『容疑者は君に夢中?〜捜査一課の恋と事件簿〜』

キユサピ

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第10話:ふたりのアリバイ

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1. プロローグ:沈黙の旋律

静寂に包まれた音楽ホール。
ステージ中央のグランドピアノに座る女の指先が、夜の帳を裂くように音を紡いでいく。バッハ、ショパン、ラフマニノフ――選ばれた旋律はどれも技巧を要する名曲ばかりだった。

「やっぱり彼女は本物だわ」
観客の誰もがそう思った。

けれど、その“彼女”――**美園結月(みその ゆづき)**は、翌朝、死体で発見される。



2. 発見

東京都心、白金にある高級マンションの17階。
朝の7時、119番通報が入る。
「姉が……姉が、死んでます……!」

現場に駆けつけたのは、霧島まどかと橘直哉。
「死亡確認は6時30分。首吊りです。遺体はバスルームにて発見」
救急隊員が淡々と報告する。

「扉は中からロックされてたわ」
まどかは現場を見渡しながら言った。
「窓も鍵も閉まってる。これ……密室よね」
「自殺、で片付けるには早すぎる」
橘がポツリと呟いた。

遺体の身元は、人気ピアニスト・美園結月。発見者は同居していた妹・彩月(あやつき)。

「姉は……最近ずっと疲れてました。音楽に追われて、心も限界だったと思います……」

泣きながら語る彩月。
だがその夜、捜査本部に奇妙な目撃情報が寄せられる。

「……結月さん、昨日のコンサートで弾いてたんです。間違いないです」



3. 過去の記憶と違和感

「なぁ、まどか。あの時のピアノ、聞いたことあるよな?」
「あるわ。三年前のホールでしょ?音、大好きだった。正直、ファンだったもん」

二人は、当時の収録映像を確認する。
まどかは再生中、あることに気づく。
「見て。左手の小指、きれいに浮いてるわ」
「ん?今回の“結月”の演奏動画、押しっぱなしだったぞ」
「つまり、今回演奏したのは“本人”じゃないってこと」

橘は眉をひそめる。
「となると、あの演奏会に出ていたのは――妹の方か」
「うん。しかも、その妹が今“姉の死を発見した”って……おかしくない?」



4. 美園家の闇

二人は、美園姉妹の元講師・音無つかさを訪ねる。
「結月と彩月は、一卵性双生児でした。外見はそっくり。でも性格も演奏も、まるで逆。
姉の結月は内向的で完璧主義、妹の彩月は感情豊かで即興に長けていた」

「でも、デビューしたのは姉の方だった」
まどかが口を挟む。

「ええ。ご両親が“彩月には向いてない”と決めてしまったのです。
でも――実際にステージで弾いていたのは、何度か彩月でした。
“ゴーストピアニスト”のような存在ですね」

まどかは息を呑む。
「じゃあ、今回の事件は――妹が姉になりすましてる?」



5. 偽装された時間

防犯カメラの映像を再確認していた橘が、眉をひそめる。

「これ……ちょっと変だぞ」
「どうかした?」
「録画のハードディスク、交換されてる。映像データのタイムスタンプが“上書き”されてるんだ」
「つまり、事件当日の朝“出て行ったように見える映像”は――過去のもの?」

「そう。実際には、すでに死んでいたのかもしれない」

そして、その“死体”こそが、本当は“妹・彩月”だったのだ。



6. すり替わった名前

二人は再び、彩月――否、結月を名乗る女性に面会する。

「あなた、誰なの?」
まどかが正面から問いかける。
彼女は黙っていたが、やがて震える声で答える。

「……妹は、事故だったの。私をかばって、階段から落ちたの。
私のこと、守ろうとしてくれたのに。なのに、私は……」

「あなたは彼女として生きることで、罪を償おうとした。でも、それって“妹の人生”をまた奪うことになるんじゃない?」
まどかの声が、冷たく、けれど優しかった。

「……私は、私として生きていいの?」
「当然よ。名前より、あなた自身をちゃんと見てくれる人は、必ずいるわ」



7. まどかと橘

事件解決後。
駅前の古びた喫茶店。

「でもまぁ、双子ってすごいよね。同じ顔してて中身違うって、まるでウチの捜査一課みたい」
「何の話だ」
「顔は一課でも中身が三課とかいるじゃん。ほら、椎名係長とか」
「それは分かる」
「で、橘さんは顔はクールだけど中身は……」
「やめろ」
「すっごく甘い、ミルクたっぷりのコーヒー牛乳って感じ」
「……もう一回言ってみろ」

にやけたまどかの眼鏡越しに、橘の顔が少しだけ赤くなるのを、誰かが見ていたら、きっとにやけたに違いない。



エンディングモノローグ

姉として生きた妹。
妹のために死んだ姉。

どちらが本当かなんて、もう分からない。

けれど――

「わたし」を大切にすることでしか、「あなた」を守ることはできない。

そう、私は思う。
――霧島まどか
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