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第51話:透明な復讐
しおりを挟む「また備品の紛失?」
捜査会議室で報告書を手に取った橘直哉は、眉間に皺を寄せた。
「USBメモリ、パスカード、伝票控え……」
霧島まどかが読み上げながら静かに首をかしげる。
「ただの落とし物には見えませんよね。どうしてこれだけ重要なものばかりが消えるのか……」
「ま、俺たち特別案件対策係に来る時点で、“普通の盗難”じゃねえんだろ」
南雲がコーヒーを片手に、肩をすくめる。
⸻
調査対象は地元中堅の物流会社「神ノ倉ロジスティクス」。
橘と霧島が訪れると、応対に出た管理職の犬飼は、明らかに警戒した表情を浮かべた。
「……警察の方が、どうしてウチに?」
「私たちは警視庁・特別案件対策係です。備品の連続紛失について、状況をお伺いしたいのですが」
霧島が名刺を差し出すと、犬飼の顔に微かな苛立ちが走った。
「なんですかね、こういうの……空気が重い」
南雲が小声でつぶやく。
⸻
聞き取りを進めても、社員たちは一様に口を閉ざした。
だが、若手社員・影山透だけが、霧島の問いかけにかすかに反応した。
「夏実さんは……全部、知ってたんです。だから、守ろうとしたんだと思います」
柏木夏実。中途採用の経理担当。
1年前、ある若手社員が犬飼からの叱責と無視を受け続け、自殺未遂に追い込まれた。
そのとき、誰よりも怒り、誰よりも悔しがっていたのが柏木だったという。
「会社は“個人の問題”として片付けました。でも、夏実さんは……」
影山の声が震える。
⸻
柏木は極秘裏に社内のハラスメント証拠を収集し、USBに保管していた。
しかし、ある日それが“紛失”した。
それからしばらくして、伝票やカードの不審な消失が立て続けに発生。
彼女は「誰かに知らせなければ」と、敢えて不審な行動を繰り返すことで異常を訴えようとしていたのだった。
⸻
「全部は、止められなかった……」
取調室でまどかに向かって柏木はぽつりとつぶやいた。
「彼女が倒れたとき、私、ただ立ち尽くすしかできなかった。悔しかった。でも、正面から告発する勇気もなかった……」
「柏木さん。あなたのしたことは“完璧”じゃなかったかもしれません」
直哉が言った。
「でも、無意味じゃなかった。誰かを助けたかった、その気持ちは、ちゃんと届いています」
⸻
柏木は社内での処分を受けたが、同時に会社は外部監査を導入。
犬飼はハラスメント調査の結果、配置転換となり、涼木も懲戒処分を受けた。
社内には、ようやく風通しの兆しが見え始めた。
「……これも全部、柏木さんが動いたからだよな」
南雲が資料を手に呟くと、
「地味だけど、ひとつの正義ですね」
霧島が微笑んだ。
⸻
帰り道。
まどかが立ち止まり、夕焼けを背に直哉を見上げる。
「橘さん、さっきの言葉……私、すごく嬉しかったです」
「え? ……ああ、うん。お前、よく頑張ったし」
「ちがいます。柏木さんに言った、『誰かを助けたい気持ちは無意味じゃない』って……私も、そういう人でいたいなって」
直哉は不意に言葉に詰まったあと、目をそらした。
「お前は……最初からそうだよ」
「……え?」
「いやっ、だから……その、いつも天然ボケで突っ走るけど、根っこはすごく優しいし。俺なんか、何度助けられたか……」
「……それ、告白ですか?」
「ちっ、ちが……いや、ちょっとちがわない、かも……」
「ふふっ。じゃあ、今度は栗じゃなくてチーズケーキでごまかしてくださいね」
「なんでそこ食べ物なんだよ……!」
そんなふたりのやりとりに、夕暮れの風がそっと吹き抜けていった。
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