『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第四章: 「破壊の果てに」

第四十六話:「夜明けの景嵐」

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村の広場に足を踏み入れた瞬間、景嵐は幾つもの視線に射抜かれた。
その眼差しは畏怖ではなく、燃えさしのような怒りと、どうしようもない悲しみに満ちていた。

「……あの人を返して」
嗚咽混じりの声が飛ぶ。
次の瞬間、小さな手が震えながら木刀を握りしめ、景嵐に向かって構えた。まだ幼い子どもだった。

「父さんを……返せ!」
涙に濡れたその声は、刃よりも重く景嵐の胸に突き刺さる。

やがて大人たちも立ち上がった。農具を、槍を、ある者は錆びた剣を手に取り、景嵐の前に壁を作る。
力を持つ武人までもが一歩前に出て、その背を固める。

「破壊の武神よ……お前に奪われたものを、どう償うつもりだ」
低く唸る声。怨嗟の矛先は、ただひとり景嵐に向かっていた。

景嵐は一歩も動けなかった。
刃を構える彼らの姿が、戦場で斬り伏せてきた数多の顔と重なって見える。
返せるはずのない命を前にして、彼の胸を締めつけるのは――言葉にならぬ後悔だけだった。


人々の怒号が夜気を裂いた。
「返せ!」
「俺たちの家族を返せ!」
鋭い槍の切っ先、震える小さな手の木刀――すべてが景嵐の胸を狙っていた。

しかし景嵐は、一歩も退かず、剣の柄に触れさえしなかった。
ただ真っ直ぐに、人々の怒りと涙を受け止める。
その瞳に宿るのは、戦場を駆けた武神の光ではなく、ただ人としての痛みであった。

「……斬ることは、もうしない」
低く呟いた言葉は風に消え、誰にも届かなかった。
だが、その姿は誰の目にも「抗わぬ意思」として映っていた。

人々はなお刃を突きつける。
だがそこに歩み寄ったのはリンだった。
彼は景嵐と群衆の間に立ち、広く両手を広げて遮る。

「……この男は確かに数多を斬った。俺の大切な兄弟子をも……。
だが、今は違う。武を振るうだけの者ではなく、己の罪と向き合おうとしている。だからこそ――ここで終わらせてはならない」

リンの声に、人々は動揺する。
怒りの炎は消えない。だがその炎の奥に、ほんの僅かな逡巡が生まれた。

夫婦武神もまた、遠くから事の成り行きを見守っていた。
彼らにとっても試練はここからだった。景嵐を許せぬ人々と、受け入れようとする者たち。その分岐が、やがて国の未来を決める。

景嵐はただ黙って立ち尽くす。
受け入れられるか否か――その答えは、自分が選ぶのではなく、人々が決めることだと知っていた。


群衆の憎悪と怒声の渦。その中でリンは兄の姿をただ見つめていた。
刃を抜かず、沈黙のまま全てを受け止める景嵐の姿は、どこかかつての自分自身を映すかのようであった。
「景嵐……」
胸の奥に鋭い痛みが走る。
その姿は憐れであり、同時に気高くも見え、リンの心を締めつけた。

しかし藍峯は別の視点でその光景を見据えていた。
人々の憎悪は、ただ時間が過ぎれば収まるものではない。
このままでは景嵐も、リンも、そして人々までもが傷を負い続ける。

(この状況を断ち切らねばならぬ……)

藍峯は決断した。
それは景嵐を「守る」ためであり、同時に人々の憎悪を受け止める「場」を与えるためでもあった。

「赤狼」
低く呼びかけると、傍らに控えていた赤狼がすぐに膝をついた。
「はっ」

藍峯の眼差しは硬く揺るぎない。
「景嵐を捕え、投獄せよ。――人々の怒りを鎮めるには、まず彼を遠ざけるしかない」

赤狼は一瞬目を見開いたが、すぐに頷いた。
「御意」

リンは振り返り、藍峯の意図を測ろうとした。
しかし藍峯は何も語らなかった。守護者としての真の立場も、胸に抱いた策の全ても伏せたまま。
ただ、一計を案じて兄弟を救うために動き始めたのだった。


街道を外れた小さな山間の道。月光に照らされ、粗末な甲冑に身を包んだ赤狼たちが景嵐を囲んでいた。
だが、その甲冑はどこか不格好で、所々継ぎ接ぎのように見える。

景嵐はそれを一目見て、薄く笑った。
「……役人にしては、随分と粗末な鎧だな」

赤狼は肩を竦め、口元を歪める。
「元は海賊だ。板切れを船に仕立てて荒波を越えた連中だ。役人の真似事くらい、どうにでもなる」

そのやり取りを後ろから見ていた藍峯が、一歩進み出た。
「牢など我らにはない。烈陽の法で裁く権も持たぬ。だからこそ――偽りの枷を用いる」

景嵐は静かに視線を戻し、藍峯を見据えた。
「……俺をどこへ運ぶつもりだ」

藍峯は夜風を受けながら、淡々と告げる。
「龍華帝国だ。烈陽の憎しみを避けるには、そこしかない。人々にとっては『捕らえられ、遠国へ送られた』という形で十分だ」

赤狼が苦笑し、鎖を軽く鳴らした。
「つまり俺たちの役目は、牢に入れることじゃねえ。『牢へ送ったと思わせること』だ」

景嵐はしばし黙し、やがて小さく頷いた。
「……なるほど。人々の怒りを受け止めるには、それも一つの答えか」

藍峯は目を細め、低く言葉を続ける。
「景嵐。これはお前を庇うためだけではない。烈陽の均衡を保つためでもある。人々の憎悪をそのままにしておけば、国は乱れる」

鎖に繋がれたままの景嵐は、静かに空を仰いだ。
「俺の存在が国を乱すなら……せめて遠ざかることで償おう」

赤狼が吐き捨てるように笑った。
「お前って奴は……ずいぶんと殊勝になったもんだな」

夜の山道を進む一行。
だがそれは牢獄への道ではなく、烈陽の憎悪から景嵐を遠ざける、偽りの護送路であった。

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