『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第八章:「景嵐とルシア」

第百八話:「ヴェルリカの歓喜と影」

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戦の炎は日ごとに広がり、ヴェルリカの名は勝利の報せと共に大陸各地に轟いていた。
「また隣国を退けた!」
「皇太子殿下の采配は見事だ!」
都に伝わる戦果の報告に、民衆は沸き立ち、街の広場には歓喜の声があふれた。

行商人は誇らしげに戦勝の旗を掲げ、宮廷では勝利の宴の準備すら進められていた。
異国の姫であるルシアに向けられていた冷たい視線も、その時ばかりは薄らぎ、民は勝利に酔っていた。

だが――。

「……戦線より報が入りました!」
駆け込んできた伝令の声は、明るい熱狂を一瞬にして凍り付かせた。

「皇太子オルテア殿下……戦死――」

広間に響いたその報せは、雷鳴のごとき衝撃を与えた。
喜びの声は悲鳴へと変わり、沸き立っていた都は一転して深い影に包まれていった。

ルシアの胸を締めつけたのは、ただの悲しみではなかった。
――最後に交わした「姫を頼む」という言葉。
その一言が今なお鮮烈に胸に残り、涙と共に心を貫いた。

そして、静かに彼女を支える影が一つ。
景嵐は言葉もなく、その肩を支え続けていた。

オルテアの戦死は、ヴェルリカ国内に深い衝撃を与えた。
民衆の歓喜は失われ、かわりに不安と混乱が広がる。
宮廷は急ぎ次なる舵を取らねばならなかった。

やがて決まったのは、第二王子ファルトの推戴。
冷酷で狡猾、幼少の頃から兄とは正反対の資質を持ち、誰よりも皇位を望んでいた男だった。

「……オルテアが討たれた今、この国を導くのは私だ。」
宮廷でそう高らかに宣言した時、誰も逆らうことはできなかった。

その数日後、ルシアの耳にさらなる報せが届く。
――彼女とファルトとの婚礼が決まったというのだ。

政略上の結びつきに過ぎず、そこに温かな情など欠片もない。
ファルトは彼女に視線すら投げず、吐き捨てるように言った。
「異国の女など、ただの駒に過ぎぬ。」

冷ややかな言葉に、ルシアの胸は深く裂かれた。
オルテアが残した優しさと「姫を頼む」という言葉が、今やあまりに遠く思えた。

――その様子を黙って見ていられぬ者が一人。

「……それ以上、姫を辱めることは許さん。」
景嵐の声音は低く、だが鋭く響いた。

広間に緊張が走る。
誰もが二人の間に火花が散るのを感じた。

ファルトの瞳に怒りの色が宿る。
「ほう……異国の姫を庇うために、臣下風情が我に楯突くか。」

「我が身はどうなろうとも構わぬ。ただ、姫を踏みにじることは許せぬ。」
景嵐の瞳は揺るがなかった。

ファルトの口元が歪む。
「よかろう。ならば武をもってその忠義とやらを示してみせよ。
 戦場へ赴け、景嵐。その忠義とやら、戦場で証明してみせろ!」

こうして景嵐は、王命として戦線へと駆り出されることとなった。
ルシアの前から姿を消すその背中は、彼女の最後の拠り所すら奪い去るものであった。


戦争の報告が次々と届き、ヴェルリカ国内の情勢は悪化の一途をたどっていた。ルシアの胸は引き裂かれるような思いに満ち、祈りも虚しく、絶望が押し寄せる。

その時、景嵐はルシアに向かって優しく目を向け、微笑みを浮かべながら言った。
「心配なさるな、必ず戻って参ります。」

ルシアはその言葉にかすかな安堵を覚える。
彼女の周囲には、力はないが懸命に守ろうとする侍女たちが数名いる。景嵐はその侍女たちをも信頼し、ルシアを託すと、静かに前線へと赴いた。

ルシアは離れる景嵐を見送りながら、胸の奥で彼を支えにし、侍女たちの必死な眼差しに勇気をもらう。どれだけの困難が待ち受けようとも、少しでも安心できる拠り所がここにある――それだけが、彼女の支えとなっていた。


戦火の渦中、ヴェルリカ軍と
そのあとも景嵐あるところ、の衝突は激しさを増していた。前線の指揮官として配属された景嵐は、戦場に立つや否や、その存在感だけで兵たちの士気を高める。

一振りの剣で数十の敵兵を薙ぎ払い、荒れ狂う戦況の中でも冷静に戦況を見極め、味方の陣形を瞬時に修正する。敵将の奇襲も見逃さず、わずか数人で突破しようとする部隊を次々に打ち破るその姿は、まさに破壊の武神そのものだった。

戦場の煙と血の匂いの中で、景嵐は敵の攻撃を受けながらも決して動揺せず、倒れた者には手を貸し、傷ついた者を迅速に退かせる。傍目には冷徹な戦士に見えても、守るべき民や仲間の命を最優先に考えるその姿勢は、リンの教えと己の信念を体現していた。

「前進!この先を守れ!」
彼の叫びに応じ、ヴェルリカ兵たちは再び士気を高め、敵陣に立ち向かう。ドレイヴァ国の兵士たちも、圧倒的な力と戦術眼に息を飲み、戦線は混乱に陥った。

景嵐が駆け抜けるたび、戦場には一瞬の静寂が生まれ、その後に連続する衝撃と恐怖が残る。前線の兵たちは皆、景嵐の背中を見て、恐怖よりも信頼を感じていた。

戦場の様相は依然として熾烈だったが、景嵐の存在によりヴェルリカ軍の戦意は決して揺らぐことなく、戦況は徐々に有利に傾き始めていた。

戦場は血と煙に包まれ、ヴェルリカ軍は激しい攻勢の中で押されつつあった。だが、景嵐の目に敵将ドレイヴァ国の将、カリオンの姿が映る。重厚な鎧に身を包み、苛烈な指揮で兵を鼓舞する敵将――だが、景嵐にとって恐れるべき相手ではなかった。

「この戦を終わらせる――」

景嵐は前線を突破し、敵陣を縦横無尽に駆け抜ける。数十の敵兵がその前に立ちはだかるも、彼の剣技は迷いなく正確で、振るうたびに敵は散り、道が開かれる。兵たちは息を呑み、その速度と正確さに目を疑った。

そしてついに、景嵐はカリオンの前に立った。二人の間に走る緊張は戦場全体をも静寂に包むかのようだった。

「貴様が、この戦場を乱す――カリオンか。」
景嵐の声は低く、しかし揺るぎのない力を帯びていた。

カリオンは剣を構え、激しい攻撃を仕掛ける。しかし景嵐の一閃がそれを受け止め、瞬時に反撃。剣と剣がぶつかるたび、火花が散り、衝撃が戦場に波紋を広げる。互いに一歩も引かず、互角に斬り結ぶ刹那、景嵐の目が鋭く光った。

「――これで終わりだ!」

一閃。景嵐の剣がカリオンの鎧を貫き、敵将は膝をつき、戦意を失った。ドレイヴァ軍の兵たちはその光景に動揺し、戦線はたちまち崩壊。前線で苦戦していたヴェルリカ兵たちは奮起し、一気に反撃に転じた。

景嵐は立ち止まり、兵たちの士気を鼓舞する。汗と血にまみれたその姿に、誰もが心を打たれ、戦況は急速にヴェルリカ側へ傾いていった。

戦火の中で、景嵐の背中はまさに「一騎当千」を象徴する存在となり、彼の剣の軌跡は戦場の運命を決定づけた。
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