当たり前でしたわね。しかしおかげさまで、わたくしの素敵な未来を邪魔立てする一番の敵は、わたくしの侍従たちなのだと、改めて気づかされました。
今度は侍従たちを連れてこないようにしないといけませんわね。
さて大空を思う存分に駆けまわられたご様子のドロボーニャさまは、大満足なさって帰って行かれました。
わたくしはちっとも満足しておりませんけど。
まったく本日はなんのためにセッティングしましたのやら、わかりませんわ。
ドロボーニャさまはわたくしを貶めるせっかくのチャンスも逃して、マジマンジさまの前でいろいろと恥ずかしい台詞をお吐きなすって、そのうえ、乗馬早々マジマンジさまが駆けてらっしゃった空とは何故かまったく違う方面へ駆け出していってしまわれ、そのまま長いことマジマンジさまの御近くからは消えてらして、ろくに会話もできませんでしたの。
今日一日すべてパーで意味ないじゃないすか。やってらんねえですわ。言葉遣いが少しばかり乱れましたけど、心中、察していただけましたら幸いですわ。
あああ。
こんな時、大声で叫べたらいいですのに。
いいえ、それもこれも、婚約破棄が起こりさえすれば叶うことですわね。やはりがんばらなくてはなりません。
そういうわけで気を取り直してわたくし、二度目の虐めを試みてみることにいたしましたの。
本当に、虐めなんて下品な真似は性に合わないのですけども仕方ありませんわ。
ええ。今度こそ外しませんわよ。もう回りくどいことをせずに、マジマンジ皇太子さまの御目の前で虐めてさしあげればよろしいのです。うふふふ。
本日は観劇にお誘いしましたの。
もっとも今回はお詫びするような何かも特にございませんし、どう理由づけしたらよいのか悩みました。本来でしたら、わたくしどもとドロボーニャさまは身分が違いすぎますから、行動を共にするなんてあってはなりませんもの。
「護衛…?」
オペラグラスを手に、マジマンジさまが微笑まれました。
「そのような理由をわざわざ作ったとは、ダリ―ナはドロボーニャをよほど気に入ったようですね。もうすっかり友人ではありませんか」
ふふ。
なんとでもご推測くださいまし。
本日の愉しき観劇の席に侍従を連れるなど御免だと、わたくし家を出ます折に駄々をこねました。
そんなに護衛が必要なら、ドロボーニャを指名しますと申したのです。
侍従たちには可哀想な言動をしましたけども、致し方ありませんわ。わたくしの“敵” でございますからね。敵は悪役令嬢らしく排除しなくてはなりませんから。
慌てた侍従たちは、急ぎドロボーニャさまを誘い出しに行ってくれました。
ドロボーニャさまは暇人だったご様子で、すぐにわたくしの寄越した馬車で駆けつけてくださいましたわ。それも嬉々として。
まあ当然ですわね。皇太子さまのお傍の特別席で観劇できるのですから。
ねんのため、突然の呼び出しになど応じられないと断られました時には、お誘いから命令の形式に切り替えさせていただくつもりでおりましたが、不要でしたわね。
ちなみにですわ、マジマンジさまの侍従はどうしても付きますことよ。まあ彼らはわたくしの侍従のように騒ぎませんから宜しいのですわ。
あ、お化粧室からドロボーニャさまが戻ってこられました。
なにやら青白いお顔をなさってます。ふ、想像通りでございますけど。
ここの特別席に付属するお化粧室はもちろんのことわたくしども専属でございます。先程、ここの劇場の者にお金を握らせて、そのお化粧室内すべてのロールペーパーを抜き去っていただきましたの。
え、姑息ですって?うるさいですわ。
この程度のこと、まだまだ本日の序の口ですわよ。
さてわたくし、まずはあえて聞いてみます。
「どうなさいましたの」と。
「あ…それが」
ドロボーニャさまがちらりとわたくしの目を見て怯えたような声を出されました。あら。わたくしのしわざだと、まさかお気づきなのかしら。
「紙が無かったんですよう…それも、どの個室もです…」
ええ、ええ。それで?
「で、しかたないんで男性用のほうをお借りしたんですけど…」
…は?
「そしたら流してないものが残ってて……」
いまお食事中の方、申し訳ありませんでした。
だってまさかドロボーニャさまが恥ずかしげもなく男性用のほうを拝借するなんて想像もしておりませんでしたもの。…って、問題はそれではございませんわ、
流してない、ですって??
ここのお手洗いは男性用も専属でございます。もう一度申します。専属です。
……つまり。
わたくしの視線は、じっとりとマジマンジさまの麗しすぎる横顔へ向かいました。
ドロボーニャさまの視線も向かっております。
話が聞こえていたご様子のマジマンジさまは、わたくしたちに視線を合わせようとなさいません。
「……」
「……」
「詰まってしまって、流れなかったんだ……」
ついに観念なさったようにぼそりと白状されたマジマンジさまは、ええ。悲しそうでした。
「侍従に伝えなかったのですか…」
あ、わたくし声が少々震えましたわ。いけません。感情を殺さなくては。
「いや、私以外は誰も使わないから、後でもう一度だけ流しにいってみようと思っていた。それでもだめだったら伝えようと」
いけません。麗しきイケ男子が決してみせてはならない一面ですわ。いえ、みせてはならないどころか、このようなこと自体、存在してはならない一面と言っても過言ではございませんわ。ええ、女性にご経験ならびに免疫等のない殿方が、麗しき女性たちは皆お手洗いで大きなほうは致さぬか、致しても美しい宝石のようなピンク色の**ピー**を排出するものと、かたくなに信じて疑わないでいらっしゃる(偏見)のと全くもって同じことでございますわ、ええ、いけませんわ。どうしましょう、わたくし、かつてないほど動揺しておりますわ、いえ、以前はこのようなことであっても動揺なんていたしませんでしたわ。どうしたことでしょう、やはりきっとあの人格が今も侵食を続けているのですわ、ええ、きっとそうでございますわ。きっとそうですわ。きっとそうです。あああ。
「ダリーナさま!おちついてください!思ってる事ところどころダダ洩れてます!!」
「え」
ドロボーニャさまのお顔を見たわたくしは、一寸おいてマジマンジさまを窺い見ました。
「……ダリーナ、すまなかった……」
「マ…マジマンジさま」
「君をここまで追い詰めるなんて……本当に申し訳ないことをした……どうすれば許してもらえますか…」
ああ、なんということ。
マジマンジさまがわたくしに謝っておいでです。そのように美しいご尊顔を歪めなさって、まるでわたくしがマジマンジさまを虐めているみたいではございませぬか。
ああ、どうしてこんなことに。
そうですわ、このドロボーニャが予想外の行動をするからだわ。
このアマ、許さんわ。いけません、また侵食が。
いえ違いますことよ。すべては、わたくしが姑息な虐めをドロボーニャさまに施したからいけないのでしたわ。
「マジマンジさま、殿下は何も悪くございませぬ。お許しを乞うのはわたくしのほうでございますのに」
わたくしは、たまらなくなってマジマンジさまの御手を両手に包み、強く握り締めました。
「ダリ―ナ…!」
何故かマジマンジさまの御声は、急に明るい響きを帯びました。
「なんと君から手を握ってくれるなんて…!こんなことは初めてではありませんか、ああ、愛しい君。きっと今回の出来事はじつは天の思し召しだったのですね…!」
「え…」
「これからは必ず**ピー**は放置しないと君に誓います。ですが今日は**ピー**を放置した私自身に感謝したいおもいで溢れている、溢れ出んばかりでいる、そう、まさにあの時**ピー**を流そうと水が噴水のごとく溢れ出たように……!」
「あ、あの…」
「わーリア充すぎだわー」
ぼそりと隣から何か聞こえましたけど、それどころではございません。
これはどういうことかしら。手を握り合って、きっと愛が深まった感動シーンにしか傍目にはみえませんことよ。おかしいですわ、本日の目的って何でしたっけ。
『皆様、大変お待たせいたしました。これより開演いたします。』
ブザーの音とともに照明が落とされ、辺りが暗くなってまいります。
「ああ愛しのダリ―ナ!」
わたくしの先行きも、暗くなってゆくようでございました……。
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