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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・53
しおりを挟む食事の後、いつもなら古い映画を見るニグレドだが、今日はソファに座ってぼんやりしていた。
セキュリティから帰ってこっち、少し様子がおかしいとは思っていた。何か難しいことでも言われるか聞かれでもしたのかと思ったが、彼に聞いても何でもないと言うだけで、答えてはくれなかった。
根掘り葉掘り聞いてもしょうがない。私は少し様子を見ることにした。
私はキッチンでコーヒーを淹れていた。甘いカフェオレが飲みたくなったから。一応、ニグレドにもブラックを淹れてやる。それをリビングのローテーブルに置き、私はいつも通りソファに座ってタブレットで読みかけの本を読み始めた。血はすでに今朝もらっていたから、満たされている。
ニグレドがいない1週間はまんじりともできず、本は放置気味になっていた。だから少しだけ遡って読み始める。ニグレドは私の斜向かいに座ってぼんやりコーヒーの湯気を眺めていた。
しばらく物語に没頭した。主人公のピンチに昵懇の刑事が間に合うかの瀬戸際だ。物語上間に合うとわかっていても、ハラハラするシーン。迫真の文体にページを送る指も早くなる。
と、そこに席を私の隣に変えてニグレドが座った。そして、温かいずしりとした手が太ももに触れる。
「ちょっといいか」
彼は断りを入れた。私は頷きタブレットを脇においた。主人公のピンチは後回しだ。
「どうした」
訊ねるとまだ逡巡しているようだったが、ニグレドは話し出した。
「お前はどうして人間を救おうと思ったんだ」
「え?」
意外な質問に目を丸くしてしまう。てっきりセキュリティとの関係性の何かに頭を悩ませているのかと勘繰っていたのだ。私がしばらく言葉を飲んで見つめていても、ニグレドは真剣な面持ちのままだった。
「大災害の折に…ということか?」
「ああ。それまでお前達吸血鬼は人間の社会に埋没して生きていただろう。身を隠しながらの息苦しい生活だったはずだ。なのに人類が危機に陥ったとき、お前は人間を救うことを選んだ。…何故だ」
今の今まで、ニグレドはそれを考えていたのか? その質問は私も簡単には答えられなかった。少し考え込んでから、太ももに置かれた彼の手を撫でた。
「お前は何か予想してるか? 私の答えを」
「…吸血鬼は人間の血を吸って生きながらえている。仲間のためにも食糧が枯渇しないよう計らった…普通考えたらこうだろ」
ニグレドが答えたことに、私は頷いた。
「そうだな、それはもちろん頭にあった。吸血鬼は人間の血なくして生きてはゆけない。真祖はともかくそれより下級の吸血鬼達には血は欠かせないものだった。正しい。私は私の仲間のために人類の滅亡を望まなかった」
ニグレドは頷きもせず私を見つめている。
まだ別の答えがあると考えている顔だった。私は苦笑した。
「変かも知れないが、私は人間達を恨んだことはないんだ。たとえ肩身の狭い、身を隠しながら生きていたときが長かったとしても、我々が恐ろしい存在で嫌われていたとしても」
「何故だ。人間は弱いし脆い。お前達なら大災害後、人類を管理する社会も作れただろうに」
「奴隷のようにしてか?」
「……」
「…ああ、そうだったかもしれない。古参の吸血鬼達はそう望む者もいた。いや、大半がそれを望んだ。皆、飢えて暮らすのは飽き飽きしていたからな」
「何故、そうならなかった。激減した人間なら、お前達の博識があれば飼い慣らせただろう」
強い言葉でニグレドは言う。私はそれにも頷いた。
「そうかもしれない」
「なら何故しなかった」
「……」
私は考えた。これまでずっと考えていたことを。
だから、そのままを伝えた。
「わからない」
「わからない?」
「……ああ。まだわかっていないんだ。ずっと私も考えているんだが。あの時、壊滅した街を見て私はただ思ったんだ。何とかしなければ、と」
「……」
「元に戻さなければ。そう無意識に思った」
目を閉じて思い返す。
黒い粉塵に覆われた闇の世界だった。悲鳴さえ聞こえない。一瞬にして膨大な命が失われた。耳を聾するような地鳴りがし続け、どこまで飛んでも壊れた世界しかなかった。
「私は…人間が作る文明が好きだった。短命なのにも関わらず何代も命を引き継いで複雑な社会と大きな文明を形成してゆく。その様は見事だと思っていた。我々吸血鬼はその文明に寄生し恩恵を受けてきたに過ぎない。人間の欲や情熱が世界を作り上げていた。我々ではない。我々が支配しては、私が愛した世界は再構築されないだろうと。そしてより良い未来も得られないだろうと」
ニグレドは黙って聞いていた。
「私は……それを失いたくなかったのだろうと、今は思っている。また数百年後には答えが変わっているかもしれないが。だから、わからないんだ」
苦笑して、彼の手を見つめる。いつの間にか手を繋いでいた。節ばった手の甲を撫でる。
「お前は人間が好きなのか」
ニグレドが言う。
「どうだろう。いい人間もいれば悪い人間もいるからな…お前は?」
「俺は……わからん。考えたこともなかった」
「なら一緒に考えてゆこう」
「――」
彼は私を見た。私は微笑む。
「我々ならできるだろう? 悠久の時を生きるんだから」
繋いだ手を振る。
ニグレドはそれを見つめながら、息を吸い込んだ後ポツリと言った。
「俺のせいで、ひとり人間が死んだ」
それに少しギョッとしたが、私は彼の横顔を見つめたまま、次の言葉を待った。
「俺に協力したことで、デミに殺された。……あまりにも簡単に」
そうか。ニグレドが沈んでいたのは、それをセキュリティで聞かされたからだったのか。関係のない壮大な話をしたが、どういう経緯かはわからないが、彼は心の中に隠していた苦痛を、私に話そうと決めたようだった。
「ああ、ニル…、残念だ」
私は彼を引き寄せる。従順に私の胸に頭を埋めてくる。泣いている様子はなかったが、彼が抱える行き場のない憤りや悲しみが滲むように感じられた。
「人間はどうしてあんなに脆いんだ」
「確かにな、脆く儚い」
「俺達が強すぎるのか?」
「そうかもしれない。だが、我々は繁殖能力がひどく乏しい。かわりに人はその短い命を燃やし、繋ぎ、栄えてゆく」
「……」
「私は、それがとても興味深く、愛しいと思うんだ」
儚くも、強い。それが人間だ。
ニグレドが額を私の首筋に擦り付けて呻く。
「レオニス」
「うん?」
「……どうしても……何かしてやれたんじゃないかと、考えてしまう」
平坦な声で言う。それでもこの硬い鉱石のような男の中にある優しさは感じられた。
黒い艶やかな髪を撫でる。その優しさを慰撫するように。
「起こってから、気づくこともある。…我々も完璧ではないんだ、後悔に苦しむこともある」
私は言った。
「お前も……人間が好きなんだな」
ニグレドは、私の台詞に返事をしなかった。
だが、その沈黙は否定ではなかった。
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