50 / 65
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・49
しおりを挟むこんなに日々が寒々しいとは思わなかった。
ニグレドがいないだけで。
私は知らない間に、彼がいる生活に慣れてしまっていたのだろう。いや、欠かせない存在になっていた。そばにいることが当たり前で、なくして初めてその価値を痛感する。
だからと言って、日々鬱滅と過ごすわけには行かない。ニグレドもデミを探すという仕事をしている。私もただぼんやりしているわけにはゆかない。
以前から、人間サイドの政府機関の一つである警察機構とは連絡を密にしていた。マフィアが裏社会で密造、密売している違法ドラッグに関する捜査進捗だ。
すでに数件の摘発はされている。だがイタチごっこで転々とドラッグの製造場は移り変わってゆく。大々的な押収か闇に流れる医薬品の売買ルートを摘発できなければ、アレッシの力を大きく削ぐことはできない。警察とマフィアは常に緊迫した関係にあり、大きくはないにしてもトラブルが街の界隈で勃発していた。
新法により、医薬品が潤沢に民衆に流れることによって、闇取引の薬は売れなくなる。だがそれは粗悪なドラッグに姿を変えて、路上で売買される。それにより治安は悪化する。現にオーバードーズによる急患が病院に増えていると聞く。医薬品が安くなったから市販薬でキメるという者もいるだろうが、そもそも担ぎ込まれるのはオリエンタル街の日雇い労働者や根無草の者たちが大半。薬欲しさにマフィアの駒となり、悪事に手を染める。悪の循環ができてしまっている。
警察の締め付けは比例して厳しくなる。
マフィアの不満は政府、果ては私へと向かう。
事実、ステラ内のモールでも頻繁に嫌がらせ行為が起こり始めている。小さな諍いだが、それがいつ何時大きな事件へと発展するかはわからないのだ。セキュリティ達も警戒体制が続いている。
マフィアはどうしても私の面子を潰したいのだ。
気分は最悪だ。
民衆の不安を掻き立てるマフィアは煩わしいし、良い結果は遅々として出てこない。仲間の吸血鬼達もピリピリしているし、街全体がギスギスとしている。
ニグレドがいないフラストレーションがこれほどまでに大きいとは。彼がいなかった一年前まで私はどんな生活をしていたのか忘れてしまった。
彼に抱きしめてもらうだけでいい。キスだけでも。あの微笑みを見たい。
愛とはつくづく大切なものだと実感した。
「それではお疲れ様でした」
エドが私を車から下ろして言う。
「エド、今日はスラッシュのところに行くのか?」
「いえ。呼び出しはかかっていません。リリィさんからの事付けもないので…レオニス様、何かご連絡でも?」
「いや」
最近はそればかり別れ際に聞いているような気がする。
「もう5日ですね。僕も寂しいです」
「そうだな」
「それでは」と礼をしてエドは私を見送った。ひとりペントハウスに向かうエレベーターに乗る。がらんとした部屋に帰りつき、シャワーを浴びて出来合いのものを温めて口に入れる。
たった5日。それだけなのに。
ニグレドはまだデミを見つけられないと言っていた。昨夜電話した時は、少し疲弊した声だった。彼も焦燥している。長々と潜伏しているわけにもいかないのだ。私もそれは困る。
ルームウェアでニグレドの部屋に向かう。主人のいないベッドに寝そべり、枕を抱いた。ほんのりとニグレドのにおいがする。以前電話で言ったときは冗談だったが、最近はこっそりここで眠っている。
唯一の楽しみは、夜にかかってくる彼からの電話。
私はモバイルを見つめながらじっと待っていた。
彼が不屈で不死なのはわかっている。だから案じる必要などないことも。なのに私の心はささくれている。
自分で快感を求めまさぐってしまいそうになる手をなんとか押し留める。ひとり安寧な場所でするのが、ニグレドに申し訳ない心地だったからだ。
だからこそ、フラストレーションが募る。
眉間に皺を寄せて、枕に顔をうめた。
そこへモバイルが鳴る。
ハッとしてすぐにとった。
「ニグレド」
「ああ」
表示から彼だとは分かっていた。
「疲れていないか? 食事は」
「まずい飯で何とか我慢してる。お前は身体大丈夫か?」
「大丈夫だ、少々…」
「どうした」
「いや」
「言ってみろ」
「……」
欲求不満だなどとは言えない。彼を困らせるだけだ。私は話を逸らした。
「デミは?」
「ああ…、売人のあたりはつけて張り込みはしているが姿をみせん。ひどく用心深いか、外が怖い引きこもりだな」
ニグレドが苛立ちを隠さず言った。
「私が囮に…」
「ダメだ」
言い切らないうちに、ニグレドは厳しく言う。
「キングを囮に使うなんて愚策だ」
「偽の情報ならどうだ、どこかのイベントに顔を出すとか偽の情報を仕立てる…それなら私には危険は及ばない」
「お前が民衆の株を落としかねない。今ニュースではひっきりなしにお前がマフィアにビビってると言われてんだ。辛辣な奴らはお前を腰抜けと誹るだろう。それで笑うのはマフィアの奴達だ」
私は枕に頭を落とした。
ニグレドはとても冷静で忍耐強い。
狩りのためには何日でも身をやつすことができるようだ。私は誹りなど気にしないのに、彼は政治的立場もよく理解していた。
「辛抱だ。道に立つ女と話を付けて力を借りた。捜索網は狭まっている。あと数日…それ以上情報を求めて街をうろつけば、また怪しまれて――」
「女?」
「……勘繰るな、悪さはしてねえよ。情報料の金は飛んで行くがな」
苦笑してニグレドが言った。
そんなことをしていたら許さない。何と言われようが今すぐ車で迎えに行って連れ帰る。
「俺だって、早く戻りてえさ」
ため息混じりにニグレドが言った。
切り上げて戻ってくれと言うのは容易い。命令すれば彼は帰ってくるだろう。だが努力は水の泡になる。
吸血鬼達はヴェスパーの首魁であるデミに接触したものはいない。姿をみることがあれば、それはすなわち襲撃だ。襲われた経験があるクリスチャンでも、その本体は見たことがないと言ったのだ。情報も極端に少ない。
奴は仲間を駆使して、陰から襲いかかる。
まるで物語の中の吸血鬼そのものを模しているように。
ニグレドが奴の情報を持ち帰ること、それは確かに我々にはとても重要なことなのだ。
「お前が心配だ」
ニグレドが絞り出すように言った。
「腹を減らしてはいるが、大丈夫さ」
「血はどうしようもねえが、冷凍庫の作り置きを食うんだぞ?」
「大事に食べてる、母親みたいな心配をするな」
肉体的には問題ないのだ。力はすぐに衰えたりしない。物理的な空腹もない。
「なら母親が言わないようなことを言ってやる」
「何だ」
寝返りを打ちながら聞いた。
「お前を抱きたい」
低い声が言う。
私は腰が痺れる感覚を味わった。
胸が切なくなり、喉まで「戻ってくれ」と言う言葉が上がってくる。
「私が恋しいか?」
代わりに聞く。少し待った後、
「ああ」
と返ってくる。
嬉しさと、手の届かないもどかしさに身を捩った。
「愛してるよ、ニル…」
言うと、電話向こうでニグレドが唸る。
「この電話、盗聴なんかされてねえだろうな」
「当たり前だ。公開されていない回線ルートを使用したプライベート仕様だ、特定はできない」
「ならいい」
ニグレドは言って、続ける。
「俺も愛してる」
電話越しなんかじゃなく、目を見て言って欲しい。
それでも。
明日からも励もうと思えた。
今しばし耐えようと。
照れ臭かったのか、ニグレドは咳払いをすると「もう寝る」と言って電話を切った。
私は。
耐えきれず、ニグレドの枕相手に無体を働いた。
43
あなたにおすすめの小説
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
【完結】Restartー僕は異世界で人生をやり直すー
エウラ
BL
───僕の人生、最悪だった。
生まれた家は名家で資産家。でも跡取りが僕だけだったから厳しく育てられ、教育係という名の監視がついて一日中気が休まることはない。
それでも唯々諾々と家のために従った。
そんなある日、母が病気で亡くなって直ぐに父が後妻と子供を連れて来た。僕より一つ下の少年だった。
父はその子を跡取りに決め、僕は捨てられた。
ヤケになって家を飛び出した先に知らない森が見えて・・・。
僕はこの世界で人生を再始動(リスタート)する事にした。
不定期更新です。
以前少し投稿したものを設定変更しました。
ジャンルを恋愛からBLに変更しました。
また後で変更とかあるかも。
完結しました。
最強賢者のスローライフ 〜転生先は獣人だらけの辺境村でした〜
なの
BL
社畜として働き詰め、過労死した結城智也。次に目覚めたのは、獣人だらけの辺境村だった。
藁葺き屋根、素朴な食事、狼獣人のイケメンに介抱されて、気づけば賢者としてのチート能力まで付与済み!?
「静かに暮らしたいだけなんですけど!?」
……そんな願いも虚しく、井戸掘り、畑改良、魔法インフラ整備に巻き込まれていく。
スローライフ(のはず)なのに、なぜか労働が止まらない。
それでも、優しい獣人たちとの日々に、心が少しずつほどけていく……。
チート×獣耳×ほの甘BL。
転生先、意外と住み心地いいかもしれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる