【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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06. 難儀なSub

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 辻は綾春を『モテる』と言うが、実際のところは恋人の一人もいない独身のアラサーだ。
 いや、モテるというのは間違ってはいない。見目の良さに自信はあるし、性格もそう歪んではいないので、その手の誘いやアプローチは男女問わずそれなりにある。告白されたことも両手で数えられないほどあるし、綾春の恋愛および性的対象は男女どちらにも向いているので、彼女なり彼氏なりがいたこともある。社会人になってから付き合いだした恋人だっていた。もうとっくの昔に別れたきりだけど。
 その恋人に限らず、かつての恋人たちとはすれ違いやら価値観の不一致やらで上手くいかず、あまり長続きせずに別れてきた。最後に恋人がいたのはもう三年も前だ。つまり、全然モテてない。

 恋人が欲しくないわけではない。
 けれど、誰でもいいわけじゃない。
 できれば恋愛としても、プレイとしても満たし合える相手が恋人だったらいいなとは思っている。それが、綾春にはなかなか難しいだけで。

 せめてプレイをしてくれるパートナーがいればいいのかもしれない。
 だが、そういう相手を作ると、二次性への理解に疎いNormalからは「セフレがいる」とか「遊び人だ」とか誤解されがちで、やっかみや誹謗に傷ついて体調を崩すことが多かった。それに、プレイだけというのは『心までは支配してくれない』という関係性に虚しさが募ってしまって……。
 そうなると、恋愛抜きの相手を作ること自体が徐々にしんどくなってしまった。いやまあ、セックスも含めたプレイをするのならセフレのようなものなので、Normalのやつらの言うことは間違ってもいないのだろうけど。

 とにかく、プレイだけの親しい相手を作るというのも、綾春にはいろいろと難がある状態なのだ。

(薬に頼り始めたってことは、軽いプレイじゃ満たされないかもな。あー……この体、ほんとめんどくさい……)

 特定のプレイ相手がいない綾春は、どうしても欲求を発散させる必要がある場合、プレイを提供するお店や公的機関を利用するようにしている。
 こと日本においては、プレイ不足のDomやSubを救済する公的支援がきちんとある。抑制剤などの保険適用や補助制度だけでなく、性的行為のない健全なプレイを安価で提供する場所を国や自治体が用意してくれていたりもする。
 つまり、軽く発散するのなら、そういう場所に行けば十分可能だ。

 しかし、軽いプレイでは満足できず、さりとてパートナーのいないDomやSubは多数存在する。
 そういう場合はどうするかというと、解消法の一つとして、そういうニーズを読んで商売をしている店を頼る方法がある。提供内容は店によって異なり、性行為無しの店もあれば、性的接触はあるが本番行為は無しの店、本番行為もありの店と様々だ。ワンナイトも含めた出会いの場を提供して、お試しプレイができる、通称プレイバーと呼ばれる店もある。

 無論いずれも国の許可を貰い、法に則って営業することが求められているので、ルールを守って利用すれば怖い場所ではない。まあ、ごく稀に違法店が摘発されているのをニュースで見たりはするが、綾春はそういう怪しい場所には行かない。

(店は、ほんとはあんまり好きじゃないんだよなぁ……でも、ワンナイトはさらに論外。軽いプレイでどうにかなんないかな……)

 もちろん、店以外にも解消法はある。
 二次性保有者向けのSNSやネットサービスでプレイ相手を探すとか、友人知人同士で割り切って解消するとか、そういう方法だ。
 要は、二次性保有者自体はマイノリティではあるものの、「相手探し」という広い視野で見れば、Normalの人の恋愛や性的指向のそれと過程はそれほど変わりない。

 綾春も二十代も前半の頃は、そういうワンナイトを試した。
 けれど、プレイに対する価値観の不一致が多かったし、綾春の見目の良さからか一回きりだと断っても執着されたりして、トラブルが起きやすかった。そういうことを学んでからは積極的に利用しなくなった。
 ゆえに、どうしても強いコマンドが欲しいときはプロのキャストがいるSub向けの店を利用するくらいしか、欲求を満たす術がない。店なら執着される懸念はほとんどないためだ。

 だが、店は店でなんというか……互いの役割を演じているだけのような虚しさを感じたりして、やはり苦手ではあった。

(うだうだ言ってても仕方ないんだけど……)

 公的機関で提供してもらえる軽いプレイで満足できれば一番いい。安価だし、プレイ店ほど虚しさを感じない。治療行為のような感覚でプレイできるから、変な後ろめたさも感じない。
 だが、抗不安薬に手を出した今、おそらく生優しいプレイでは今の欲求を十分に満たすことはできないだろう。

 ——綾春のSub欲求は、とても深くて強いのだ。

 かつてのワンナイトや恋人たちとプレイの不一致が多かったのは、そういう面が大きい。
 綾春はとにかく自分を強く支配してほしいし、きちんと躾けてほしい。ぐちゃぐちゃになるほど屈服させて、そしてそれと同じくらい、どろどろに甘やかしてほしい。安心できるほどのグレアを溺れるほどに浴びたい。

 とはいえ、グレアを無闇に浴びればいいわけでもない。単に厳しくすればいいわけでも、やたらめったら痛めつけてもらいたいわけでもない。単に甘やかされたいわけでもない。
 我儘に言えば「圧倒的なグレアとコマンドで手綱を上手に握って、リードして、追い詰めて、昂らせてほしい」のだ。

 だが、その欲求に応えられるDomが少ない。少ないというか、会ったことがない。かつての恋人やパートナー、店のキャストに至るまで、今まで綾春を隅々まで満たしてくれたDomはいなかった。
 端的にいえば「グレアが足りない」か「合わない」Domがほとんどだった。

 綾春は、自分が溺れるほどのグレアを出せる相手に出会ったことがない。
 いい線いってるなという人はいたが、やっぱりどこかで満たされない感じがしてしまって、関係が上手く継続しなかった。高ランクゆえの弊害だった。

「パートナー作れってのは、わかってるんだけどな……」

 そうわかってはいるのだが、自分に合うDomのパートナーを見つけるのは難しい。綾春と同ランクのDomは珍しいからだ。それなのに、さらにプレイだけでなく恋愛もしたいというのだから、欲が深すぎる。

 一言で言えば「Domにも恋人にも求める理想が高い」のだ。
 それはわかっているけれど、どうにも割り切れない。

 こうやって、結局いつも同じ結論に辿り着く。割り切れというのは頭では理解しているが、そう簡単にできたら苦労はしない。できないから恋人もパートナーも作れていないのだ。

 綾春は無意識のうちに自身の腕にぎゅっと爪を立てた。チリッと小さな痛みが走って、はっと我に返る。
 自分の欲求の底知れなさを思い出してしまったからか、余計に不安が高まってしまい、自傷行為に走る一歩手前だった。

(あーだめだ。今考えるのはやめやめ。なんにせよ、まずは仕事だ)

 平常心、平常心と心の中で唱えて、空になった紙コップにもう一度サーバーから水を注いで、もう一杯煽る。

 あれこれ考えると気分が滅入る。せっかく抗不安薬を飲んだのに意味がなくなってしまうのはよろしくない。
 週末をどう過ごすか、持て余し気味のSub欲をどう発散するか……その問題はひとまず後回しにして、まずは目の前の仕事に集中しよう。どう足掻いても、今週課せられた分の仕事を終わらせないことには、休暇は訪れないのだから。

 紙コップを近くのごみ箱にコトッと捨てて、綾春はようやく自席へと戻った。

「悪い、待たせた。そんじゃさっきの続きを——」
「おかえりなさーい。ねねっ、久慈さん、久慈さん」
「ん?」

 主人の帰りを待ち侘びていた犬のようにキラキラした目を向けながら、辻は綾春を呼んだ。

「明日の夜って、時間あります? 残業終わりに美味いもの食いに行きません? 俺、そろそろいいもん食いたいなーって思って! 神楽坂のスペイン料理屋とかどうです? ほら、ちょっと前に行ったじゃないですか、ガスパチョがめっちゃ美味かったとこ。覚えてません?」

 辻の話を聞いて、綾春は記憶を手繰った。たしか裏路地を入ったところにある店だ。先輩社員に美味いスペイン料理が食べられると紹介されて、辻と三人で食べに行ったのは半年ほど前だったか。

「覚えてるよ。お前が酔いに酔って、俺がタクシーに詰め込んだとこまでな」
「うへぇー、さすが久慈さん。なんでも覚えてるぅー……。まぁそれはいいとして、久々にあそこ、食べに行きません? ここ最近残業ばっかで気ぃ滅入りますし。今日ちょっと頑張ったら、明日はそんなに遅くまで残んなくてもいけると思うんですよね。ねっ、どうです? 軽くリフレッシュしましょーよ」

 人懐っこい笑顔が眩しい。もしかしたら辻は、お疲れ気味の綾春に気を遣って食事に誘ってくれているのかもしれない。まあ美味い飯を奢ってもらおうという魂胆も少しはあるだろうけど。

「たしかにあの店、よかったよな。内装もまとまっていて、料理とマスターの雰囲気にもよく合ってたし。飯も美味かったよな」
「でしょでしょ。よし、善は急げです。行きましょ、行きましょ!」
「オッケー、任せるよ」
「やった!」

 予約をしておく、と笑う辻に礼を伝えて、綾春は目の前の仕事——東雲の器を採用する例のホテルの内装デザインチェックに専念することにした。



 ◇◇◇
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