偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ

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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・55

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 シャワーを終えてリビングに戻ると、ニグレドはキッチンに立ち、鼻歌を歌いながら料理をしていた。ごきげんだ。彼は本当に料理が好きなようだ。私も彼が作る食事は大好きだった。
「手伝おうか」
 鼻歌を聞いていたかったが、声をかける。けれど振り返ったニグレドは肩にかけていたタオルでグリルから熱いトレーを引き出しつつ言う。
「いや、もう出来た」
 焦げ目のついたグラタンだ。途端に美味しそうな香りが漂う。
「なら机のセッティングを」
「ああ」
 私はトレーにカトラリーとランチョンマット、グラスに冷やした茶が入っているボトルを乗せ運ぶ。すでにボウルに入っていたコブサラダは手ずから持った。
 夕食の時間をこんなに楽しみにする日が来るとは。
 ニグレドの作る料理はどれも絶品で、メニューも多岐にわたる。洋食はもちろん、最近は「箸の練習だ」とか言って和食や中華まで作る。どれも美味だ。私だけがそれに相伴に預かっている日々だが、他の者達にも一度味わってもらいたいと思うほどの腕前だった。
「熱いから気をつけろ」
 ニグレドが木のトレーに乗せたグラタンをマットの上に置いた。溶けたチーズとパン粉が焦げた香りをまず楽しむ。
「エビがあったからな、エビグラタンにした」
「美味しそうだ」
「お前は本当に好き嫌いがないな」
 ニグレドは笑い、自分のグラタンを食べ始めた。
 私も少し冷ましながら食べる。
 クリームソースはとろりと濃厚で、エビはぷりぷりとして美味しい。ジャガイモと玉ねぎがよく絡んでいて、熱々だが急いで食べたくなる。
「お前なら、ガードじゃなくてもシェフとして生きてゆけそうだ」
「今の奴らが好む味じゃねえさ」
「そうかな」
「俺の味は、昔の味だからな」
 そんなことはないと思うんだが。ニグレドは単に誰彼なしに料理を作る気はないと言いたいのかも知れない。皆に味わわせたいと思うのは、私の勝手なエゴなんだろう。
(もしくは、自慢したいのかもな…自分の恋人を)
 満足そうにグラタンを食べているニグレドを見る。この幸せに私も満足しなければ。
サラダも平らげ、冷たい茶を飲みながら、今日仕事上がり前にセキュリティから申し送りされたことを伝える。
「ニグレド、近々に警察がアレッシのアジトに手入れをするようだ。セキュリティにも応援の要請が入った」
「応援って…、セキュリティは武装しねえのに何を応援するというんだ」
「警官達は人間。場合によっては銃撃戦になるだろう。警官に怪我人が出るかも知れない」
 私が言うと、ニグレドは目を細めて
「……あー…、つまり…セキュリティを盾に警官が突入するってわけか…?」
「被害はできるだけ避けたいがな。危険な活路を開くのは我々の方が適任だ」
 ニグレドはどことなく腑に落ちない顔をしている。私は言った。
「警察は街の治安や市民を守るために設置されているが、そこで働くものも人間…守るのは我々の役目だ」
「そりゃわかるが…」
「セキュリティ達が弾除けに使われるのは、忍びないか? 安心してくれ、今回は警棒の携帯は許している。殺害しない程度の反撃もな」
「……」
 それでも彼は渋い顔をしていた。
 ニグレドの言わんとすることはわかる。
 突入時、セキュリティは警官達にとっていわば肉の盾になる。不死であるからそんな無茶を通す。それは安直である意味人間を甘やかす行為ではないかと思うのだろう。
 だが、それはニグレドが我々に人権を見出し、親身に思っているからこそだろう。私はその反応が嬉しかった。
 だが、次の言葉は意外だった。
「俺も行く」
「えっ」
 ギョッとして、体を前に乗り出した。
「俺もセキュリティと共に出る。狩りは俺の方が長けてるし、再生能力も1番だ」
「えっ、いやそんなことを私は頼んでいるんじゃなく…」
 ニグレドは頑なに首を振った。
「不死を盾にすると言うならそれが道理だろ。能力の高いものが前に出る。それの方が手入れの成功率も上がるはずだ」
「ニグレド、私は何もお前にそんなことをしてくれと言いたかったわけじゃ」
「わかってる。俺が頼んでる」
「……」
「セキュリティの中でも、再生能力の高い者を数人借りたい。できれば優秀で、人狼の言うことを聞ける奴らを」
 言い出したら彼は引かない。それにとても説得力もあるのだ。
「わかった。だが…」
「無茶はさせねえよ」
 私はお前の事だって大切なんだ。
 たとえ治癒しても、仲間やニグレドが苦痛を味わうのは避けたい。心配顔をしていたのだろう、彼は手を伸ばして私の頬を撫でた。
「…案じてくれる奴がいるのは、いいもんだ」
「そう思うなら、大事にしてくれ」
 ニグレドは苦笑する。己が強靭だと知っているからこそだが、代わってやれるなら私が代わりたかった。だがそれを言えば「その綺麗な顔に風穴を開けるわけにはいかん」といつものごとく言われるともわかっている。
 ニグレドは、私の強固な盾であり剣。
 でも同時に…
 私を包んで癒してくれる、真綿のような優しさも持っている。
「お前に甘えてばかりだ」
 頬に触れる手に手を重ねて言うと、彼は真摯な表情で
「俺にだけは甘えりゃいい」
 そう言って私の心を蕩かした。





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