『容疑者は君に夢中?〜捜査一課の恋と事件簿〜』

キユサピ

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第1話:恋と古書と密室の罠(中編)

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この窓が開いていたんです。わたしの肩くらいの高さで……」

まどかが指さしたトイレの換気窓を、橘は無言で見上げる。
窓枠には、かすかに泥のような指跡が残っていた。

「侵入経路の可能性が高い。だが、ひとつ問題がある」

「問題?」

橘は店の裏口から店内へ戻り、棚の前に再び立つ。

「霧島。窓から侵入できたとして……“どうやって目的の本の位置を特定した?”」

「えっ?」

「何百冊もある中で、ピンポイントで“谷崎の初版本”だけを抜き取っている。初めて来た客にそんな芸当はできない」

「じゃあ……常連?」

「もしくは、“内通者”。情報を知っている誰かの手引きだ」

まどかは棚を見つめた。空いた一角の周りには、他の本が少しだけ歪んで並んでいる。
少し、背表紙の線が崩れていた。

「……あれ?」

そっと棚の裏側に手を入れると、カタリと木が揺れる音がした。

「これ、動きますよ……?」

「据え付けのはずじゃなかったのか」

橘が目を細めた。

――カチッ。

まどかが押し込んだ拍子に、棚の一部がわずかに手前へせり出した。
細工だ。ちょうつがいのような軸が組み込まれており、本棚の一部が「隠し扉」になっていた。

「……なにこれ、まるで古い推理小説みたい……!」

棚の向こうには、薄暗い空間。
わずかに続く通路の先に、小さな納戸のようなスペースがあった。

「密室のトリックかと思ったら、こっちは“内通用路”だったか……」

まどかが息を呑むと、橘は通路の奥へ足を踏み入れる。

中には、段ボールの山、古い本、そして――開いたままのダンボールがあった。

「これは……?」

S.N.と書かれた紙切れが一枚。発注依頼書だ。転売目的の犯人の文字か?


「……西村くん、ですか?」

橘はゆっくりとうなずいた。

「内部構造を知っていて、棚の仕掛けを使える。しかもこの書類をここに隠した。……これは言い逃れできないな」

その時――

ピンポーン。

店のドアのベルが鳴いた。

びしょ濡れの傘をたたみながら、青年が息を切らせて入ってきた。

「すみません! 昨日休みだったんですけど、なんか事件が……って聞いて」

まどかが思わず目を見開く。


橘が一歩、彼の前に進み出る。

「君が、西村翔くんだね?」

「……はい」

「ちょっと、裏で話そうか」



奥の事務所で、西村翔は濡れたままのパーカーの裾を気にしながら椅子に座っていた。

「えっと……何を聞かれるんですか……?」

「正直に話してくれ。君、“あの本”を狙ったろう」

「ち、違います。僕、そんなこと……!」

橘は、隠し部屋から見つけた申込書を机に置いた。

「これ、君の筆跡だよな。S.N.=西村翔、Nは“ニシムラ”」

西村の手が微かに震えた。

「……ネットで、あの本の価値を知ってしまって。生活も少し厳しくて……でも、盗る気なんて本当に……ただ、値段だけ調べようと思って……」

「誰が“隠し部屋”の存在を教えた?」

「それは……以前から知ってました。水島さんが教えてくれました。今ではもう使って居ないって。」

口ごもる西村。

西村の顔から、血の気が引いていった。
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