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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・44
しおりを挟むレオニスが眠っている間に、夕食の支度をする。
ある意味手筈通りと言えるだろうか。
今夜の食事は「特別」だ。ぎりぎりまで悟られたくなかった。奴を少し疲れさせたのは幸いだ。冷え性なレオニスを温めるために、俺も共に少しだけ微睡んだ。十分だ。
キッチンで用意していた食材を出す。
俺も久しぶりに作る料理だ。調味料の分量を間違えないよう注意しなければ。下拵えに野菜類の皮をきれいに取り除く。
料理は俺の気持ちを穏やかにしてくれる。どんな環境で、どれほど疲弊していても、食い物だけは美味いと思えるものを食ってきた。
長い時間、自分のためだけに作ってきたもの。唯一のこだわり、趣味と言っていいかもしれない。長く旅をしていた時も、塩と胡椒だけは持ち歩いていた。最悪塩さえあればどうにでもなった。
世界が崩壊した後、文明があった人間はどうにかなったが、動植物のほとんどは滅びの一途を辿った。昔は肉も有り余るほどあった。だが今は大豆から作られる代替え品だ。牛や豚、鶏。存続した一部は今でもいるが、それを食用にするには時代が変わり過ぎた。今の人間達はもう生の肉を受け付けないかもしれない。味もさることながら、野蛮な行為だと。
魚はまだ獲れる。だがメテオラはかなりの内地にあり、川もそばにない。ここの水資源は地下水だ。新鮮なものとなると、入手は難しい。冷凍品が主だ。
普段は手に入りやすいプラント肉を使っていたが、今日は内緒で本物の魚を取り寄せた。鮭だ。
下味をつけて、焼く前に塩を振る。これは最後だ。
(誰かのために料理をする日が来るとはな)
鍋の湯気を見つめながら思う。
レオニスはああ見えてよく食う。血もたっぷり飲んでいるが、そもそも食事は嫌いではないらしい。最近は外食をあまりせず俺の料理を好む。俺と同じ、昔の舌のままなのだろう。
アイツは気づいていないだろうが、食事中はいつも幸せそうだ。口に料理を入れては頷いたり、うっとりと首を振ってみたり。それに豪華な料理より素朴なシチューやグリルが好きなようだ。
好き嫌いはない。匂いのきついものは避けているが、エチケットを重んじているからだろう。
料理をしている時はいつも無心だったが、今は違う。
美味いと言ってくれるかを考え、期待しながら作っている。それがいいのか悪いのかはわからない。
ただ、幸せではあった。
(魚を焼くか)
俺はフライパンの上にアルミをひいて、魚を焼き始めた。
「レオニス」
俺は眠っている男を起こす。
レオニスはすぐに目覚めた。髪はくしゃくしゃになっていて、少し幼く見える。
「…どれくらい寝てた?」
「2時間ほど」
「…すまない、そんなに眠りこけるなんて」
「シャワーしてから来い。夕食ができてる」
「え、本当に? …それは、…ごめん」
俺は首だけ振り、ベッドから立ち上がった。白い肌の美しい体が上掛けから出てくる。一糸纏わぬレオニスは、俺の頬にキスをしてからシャワールームに消えた。
(緊張してきたな)
俺はキッチンに戻り、膳を用意する。温め直し、皿に盛る。中々な完成度だ。味見もして、申し分はないはずだ。
ダイニングに2人分席を用意する。
そして、年越しの贈り物も。それは自分のポケットに入れていた。
レオニスが服を着てリビングに来た。くんくんと鼻を動かしながら。
「ニグレド、なんだか変わった匂いが……え……」
テーブルを見てレオニスが目を丸くする。そして嬉しそうにぱっと頬を赤らめた。
「日本食じゃないか」
「ああ」
張り切って作ったことが少し気恥ずかしくて、居心地が悪く身が持たない感覚になった。レオニスが急いで席に着くと、目を輝かせながら料理を眺める。もうそれだけで俺は満足だった。
焼き鮭に、肉じゃが、春菊の白味噌和えに根菜の味噌汁。そして白飯だ。質素な見た目の食事だが、生粋の日本食だ。
「お前が調味料を取り寄せてくれただろう、作ってみた」
「嬉しい…ああ、いい香りだ。味噌の香りだったのか」
「今日は酒で。いいだろ」
熱燗も引き寄せる。これもレオニスが日本から一緒に取り寄せてくれたのだ。
「うん、いい。器も用意したんだな。魚も…本物だ…」
「出来るだけはな」
食べ始めようとするが、レオニスは道具を目で探す。俺の顔を見たところで、少し照れ臭いがレオニスの前に箱を出した。
「あー…エドに聞いてな。年越しには来年を願って贈り物をすると…」
「ニグレド、まさか私に?」
「……こういうの、するもんなんだろ? 吸血鬼は」
「……開けても?」
頷くと、レオニスは包装紙を取って箱を開いた。
「箸だ…」
螺鈿細工の箸。俺が選んだ贈り物だ。揃いもあったが流石にやりすぎだと思い、自分には質素な箸を買った。
「和食にはそれがないとな」
「……」
レオニスは喜ぶと思った。
だが、顔を上げた時、目から涙がこぼれたのが見えてギョッとした。
「な…っ…、どうした?!」
気に入らなかったのかと、肝を潰した。肩を掴むと、レオニスは首を振り涙目の中で笑った。
「すまない、あまりに…嬉しくて…」
「なんだ、脅かすな」
「ごめん。…お前がこんなサプライズを用意してくれるなんて、思っていなかったから…、嬉しい。嬉しいよ、ニル…」
涙を拭い、鼻を啜る。箱から箸を取り出す。
「綺麗…星みたいだ」
「螺鈿だ」
「あ、でもあまり箸の使い方は上手くないんだ」
「練習してくれ。気に入ればまた和食も作る。使う機会も増えるはずだ」
もどかしげに箸を握る。それを少し修正してやると、照れながらも「こうかな?」と構えた。
「ああ…どれから食べよう…」
「好きなものから」
「うん…」
ゆっくりと箸を使うが、やはり上手く挟めないのか難しそうだ。俺には使い慣れた道具だったが、唐突には使いづらいのが箸だ。
「なんならフォーク使うか?」
「いい、箸で食べる」
真剣だ。
おかしくて、食事をしながらずっと眺めてしまう。それでもゆっくり口に運ぶ料理は気に入ったようで。中でも肉じゃがはいたく口にあったようだ。
「これ! すごく美味しい…!」
「醤油が美味くないと作れないからな」
「いもがほくほく…人参も…、甘辛くて…」
「たくさん作っておいた。また明日も温め直して食える」
「これも、爽やかな味…春菊だな」
よかった。
贈り物も、これでよかった。
子供のように嬉しそうに食事をしている。時々箸を持ち直しながら。流石に魚をほぐすのは難しかったようで、俺がばらしてやったが。
すべてを平らげた後、酒を飲みながらレオニスは腹を撫でていた。
「本当に美味しかった…ありがとう、ニグレド。素敵な贈り物だったよ」
「ああ」
「でも、その…私は…」
少し眉をひそめて申し訳なさそうにする。お返しを期待したわけじゃない。俺は首を振る。
「かまわねえよ。俺がエドに焚き付けられて用意しただけだ」
「そうか、エドには感謝だな」
猪口を指で回しながらレオニスは笑う。
「こんな幸せな年越ししたことなかった」
「ならよかった。内心ヒヤヒヤしていた」
「……来年もこうして、いられるだろうか」
「俺達次第だな」
「私は、願ってるよ。来年も再来年もと」
レオニスの手が、テーブル上にあった俺の手を握る。
それを握り返すことで返事をする。
お前が望むなら、永遠でも構わない。
俺は胸の中で思った。
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