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第2話:甘い罠とナッツの告白
しおりを挟む「甘さと危険は紙一重だって、知ってた?」
まどかが言った。
彼女の手には、フォークの先で少し崩れたチーズケーキ。
口に運ぶ直前、ふと止めたその動作には、普段のドジな彼女らしからぬ鋭さがあった。
橘は、その横顔を見つめながら、シュークリームのクリームを舐めた。
事件は、たしかに“甘い罠”だった。
⸻
その日、まどかと橘は捜査の帰りに、とある有名パティスリーへ立ち寄った。
「ここが“Pâtisserie R”……今話題の店ですよ。ほら、店主のルイさんってめっちゃ人気で、SNSでも『神』って呼ばれてるくらいで――」
「スイーツ目当てでついてきたくせに、やたら詳しいな」
橘はぶつぶつ言いながらも、ショーケースに並ぶ煌びやかなケーキに目を奪われていた。
店の奥から登場したのは、金髪をゆるく巻いた中性的な男――ルイ。
「いらっしゃい。今日のおすすめは“蜂蜜と胡桃のオペラ”だよ。……ああ、心配しないで。ナッツが苦手な子には“苺とバラのレアチーズ”もある」
その物腰、語り口、すべてが舞台の上の王子のようだった。
⸻
事件が起きたのは、その翌日。
「アレルギーで女性客が倒れたって……?」
まどかが驚いて駆けつけたのは、昨日訪れたばかりの「Pâtisserie R」。
救急搬送されたのは佐倉さつきという女性。
ルイの元恋人であり、店のヘビーリピーターだった。
「彼女、ナッツアレルギーだったはずじゃ……?」
「なのに、蜂蜜と胡桃のオペラを食べたら発作を起こしたって……」
当然、疑われたのはパティシエ・ルイ。
ケーキを作ったのも、仕上げたのも、彼だったのだから。
⸻
「違う。僕が出したのは、ナッツ無しのレアチーズだった。オーダーはそうだった。僕は……間違えてなんか、いない」
ルイは珍しく取り乱していた。
だが店の伝票には「オペラ」と記されていた。
スタッフの誰もが「彼女はオペラを頼んだ」と証言した。
「じゃあ、伝票を書き換えた奴がいるってことか……」
橘が呟いたとき、まどかが小さく手を挙げた。
「あの……昨日、私がこの人(ルイ)に“このケーキってアレルギー大丈夫ですか?”って聞いたら、“それは大丈夫”って言ってたの、レアチーズの方だったと思うんです」
「……つまり、最初の注文はレアチーズだったが、誰かがオペラにすり替えた?」
橘が鋭く目を細めた。
⸻
厨房のゴミ箱の中から、燃えかけたメモが見つかった。
微かに読める文字は「佐倉・レアチ・アレルギー注意」。
「誰がこれを?」
その場にいた新人スタッフの穂村あんずが、唇を噛んで震えた。
「私……です。ルイ様の名誉のためなら……って……!」
「え?」
あんずは叫んだ。
「佐倉さんはルイ様に嫌がらせしてたんです! SNSで“味が落ちた”とか“元カレのくせに気まずい”とか……!」
「でも、だからって……」
「レアチーズを注文してるの見て、つい……伝票、差し替えて、ケーキも入れ替えちゃって……!
まさか、本当にアレルギーだったなんて知らなくて……」
⸻
ルイは、黙っていた。
「君がそんなことをするなんて、知らなかった……僕は、君を信じてたのに」
その声には、かすかな怒りと失望が混ざっていた。
穂村は、床に崩れ落ちた。
「……ルイ様に嫌われたくなかった……」
⸻
帰り道。
まどかは、苺のケーキを口に入れながら、ぽつりと呟いた。
「“好き”って、暴走すると、相手を傷つけることもあるんですね……」
「そうだな。甘いだけの恋は、毒にもなる」
橘がシュークリームをかじる。
「でも、私の恋は……まだ、始まってすらないけど」
「……だったら、始めればいいじゃないか」
その瞬間、まどかはケーキのフォークを落とした。
「えっ、えっ? な、何の話ですか?」
「甘党だからな、俺。お前が……甘すぎる」
「ちょ、ちょっとそれってどういう……!」
橘はシュークリームのクリームを口の端につけながら、何も答えず歩き出した。
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