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第48話:消えた微笑みと呼ばれた人
しおりを挟む「早乙女杏子さんの自宅で、女性の遺体が見つかった模様です――」
警視庁の休憩室に響いたニュース速報に、霧島まどかは紙コップのコーヒーをこぼしかけ、橘直哉も驚きのあまりスマホを取り落としそうになった。
「え、杏子さんってあの……朝ドラの?」
「うん。あの“笑顔の天使”って呼ばれてた人……」
そんな矢先、まどかのスマホが鳴った。発信者は、例によって例のごとく――父、霧島貴臣だった。
『まどかか? お父さんだ。いまニュース見たよな? 実は僕、杏子ちゃんの最新ドラマの企画をちょこっと監修しててな。ちょうど近くまで来てたし、君たちも行くんだろう? じゃ、迎えに行くよ!』
「……えっ? 迎えって、まさか現場まで!?」
通話の向こうから、すでにエンジン音が聞こえていた。
⸻
港区の高級住宅街。警察車両が並ぶなか、スーツ姿の貴臣が颯爽と現れた。
「よっ、現場捜査班! 推理力なら僕も負けてないぞ!」
「……その手に持ってる鑑識手帳、ドラマの小道具ですよね」
直哉がため息をついた。まどかは頬を赤らめながら父を引き戻す。
現場では、確かに早乙女杏子と思われる女性の遺体が、静かにベッドに横たわっていた。
化粧は完璧。髪も整っており、まるで撮影の途中で眠ったかのようだ。
だが、テーブルの上に置かれた遺書は、どこか不自然だった。
筆跡が、メモや台本の走り書きと微妙に違う。
「おかしいな……このメモ、“私”って一人称を使ってる。でも、彼女、普段は“あたし”なんだよね」
まどかがふとつぶやく。
直哉も浴室に残された小瓶に気づいた。蓋を開けると、微かな香水の香り。
「この香り……杏子がドラマで使っていた香水と同じだ。まるで“杏子という役”を演じてるみたいに……」
やがて監察医の報告により、死因は服薬によるものと判明。争った形跡もなく、自殺と判断された。
マネージャーの証言で、彼女が精神的に不安定になっていたことも明らかになる。
⸻
帰り際、貴臣がぽつりと言った。
「杏子ちゃん、何度も僕に言ってたんだ。“役に生きすぎると、自分がわからなくなる”って。……それでも、彼女は笑ってたよ。誰よりも、きれいに」
その言葉に、まどかは思わず立ち止まった。
直哉が横顔を見る。まどかの目には、光がにじんでいた。
「杏子さん、自分で“演じるように死んだ”のかな……。誰かが本当の彼女を見つけてくれるのを、待ってたのかもね……」
直哉はそっと、まどかの手を取った。
「……君がいるだけで、俺は自分を見失わずにいられる気がする」
「……え? なに? プロポーズ?」
「ちがっ……あ、いや、遠くはないけど、今じゃない!」
天然返しに、直哉が耳まで真っ赤になる。
⸻
別れ際、貴臣が直哉の背中をぽんと叩いた。
「君になら、まどかを任せてもいいかな……いや、でも日曜は貸し出しな! ボードゲームの相手が必要なんだ!」
「なんで父親が、娘をレンタル扱いするんですか!」
そしてその夜、直哉の手元に届いたのは――
「VIP個室付き、霧島総合病院への転院案内書」。
貴臣の名刺が添えられていた。
『さやかさんにも、うちの最高のケアをどうぞ』
どこまでも天然で、どこまでも家族思い。
霧島家の一員になる未来が、少しだけ、現実に近づいた気がした。
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