48 / 53
第47話:天然資産家と、幻の茶器
しおりを挟む「本当に……でかいな」
霧島家の屋敷を前に、直哉は軽くため息をついた。
恋人である霧島まどかの父・貴臣に招かれ、緊張しつつも門をくぐる。
応接室で待っていたのは、穏やかな笑顔の紳士──そして、想像以上に“ど天然”な男だった。
「橘くん。来てくれてうれしいよ。あ、猫は好きかい?」
「……はい、まぁ、嫌いではないですが」
「それはよかった。庭に三匹住み着いてね。君にぜひ紹介したくてね!」
すでにペースを乱されている直哉に、お茶が出される。目をやると、それはまるで美術品のような繊細な茶器だった。
「……これは、すごく高価なものですね」
「うむ、祖父の形見でね。もう二度と手に入らない品だそうだ」
まどかがこっそり耳打ちする。「あのお茶碗、ひとつ数百万するらしいよ……お父さん、わりと雑に使ってるけど」
そんな会話からわずか数十分後。
再び部屋に戻った直哉の目に、異変が映る。
──あの茶器が、なくなっていた。
「……あれ? さっきのお茶碗は?」
「ああ、あれ? うーん、私がどこかにしまったのかなぁ……捨てたりしてないよね?」
「お父さん!」まどかが突っ込む。
執事も首をかしげている。
念のために、と書斎にも案内されたが、そこでももう一つ妙なことに気づいた。
「この棚の……『風の扉』、この本が抜けていますね」
「なんと! まどかが幼いころ、私と交代で読んでいた本だぞ。しおりに私の詩も挟んでいたのに!」
直哉は内心、勘が働いた。
──この家のどこかに、意図的に茶器と本を移動させた者がいる。
さりげなく使用人たちの動きを見ていると、一人の老執事・和田の動きが微妙に不自然だった。
直哉はまどかに頼み、和田を呼び出してもらう。
「和田さん、あの本や茶器を見かけませんでしたか?」
しばらくの沈黙ののち、和田は小さく頷いた。
「……すみません。実は、私がこっそりお持ちしておりました」
理由を問うと、和田は深々と頭を下げた。
「私、この家を今月で退職いたします。奥さま亡きあと、まどか様が大きくなっていく姿をそばで見守ってまいりました。思い出として、何かひとつ……記念にしたくて……」
その声音は、真摯だった。
直哉は少しだけ考えたのち、静かに言った。
「それなら、ちゃんと伝えてからお預かりすべきだったと思います。ですが……お気持ちは、わかります」
まどかがそっと後ろから声をかけた。
「ありがとう、和田さん。私も、小さいころたくさん助けてもらったの、忘れてないよ」
やがて茶器と本は戻り、事件は静かに解決した。
「君はやはり、ただの男ではないな」
貴臣がにやりと笑い、再び直哉を将棋に誘う。
「ところで泊まっていかないかね? パジャマは用意してある」
「……ご遠慮しておきます」
天然資産家と、ささやかな謎。
直哉にとって忘れられない一日となった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
