偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ

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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・54

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 レオニスに許可を取って、奴がオフィスに詰めている間自由時間をもらった。
 セキュリティの車を一台借りて、オリエンタル街が管轄の警察署に向かう。メテオラいち犯罪率も検挙率も高い署だ。詰めているのは皆、人間。吸血鬼はいない。事前にアポは取った。スムーズに担当刑事に接触できるだろう。
 駐車場に車を停め、人間が忙しなく出入りする玄関口を潜る。やはりこの大柄な身体は目立つのか、警官も人も、手錠をかけられた連行される犯人でさえ俺を見た。もしくはガード用のスーツ姿で来たのが間違いだったか。
 カウンターの仏頂面をした初老の警官に声をかける。
「ガルシア刑事を。総帥のガードが来たと言ってくれ」
 警官は鼻に引っかかった老眼鏡でモニタをすがめ見ると、頷き階段を指差す。
「刑事課は2階だ。上がってくれ」
 俺は頷き、階段を登る。全体的に天井が低い。窮屈な印象を受けた。四捨五入すると2メートル近い俺の問題かも知れないが。
 刑事課は1階より閑散としていた。机が整然と並び、意外にも机周りは片付いていて、物が少ない。デジタル化された時代だ、大昔の雑多なイメージはどこにもなかった。
 1番近くにいた私服刑事にガルシアの居所を聞く。男は俺を頭の先からつま先まで見た後、首を巡らせ奥の会議室を指差した。
 会議室は扉が開いていて数人がいたが、面倒になってきて俺は言った。
「ガルシア」
 すると、机に屈んでいた1人が顔を上げた。
「私よ。あなたは誰?」
 30歳頃の気の強そうなラテン系の女だ。化粧気はあまりないが美人ではある。ショートボブの黒髪をかきあげ不信感丸出しで俺を見た。誰何されたが、ガルシアの方が早く気づいたようだ。
「ああ、総帥の…ガードね」
 ペンを振り立ち上がると、俺の前に歩み寄り手を差し出す。
「カミラ・ガルシア。よろしく。あなたは?」
 握手をしながら
「スラッシュと呼んでくれ」
 そう言った。ガルシアは別段疑問も持たなかったようで、頷くと単刀直入に言った。
「聞きたいことはオリエンタル街の殺人事件に関してね。まだ被害者の身元はわかっていないけれど。けれどエンプサ総帥のガードが何故それを知りたがるの?」
 エンプサと言われて、レオニスの苗字だと気づくのに少しかかった。吸血鬼同士で苗字を呼び合うことはあまりない。苗字は階級だ。同じような苗字がゴロゴロいるからだ。
「少し前にオリエンタル街に潜入していた。身元捜査の手助けになるだろうから、手を貸してやれと言われて来た」
 事実はそうではないが、方便だ。
 ガルシアは訝しむ様子を見せたが、切り替えが早いようだ。もしくは総帥のガードには絶対の行使力があるのかも知れない。「こっちへ」と俺を連れて自分のデスクへと向かう。レオニスという恋人がいても、女の尻に目が無意識に行くのは俺の性なのか、少し目を逸らす。
「発見時、彼女は凍死だと思われた。場所は路地のゴミ箱の脇。ドラッグの過剰摂取か飲酒で、ゴミを捨てに来たところでヒートショックで発作を起こし昏倒…そんなよくある筋書きだった。でも検死をして彼女から血が抜かれているとわかったの。死因は失血死。首の噛み傷、死後の骨折が数箇所」
 ガルシアは写真が表示されたモニタを俺に向けた。凄惨な発見時の写真もあった。女は家着のような薄着で、化粧もなく、娼婦の姿でもなかった。
「こんな姿なら、近隣の者だろう。この時期軽装で表を歩く奴はいない」
「聞き込みはしたわ。けれど誰も知らないと」
「……」
 俺は犯人がデミだとわかっている。筋書きも。
 女は攫われ、血を吸われ、捨てられた。デミの人を逸した力ならそれができただろう。
「あなたも吸血鬼?」
 不意にガルシアが聞いた。
 俺は首を振った。答えとしては間違いじゃない。
「そう、なら失礼にはならないわね。…まるで吸血鬼に血を吸われたような殺しでしょ? 犯人は吸血鬼かも知れないと言われてるわ」
「吸血鬼はこんな汚い噛み跡は残さない」
 俺はレオニスの牙を考えて言った。美しく細い牙。それが俺の肉に優しく食い込む感触を。
「模倣に過ぎん」
 はっきりと言った俺に、ガルシアはほんの少し好奇な目を向けた。
「まるで知ってると言わんばかりね」
「俺は吸血鬼に囲まれて仕事をしている」
 それで答えとした。さすがに刑事もそれ以上質問して来なかった。人間サイドから吸血鬼達の細部に触れるのはタブー視されているのだろう。
 俺は懐を探り、一枚の紙を刑事に差し出した。
「女の特徴だ。……俺の知りうる限り、彼女は娼婦だった。商売をしていた時の外見をセキュリティに頼んでモンタージュしたものだ。こっちの方が知る者が見つかるかも知れん」
 捜査がデミの犯行だと解明されるに至るまで、加担はできない。こちらの動向も明らかにしなくてはならなくなる。
 それでも、女の墓に本名が刻まれるようにはしてやりたかった。だからと言って、あの場所で再度聞き込みをする危険も犯したくなかった。デミに露見すれば、いたずらに犠牲者を増やすかも知れない。
「知り合い?」
「いや、潜入中見かけただけだ。俺も名前は知らん」
「どうしてあんな危険な街に潜入を…と聞いても、答えてはくれないんでしょうね」
 俺はガルシアを見る。刑事はしばらく見つめ返していたが、両手を上げた。
「とにかく、ご協力は感謝します。ご足労痛み入ります」
 唐突に形式的な挨拶をして、立ち上がる。
「彼女の名前がわかったら、連絡するわ」
 そう言って、手を出した。
 俺は用意していた電話番号を書いたメモを渡した。
「こんな電話番号のねだられ方をされたのは初めてだ」
「そう? もう少し駆け引きが必要だった? 職権濫用かしら?」
 刑事は軽妙に笑って、また握手を交わす。
「総帥によろしく、スラッシュ」
 俺は少しだけ笑って、踵を返した。
 ガルシアが俺の背を見ているのがわかった。俺がしたように、値踏みをしているのだとも。



 オフィスに帰ると、俺がいつもいるリクライニングチェアにレオニスは座っていた。タブレットから顔を上げて「おかえり」と言う。
「どうだった」
「捜査は進展していないようだった」
「そうか…デミに関わる事件はかなり危険だが、せめて彼女の身元がわかるといいな」
「あの女刑事に期待だな」
「女?」
 ほんの少しレオニスの顔が曇る。女癖が悪かった俺を知っているからか、コイツはたまに小さな嫉妬をする。今や、俺が他所に顔を向けることなどないのにだ。まあその理由をレオニスは知らないが。
「止せよ…何でもかんでも疑うな」
 顔を顰めてオットマンに座る。レオニスは笑った。
「だからって私が見向きもしなかったら、味気ないだろう?」
 まあ、そりゃそうだが。
「ふふ、どうだ? ちょっとは恋の駆け引きが上手くなって来ただろう」
「カードの手札を公開してたら意味ないがな」
 苦笑し言うと、俺の膝をレオニスが小突いた。こんな初々しいじゃれあい、他所には見せられない。
「話を繋いでもらって、すまん」
 言うと、レオニスは俺の腕を撫でた。
「お前のためなら」
 そう言って向けられた微笑みは、惚れ直すに値する。

 優しい吸血鬼。

 もし神だと名乗る奴がいて、それがレオニスの外見と瓜二つなら…
 俺は、その神を信じてしまうかもしれない。





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