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第4話:死んだはずの恋人からの手紙
しおりを挟む第一シーン:蒸し暑い夜と、不在の男
──7月。午前2時。東京都港区、月影アパート402号室。
蝉の鳴き声すら遠のく深夜のアパートで、女の叫び声が響き渡った。
「綾乃!? ウソでしょ、誰か……誰か、助けて!!」
部屋の主、綾乃(22)は胸元から血を流して倒れていた。
傍らにはナイフ。窓も玄関も施錠された密室状態だった。
だが、もっと不可解なことがあった。
テーブルの上には、一通の手紙が置かれていた。
「君を迎えに行くよ。
あの日の続きをしよう。
死んでも、君を愛してる。──蓮」
差出人の名前は、「月島 蓮」。
綾乃の元恋人であり、三ヶ月前に死亡したはずの男だった。
──翌朝・警視庁捜査一課。
「死んだ男から手紙が届いた? しかも、その手紙の主が殺人犯かもって?」
霧島まどかは、分厚い眼鏡をくいと持ち上げながら言った。
「それってもう、“推理小説あるある”よね。次は生首が届いたりする系のやつでしょ」
「やめてくれ霧島……俺、そういうのホント無理だから……」
隣の橘直哉は、カップケーキを震える手で口に運びながら顔を青ざめさせていた。
「でもさ、被害者の部屋から出た指紋。
死んだはずの“月島蓮”と完全一致だったらしい」
「はぁ……それ、ちゃんと確認取ったの? お化けの仕業ってことにしたいわけじゃないよね?」
「勘弁してくれ。今夜は怖くて靴脱げねぇ……」
(※橘は潔癖かつシークレットブーツ)
上司の美影(みかげ)係長が、資料をバンと置いてきた。
「おまえら、今から港区の現場行ってこい。
それと……これ、昨日の郵便記録な。手紙が差し出されたポストの特定が取れてる」
「ポストって、まさか……?」
「そう。“月島蓮”の実家近くのポストから投函されてる」
まどかと直哉は顔を見合わせた。
死んだはずの男。
殺された元カノ。
そして、“復活の恋文”。
「おい、霧島……まさか、また“元カレ”が関係してるとか言わないよな?」
「んー……さすがに幽霊とは付き合ったことないけど……」
こうして、
“死者からの手紙”事件の捜査が始まった。
第二シーン:元カレと今カレと、ウザカレ
アパートの玄関先に、警察のテープが張られていた。
ドアには鑑識班の立て札。部屋の空気はまだどこか生々しい。
「殺害時刻は深夜1時~2時の間。
被害者・綾乃さんの致命傷は胸部への一刺し。争った形跡はありません。
密室状態だった上、玄関の鍵はU字ロック付き……完全に内側から」
鑑識の報告を聞きながら、まどかは部屋の中を歩き回った。
「てことは……犯人は中から出られなかった? それとも、鍵をかけて外に?」
「鍵は彼女のポケットから見つかってる。外からの施錠は不可能だ」
直哉が言い、まどかは小さくうなる。
「じゃあ、犯人は……?」
その時、ドアの向こうから声がした。
「ねぇ! 綾乃は!? 綾乃は無事なの!? 僕、彼氏なんだけど!」
現れたのは、茶髪でスーツのボタンを2つ外した、やたらハイテンションな男。
「……誰?」
「春井翼って言います! 綾乃の……えっと、恋人で……あ、でも最近ちょっと距離置いてたっていうか……」
まどかの顔を見るや否や、目を輝かせた。
「うわ、君もしかして……刑事さん? すっごいカッコいいね! 背高くて、モデルさんかと思った!」
「……どーも。霧島です。で、“距離置いてた”って何?」
「え? ああ、いや、それは……彼女、最近なんか変だったんですよ。
“死んだ恋人の夢を見た”とか、“手紙が届いた”とか……ぶっちゃけ怖くてちょっと引いてて……」
「じゃあ、手紙の話は知ってたのね?」
「ええ。でもまさか本当に殺されるなんて……!」
春井はわざとらしく目頭を押さえた。
その隣で直哉がぽつり。
「死んだはずの男が恋文を送り、今カレが距離を置き……
しかも今カレが、なんか……」
「うざい?」
「……言うと思った」
まどかは春井を横目に、机の上の手紙をもう一度見つめた。
「これ……誰が書いたのかしら。筆跡鑑定に回しましょ」
すると、奥からもう一人の訪問者が。
「お騒がせしてすみません。綾乃の親友の、沢村千夜です」
長身でボーイッシュな装いの女性が深く頭を下げた。
「綾乃は……誰かに恨まれるような子じゃなかった。
けど……“あの男”と別れてから、様子が変わったのは事実です」
「“あの男”って、月島 蓮?」
「ええ。事故で亡くなったって聞いてたけど……でも、綾乃は信じてた。
“彼は死んでない、戻ってくる”って……だから、部屋には彼の私物も残してて……」
「私物……?」
「ええ。最近も、“彼の服を誰かが勝手に着た形跡がある”って……
それって、幽霊じゃなくて“誰かが部屋に入ってる”ってことじゃないですか?」
まどかと直哉は顔を見合わせた。
密室のはずの部屋。
死んだはずの男。
勝手に着られていた服。
そして、春井の言動。
何かが噛み合っていない。
だが、確かに“何かが仕組まれている”気配だけはあった。
第四シーン:親友の“愛”と死者の声
「ねえ霧島、ちょっといいか?」
橘直哉が珍しく真顔だった。
「手紙がポストに投函されたのは、事件の前日深夜。
なのに、綾乃はあの手紙の内容を、事件前から知っていた可能性がある」
「……え?」
「綾乃の部屋から出た日記。『“迎えに来る”って、やっぱりそうだと思った』って一文があるんだ」
まどかは一瞬、思考を止めた。
「じゃあ……綾乃は、手紙が届く前から“迎えに来る”と知っていた?」
さらに、鑑識からの報告が届く。
「蓮のシャツの袖口から検出された長い髪の毛。DNA鑑定の結果──」
「男性じゃないんだ」
「……はい。女性のものです」
「……沢村千夜」
まどかの目が細くなる。
「彼女が“綾乃の部屋に蓮の服があることを知っていた”のもおかしい。
しかも“蓮の服を誰かが着た形跡がある”って証言も──」
「本当は自分が着たんじゃ……?」
橘の声が震える。
「それに……密室。U字ロックが掛かっていたって話……」
まどかは部屋のドアを思い浮かべた。
「U字ロックの構造なら、細い糸で外から引いて閉めるトリックが使える。
わざとドアを半開きにして“蓮が出ていったように見せかけて”から、
外から糸で引いてチェーンを掛ける……」
「つまり、蓮が現場を離れたように偽装して、
その実、殺害後に“誰かが外からU字ロックを掛けた”ってわけか」
まどかと直哉が顔を見合わせる。
──犯人は、千夜しかいない。
⸻
クライマックス:沢村千夜の告白
取調室。
沢村千夜は、静かに笑っていた。
「……私、ね。
綾乃が“蓮が戻ってくる”って信じてたの、止めたかっただけなの」
「止めるって、どういう意味?」
「だっておかしいじゃない。死んだ人にすがって、生きた人を見ないなんて。
私、ずっと側にいたのに。どれだけ綾乃が蓮の話ばっかりしてたか……」
「それで、手紙のことを?」
千夜はふっと目を伏せる。
「ポストに届いた手紙は……本物だったのよ。
蓮は生きてた。私、見たの。綾乃がいない日、部屋に入った形跡……シャツの匂いが変わってた」
「どうして黙ってた?」
「だって……蓮が戻ってきたら、綾乃はまた私を見ないでしょ?
だから、彼女を“目覚めさせる”つもりだった。
現実を見せて、蓮はもういないんだって、私だけが残ってるんだって──」
「でも、綾乃は信じ続けた」
まどかの言葉に、千夜の微笑が歪む。
「ええ。……信じてた。
“蓮が迎えに来る”って。手紙を見たあと、喜んで、笑って……。
私のことなんて、また見てくれなかった」
「だから、殺した?」
「ううん。……殺すつもりなんてなかった。
ただ、“目を覚まして”ほしかっただけ。
ナイフは、脅かすつもりだったの。
でも綾乃が──“蓮のところへ行く”って言ったの。
そのとき……何かが、切れたの」
沈黙が、取調室を支配した。
やがて千夜は、ぽつりとつぶやいた。
「──でも、死んだ蓮は、生きていた。
私はそれだけで、もう十分だったのかもしれないね」
エピローグ
数日後。
綾乃のスマホに届いた最後のメッセージは、未読のまま保管された。
「迎えに行くよ。
今度は、君に謝るために──」
──月島 蓮
霧島まどかは、空を見上げながらつぶやいた。
「……“死んだ恋人”ってのも、罪ですね」
橘直哉は隣でうなずきながら、ポッケにカップケーキを忍ばせていた。
「なぁ霧島、今回もけっこうヤバい事件だったよな」
「うん。だからさ──」
まどかは、鋭い眼差しを彼に向けた。
「次の休みくらい、靴脱いで部屋で反省して?」
「それだけは勘弁してくれえぇぇ!」
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