『容疑者は君に夢中?〜捜査一課の恋と事件簿〜』

キユサピ

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第3話:消えた婚約指輪と、5人の元カレ

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【1】プロローグ:婚約パーティは修羅場のはじまり

「おめでとー! ひより、マジでおめでとー!」

拍手とともに、ひよりの部屋にシャンパンの栓が弾けた。
部屋の中央にはケーキと軽食、そしてソファを囲んで座る――5人の男たち。

久賀ひより。二十五歳、明るく人懐っこい性格。
そして本日の主役。というのも――

「じゃーん、見てこれ。藤沢くんからもらった婚約指輪!」

薬指に光る一粒のダイヤ。
しかし、そこへ真っ先に食いついたのは、筋肉にシャツが張りつくほど鍛え上げた赤井ケンタだった。

「は!? ちょ、お前マジかよ。なんでそいつと婚約してんの?」

「“そいつ”って失礼だよ赤井くん。僕はひよりに心から愛を捧げてる。あの子のテーマソングまで作った」

そう言って髪をかきあげたのは、ナルシスト系イケメンの白川リョウ。スマホのピアノアプリを開いて「君の残響」とかいう謎の曲を弾き始める。

「は? 俺は金だけは誰にも負けない。ひよりのためにフェラーリ買ったってのに……」

と、グラスを揺らすのは成金風の黒沢マコト。

「みんなうるさい。僕はひよりを好きだったことなんて一度もない。ないって言ってんのに写真、返してくれないよね? ね?」

と無言で睨みつけてきたのは、ストーカー気質の青山ヒロ。

「……すごいな。なんで元カレ呼んだの?」

と、まどかがボソッと耳打ちすると、ひよりは笑って答えた。

「え? だってみんな今でも友達だから。気にしてないよ!」

全員、気にしてた。



【2】事件発生:その瞬間は誰にも気づかれなかった

午後二時過ぎ。リビングでは酔ったケンタが腕立て伏せを始め、リョウが即興でBGMを弾き始めるカオス状態。

そのとき――

「わっ……!」

ソファで立ち上がろうとしたひよりの胸元に、なにかがこぼれた。紅茶だった。
手を滑らせたのは――藤沢晴人。ひよりの現婚約者だ。

「ご、ごめん! 着替え持ってくるよ。タオルどこ?」

「あ、寝室のクローゼットにあるから」

晴人は自然な動作で立ち上がり、寝室へと向かった。
その数分後、ひよりは服を着替えに立ち上がり、パーティは一旦小休止に入った。

それから三十分後。

「ねえ、指輪が……ないの」

ひよりの悲鳴に、部屋の空気が凍りついた。


3】容疑者たちの怪しすぎる行動

「ええと、落ち着こうか」

捜査一課の橘直哉は、ひよりの部屋のホワイトボードを勝手に引きずり出し、パーティ会場を臨時の“捜査本部”に仕立てていた。
その横でまどかは、深くため息をついた。コンタクトを忘れて眼鏡のまま来たのが悔やまれる。

「じゃあまず、指輪が最後に確認されたのが……?」

「14時ちょうどかな。トイレに行く前に、ケースに入れてたのは覚えてる」

とひよりが言った。

「じゃあ、14時~14時半の間に誰かが寝室に入って、指輪を盗ったってことだね。じゃあ、時間帯に何してたか、一人ずつ聞いていい?」

直哉の問いに、元カレたちは口々に「俺はやってない」と騒ぎ始めた。



【赤井ケンタ】(14:00頃~14:10)

「トイレ行ってた! マジで。辛いカレー食ってさ、腹にきたんだって!」

「どのトイレ? 家に一個しかないけど?」

「……え?」

「嘘が雑すぎ」とまどかが冷静に斬った。



【白川リョウ】(14:00~14:30)

「僕はずっとこの曲を作ってた。指輪のことなんて……いやむしろ、指輪より彼女の心が欲しいよ」

「……今“彼女”って言いました?」

「まどかさん。あなたは美しい旋律を持ってる。僕の心が、うねるんだ……!」

「やめて。私、電信柱と話してる方が気が楽」

リョウは“まどかストーキングモード”に突入してしまった。



【黒沢マコト】(14:05~14:30)

「ちょっと換気しようと思ってベランダ行っただけだって。あの指輪、ブランド物だろ? 俺ならもっと高くて良いやつ買ってやれるのになぁ~」

「動機バリバリじゃん」と直哉。

「っていうか、俺じゃなくても売れば十万にはなるぞあれ。箱だけでも……」

「うるさい」とまどかが一蹴。



【青山ヒロ】(14:00~14:15)

「僕はカメラ回してた。盗るとかじゃなくて……資料用に」

「資料って何の?」

「記録、ですね。ひよりと過ごした最後の時間になるかもしれないし……。編集してYouTubeに――」

「通報していい?」

なお、撮れていた映像はなぜか14:12~14:18だけ欠けていた。



【藤沢晴人】(14:10~14:22)

「ひよりの服に紅茶こぼして、寝室から着替えとタオルを取ってきた。そのあと、コンビニ行って……」

「コンビニのレシートある?」

「うん、14:22のやつ。家を出たのが14:10くらいかな?」

まどかが睨む。「じゃあその12分間、どこに?」

「……部屋でタオル探してたと思うけど……」



【4】捜査一課のターン

直哉が、ホワイトボードに全員の行動を時系列で書き出す。
• ケンタはトイレと言ってたが、時間はあやふや
• リョウはピアノを弾いていたが、証人はなし(そしてまどかを尾行している)
• マコトはベランダにいたが、誰も見ていない
• ヒロは映像記録があるが、一部途切れていた
• 晴人だけが、部屋に入ったことが確定していて、かつ“指輪の箱と文庫本”を知っていた唯一の人物

「……ねえ、もしかして、怪しくないように見えた人が……いちばん怪しい?」

と、まどかが眼鏡越しにつぶやいた。

直哉が微笑む。

「さあ、そろそろ答えを聞こうか。指輪を隠したのは、誰だ?」


【5】真相解明:誰よりも怪しくなかった男

「整理しようか」

直哉はホワイトボードの前でマーカーを握った。

「ケンタ、リョウ、マコト、ヒロ……どの元カレも、それぞれに怪しい。でも全員に共通してるのは、**『寝室に入ったことが証明できない』**ってこと」

「だから全員犯人の可能性があるってことだろ?」

とケンタが息巻いたが、直哉は首を振った。

「逆だよ。問題は、**“確実に寝室に入ったと証明されている人間が一人だけいる”**ってことなんだ」

静まり返る部屋。

「それが――藤沢晴人」

全員の視線が、無表情の晴人に向けられる。



【6】推理トリックの種明かし

直哉は指で数え始める。

「まず、犯行時間は14:00~14:30。
その間、ひよりの服に紅茶をこぼした晴人が、寝室に“タオルを取りに行った”。
これは全員が見てた行動だよね?」

「……まあ、そうだけど」とひよりが言う。

「その後、晴人は『コンビニに行った』と証言。
だけどレシートの時間は14:22。
出発したのは14:10と証言してるから――12分間の空白がある」

「……」

「つまり、晴人は誰にも見られずに部屋にいた時間が“ちょうど14:10~14:22”だけあるってことだ。
他の元カレたちは“見られていない”だけ。でも晴人は、“確実に入っていた”」

まどかが静かに続けた。

「そして――指輪は文庫本の中から出てきた。
この本、晴人くんが以前ひよりに貸してたものだって話だったよね?」

「……!」

「さらに指輪の箱も特殊だった。和紙の包みで、市販のブランド物じゃない。
それを知ってるのも、晴人くんだけだった」

直哉が締めくくる。

「まとめると――
・寝室に入ったことが証明されていて
・隠し場所を知っていて
・箱の見た目も知っていた
その上で、唯一、14:10~14:22に行動が空白の人物」

「……ってことは……」

ひよりがぽつりとつぶやいた。

「晴人くんが……指輪、盗ったの?」



【7】動機:愛の試練

晴人はゆっくりと口を開いた。

「……ごめん。盗ったわけじゃない。
ちょっとだけ、隠したんだ。……試したかった」

「試した?」

「前に別れたとき、俺だけ本気だった。
それでも、また復縁して、婚約して――でも今日、君があんなに楽しそうに他の元カレと話してるのを見て、ちょっとだけ怖くなったんだ」

「……」

「泣くほど俺のこと、大切に思ってくれてるのか。
試したくて……情けないよな」

晴人の声は震えていた。ひよりは唇を噛みしめながら、何も言えなかった。



【8】事件解決:そしてうざい奴が残った

「事件は解決だね。じゃ、解散しましょうか」

と直哉が立ち上がると、隣でまどかがごそごそと上着を着直していた。

「……あれ? まどかさん、僕の連絡先、渡してなかったよね?」

声をかけてきたのは、あのナルシストピアニスト白川リョウだった。

「……え、あ、いえ結構です」

「ねえ、まどかさんにもテーマ曲作りたいな。“永遠に近眼”ってどう?」

「電信柱と話してきます」

「ちょ、まって! その電信柱になりたいんだけど!」

まどかがスタスタと逃げていく。後ろをリョウが追いかける。

直哉はため息をつきながら、ぶつぶつ呟いた。

「今度の事件は“迷惑系元カレ”による“別件ストーカー”か……?」



【9】エピローグ

事件は一件落着。
晴人とひよりはしばらく距離を置くことにした。

「まどかさん、ほんとすみませんでした」

とひよりが深々と頭を下げると、

「……いえ、大丈夫。こっちはこっちで、ストーカーされてるから」

と、まどかは写真つきのメッセージが届いたスマホ画面を見て、軽くめまいを起こしていた。

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