『容疑者は君に夢中?〜捜査一課の恋と事件簿〜』

キユサピ

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第52話:母の手紙

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静かな夜の病院――。

直哉はさやかの病室の前で一瞬足を止めた。
中からは、かすかな呼吸の音だけが聞こえる。
霧島まどかはそっと直哉の肩に手を置いた。

「行きましょう、直哉さん」

扉を開けると、さやかは酸素マスクをつけ、目を閉じていた。
その姿はあまりに静かで、美しかった。

「……母さん」

直哉が呼びかけると、わずかにまぶたが揺れた。
まどかも静かにベッドのそばへ座る。

「霧島さん……来てくれたのね」

「はい……さやかさん、私……来たかったんです」

さやかはゆっくりとまどかの手を取った。
「……あなた、本当にきれいね」
それは、ただの容姿のことではなかった。
強く、優しく、まっすぐに息子を支えてきたまどかを――さやかは心から愛おしく思ったのだ。

その数時間後、さやかは静かに息を引き取った。
涙も声も出なかった。ただ、穏やかな別れだった。



数日後――。
さやかの遺品を整理していた直哉とまどかは、机の引き出しの奥から封筒を見つけた。

「……これ、何だろう」

開けると、手紙と古い写真が入っていた。
そこには、若き日のさやかと、幼い直哉、そして知らない親子の姿が写っていた。

手紙は、その親子からのものだった。
直哉がまだ5歳の頃、公園で男児が池に落ちそうになったとき、さやかがとっさに身を投げ出して救ったという。
だが、彼女は自分が助けたことを決して語らず、日常に戻っていた。

手紙には、こんな一節が綴られていた。

「あの時いただいた命を、大切に生きています。
奥さまの優しさに、心からの感謝を送ります」

直哉は黙って手紙を見つめたまま、やがて小さく息を吐いた。

「……母さん、最後の最後まで、ちゃんと伝えるんだな」

「え?」

「証拠なんかじゃないよ。……これは、想いだ」
直哉の目が少しだけ潤んだ。
「……すごいよな、本当に」

まどかは静かに頷くと、目頭をそっと押さえた。
「……はい。私……すごく、お母さんのこと、大好きです」

その瞬間、ふたりのあいだに流れたのは、
静かで温かく、消えることのない優しさだった。
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