『容疑者は君に夢中?〜捜査一課の恋と事件簿〜』

キユサピ

文字の大きさ
40 / 53

第40話:ティーカップに沈んだ嘘

しおりを挟む


1.午後三時の騒動

「――この紅茶、毒でも入ってるんじゃなくて?」

咲良の店内に、冷たい声が響いた。

白いレースの手袋を添えたティーカップが、カウンターの上でカシャンと揺れる。
口元に涼しい笑みを浮かべていた女――香坂凛々子は、店内の注目を一身に集めながら、わざとらしく肩をすくめた。

「舌がしびれるような味がしたのよ。おかしいと思わない? 私はね、日々五百種類の紅茶を味わってるの。誤魔化しは通用しないのよ、プリン屋さん」

カウンターの向こうで紅茶を注いでいた咲良が、目を瞬かせた。

「えっ……そ、そんな……! うちの紅茶はずっと変えてないし、ちゃんとした葉を使って――」

「ちゃんとした、の基準がそちらと私で違うのでしょうね。残念ですけど、これはもう“スイーツ評論家”として書かざるを得ないわね」

まどかが咲良の方へ歩み寄る。

「お店に出した紅茶、他のお客さんは普通に飲んでたみたいですけど……」

「あなた、ここの人?」

「いえ、ただの――非番の警察官です。通報が必要そうだったら、今すぐにも」

凛々子が少しだけ表情を引きつらせた。

その後ろから、テーブル席でスプーンをくるくる回していた男が立ち上がる。

「凛々子、やめよう。誤解かもしれないだろ」

「佐伯、あなたは黙ってて。紅茶の味も分からないくせに」

「俺のカップには何も入ってなかったぞ?」

「それはあんたの舌が鈍いからよ!」

ふたたび騒然となる店内に、橘直哉がプリンを一口すすって言った。

「……なんで俺が甘いもん食ってる時に限って、事件のにおいがしてくるんだよ」



2.紅茶の謎と霧島の天然ボケ

しばらくして騒ぎも落ち着き、咲良がこっそりと直哉とまどかの元にやってくる。

「本当にごめんね。非番なのに……助けてくれて」

「べつに通報されたわけでもないですし。俺は甘いもん食ってただけですし」

「まあ、あの人がほんとに“毒が入ってた”とか言い出したら、一応捜査にはなるかなあって思って……」

「霧島。あの言い方、“火に油”って知ってるか」

「え? え? でも、言ってることおかしかったですよね?」

直哉がため息をつきながらも、悪びれた様子はない。

「……でもさ、舌がしびれるって、どんな感じなんでしょう。ちょっと、体験してみたいかも」

ぽつりとまどかが言った一言に、直哉がスプーンを止めた。

「おい。そういうのを“フラグ”って言うんだぞ」

「ふらぐ……?」

「もういい」



3.ティーカップの温度差

橘は手袋をつけたまま、凛々子の使ったティーカップを手に取り、皿の裏を撫でる。
指先が止まったのは、カップのソーサー裏、小さな銀色のシールのようなもの。

「……これ、なんだ?」

咲良がのぞき込む。

「あれ? こんなの最初から貼って……ない、と思う。え、なに? これ磁石?」

直哉は眉を寄せたまま、まどかを見る。

「霧島。そこのレジ横に置いてあったやつ、取って」

「これですか? あっ……携帯式のカイロ?」

「そう。USB充電式のポータブルヒーター。形状も薄いし、底が磁石になってる。……つまりだ」

カチリ、とソーサーに磁石が吸い付く音。

「このソーサーの下にヒーターをくっつけておけば、中の紅茶だけ、じわじわと温め続けられる。気づかれずにな」

まどかが目を丸くする。

「……そんなの、どうやって置いたんでしょう? 誰にも気づかれずに」

直哉が腕を組んで呟く。

「注文時。カウンターにトレイが出て、咲良が一度下がった数秒間。そのときに佐伯が――」

「――“そっとトレイの裏からくっつけた”ってこと?」

直哉がうなずく。

「カップ自体がやけに温かかったのは、ヒーターで加熱され続けてたから。
 しかもメントール系のアロマオイルを微量入れておけば、温度によって味が大きく変わる。
 高温だと、しびれるような苦味になる」

まどかがぽつりと呟く。

「……でも、その細工って、誰に気づかれてもおかしくなかったですよね? バレたら大ごとになるかもなのに、なんでそんなこと……?」

直哉はゆっくりと視線をカウンター奥へ向けた。



4.惚れられて、動揺して。

その日の夜、事情聴取のために呼び出された佐伯は、驚くほど素直に口を開いた。

「……あの人が、俺を“評価してる”んじゃなくて、“所有してる”んだって気づいたのは……一年前くらいかな」

「別れたいけど、逆らえない。だから――向こうから“別れたい”って言ってくれるように細工した、と」

「でも、霧島さんの言葉でちょっと救われたんですよ。あの、“しびれる味も、ちょっと体験してみたいかも”って――。あの一言が、なんか……」

「……ちょっと待て。それ、現場で聞いてたのお前か?」

「はい。すみません、たぶん、恋しちゃいました」

「待てや」

直哉がテーブルを軽く叩く。

「勝手に惚れてんじゃねえ。うちの部下だぞ」

「だからこそ! 控えめに言って、お似合いだとは思ってましたが、僕ならきっと――」

「黙れ。次はお似合いとか言ったらプリン投げるぞ」



5.ふたりと、スイーツと。

夜の咲良の店。
事件も片付き、再び落ち着いた空気の中。
橘直哉はプリンにスプーンを差し込み、隣の霧島をちらりと見る。

「……まったく、また惚れられてるし」

「えっ? わたし? ……ええっ!? いやいやいや、私そんなつもりなかったですけど!? えっ、えっ、橘さん、なんで睨んでるんですか?」

「睨んでねぇよ。……っつか、プリンやるから黙ってろ」

「やった!」

直哉はぼそっと呟いた。

「……ほんと、天然って罪だな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...