【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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30. 肉とビールと陶芸

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「俺も男同士の旅行は学生時代、よく行きましたね。金もないのでほとんど貧乏旅行でしたけど」

 綾春は、帆立のグリルをつまみながら学生時代を懐かしむ。

 今でこそ、仕事が忙しくなって遠くまで旅行する機会は減ってしまっているが、海外にしても国内にしても、友人たちといろんなところへ行ったものだ。
 いつもは行かない場所、見ない景色、知らないものを知ることで知見が広まるし、人生の糧となる。時間ができたら、ゆっくりと旅行に行きたいのだけれど……ここ一、二年は多くの仕事を任されるのもあって、なかなか機会に恵まれないのが残念だ。

「ははっ、俺もです。ローマは有名な観光地や教会がほとんど無料で見られるので、そこは有り難かったですね。あと食べ物も現地の人が行くようなところだと、そんなに高くなかったですし」
「さすが食の都。そういう旅行ってなんだかんだで楽しいんですよね。トラブルも思い出になるっていうか」
「ですです。何食べても美味かったけど、一軒だけすっごいまずい肉を出す店があって……ははっ。ほんと、あれはまいったなぁ」
「ふふふ、楽しそう。俺、イタリアは仕事でしか行ったことがないんですよね」

 東雲とは、何度とプレイをしてきたなかで、少し気安い関係になってきていた。話し口調もお互い基本的には敬語がベースではあるけれど、ときどき崩して話すことも増えたし、プライベートな話もすることが増えてきた。
 プレイとなると口調はさらに崩れる。それは主に、Domである東雲がグレアやコマンドを使いやすいためだろうけど、そんな時間が増えたことで距離が近くなってきた気はしていた。
 それは綾春にとって、心地の良い変化だった。ここしばらくで得られていなかった、私生活で気負わずに人と交流する喜びのようなものを感じている。

 楽しい会話に、美味い料理。
 東雲と二人で会うことに随分と慣れたな、と思いながらビールを飲み干す。

 そういえば、東雲は以前サラリーマンだったはずだが、どうして陶芸の道に進んだのだろう。美大出身だったりするのだろうか。
 学生時代トークからそんな疑問が降って湧いてきて、綾春は何気ない流れで質問を口にした。

「東雲さんはどんな学生だったんです? もともと陶芸の道に進むのが夢だったんですか? 美術系のご出身とか?」

 たしか、初めて顔を合わせたとき、彼は「趣味が高じて」とは言っていた。
 けれど三十代もまだ前半で、働き盛りやら脂が乗ってきたというときに脱サラするくらいだから、一念発起して陶芸家になったのではないか。

 そう勝手に推理してみたけれど、東雲は幾分目を丸くさせてから、なんとも複雑な表情を浮かべて綾春の質問に答えた。

「ああ……いえ、もともと夢って感じではなかったですよ。陶芸は祖父に付き合うようにして始めて、趣味でやってたのはありましたけど。俺、大学では建築を学んでいたんです」

 東雲に浮かぶのは、懐旧に自責の念が混じったような表情。
 過去を懐かしみ、眩しく思うように目を細めつつも、その双眸には何かを悔いる色が見えた。

「……すみません。俺、余計なこと訊きましたかね」

 あまり触れられたくないことを訊いてしまったようだった。
 サラリーマンから陶芸家なんて夢のある話だと一方的に思ってしまったけれど、そうではない可能性を考慮することをすっかり忘れていた。誰もが順風満帆な人生を送っているわけではない。それはSubの綾春が一番がよくわかっているというのに……。

 綾春は、持っていたナイフとフォークを置いて頭を下げた。と、東雲は口にしていたサラダを勢いよく飲み込んで、慌てるようにして答える。

「っ、いえ! 変な空気にしてしまってすみません。別に、そういうんじゃないですよ」

 ちょうど綾春と自分のグラスが空いているのに気づいた東雲は「次は何飲みます?」と訊ねてくる。先ほどメニュー表で見て気になっていた日本のクラフトビールをお願いすれば、東雲は店員を呼ぶ。そして、綾春が伝えた銘柄と、それとは違う銘柄のクラフトビールの二種類をオーダーしてくれた。

 しばらくして、クラフトビールの瓶が二本と、冷えたグラスが二つ届く。
 男同士、手酌なんて気にしないので、それぞれ頼んだ瓶を持って自分のグラスに注いでいく。華やかなホップの香りが鼻腔を擽った。東雲の口調からして話しにくいことを訊いてしまったことを怒っているわけではなさそうだ。それにほっとしつつ、ホップの香りが綾春の気持ちを少しだけ軽くする。

「俺、陶芸をやる前は建築士だったんです。建築設計事務所で住宅とか小さめの店舗設計とかやってて」
「え! そうだったんですか。意外に近いところで働いていらっしゃったんですね。全然知りませんでした」

 東雲の意外な告白に、綾春は口をつけようとしていたグラスを置いて驚いた。

 綾春の仕事は、内装デザインを手掛けることや、その内装に似合う品物の調達、時には家具の作成というものだが、それは店舗設計もしていたという東雲と非常に近しいところにある。建物を一から建てる店舗の内装デザインを建築事務所と共同で請け負うこともあるので、場合によっては建築士としての東雲と同じ現場に居合わせても不思議はなかった。

「業界は狭いなんて言いますけど、案外会わないものですね」

 しみじみと言ったのは東雲だ。
 彼の言うように、現場で何度も顔を合わせる相手はいる。建築士だったり家具メーカーの営業担当であったり大工であったり。それぞれ会社も立場も違うけれど、同じものを作る仲間として円滑な関係を築くことが上手く仕事を回すコツの一つだ。
 もし彼が今も現場を渡り歩く建築士であったら、陶芸家としてではなく建築家として綾春と出会っていたかもしれない。

「……建築は、お嫌いになったんですか?」

 それは、つい口をついて出た疑問だった。
 言ってしまったあとに「しまった」と思ったが、すでに言葉として漏れ出たものを取り下げることはできない。

 またもや踏み込みすぎてしまった。……どうにも東雲相手だと、いつもはしないようなことをしてしまう。見た目は軽そうとか浮ついているとか言われるからこそ、きちんと人との距離に関しては線引きをしようと気をつけているし、できているという自負もあるのに。彼が作り出す穏やかな空気は、綾春の心を解すのが上手いのだ。

 とはいえ、変な質問を投げかけてしまったには違いない。気まずい気持ちでビールを飲んでいると、東雲も同じようにビールを飲んでから静かなトーンで口を開いた。

「いえ、好きですよ。今も副業として、前の事務所伝手で設計の手伝いをしていたりしますし。陶芸家なんて言ってますけど、そっちの収入もあるから食えてるくらいで」
「そうだったんですね。それじゃあ、建築のお仕事でもいつかご一緒するかもしれませんね」
「どうでしょう……。まあ俺としては、陶芸のほうで久慈さんと出会えたのは嬉しかったかな」

 なるべく深刻にならないような言葉を返せば、綾春と会えたことが嬉しかったと東雲は話す。
 だが「建築の仕事で」という綾春の言葉に、寂しそうな表情を一瞬見せたのを綾春は見逃さなかった。やはり東雲が以前の会社を辞めたのには、何か複雑な事情があるのだろう。

 それは他人の心の中を土足で踏み荒らすような行為だとわかっているのに、どうしても気になってしまった。

 東雲のグレア不全症は、心因性だと聞いている。
 プレイのときには圧倒的なグレアを放つDomが抱えるものが一体何なのか、ずっと気にはなっていた。その原因の一端が、そこに見えたような気がしたのだ。

「あの……会社はなぜお辞めに? あー、その、話したくないことであれば無理に聞くつもりはないんですけど……」

 興味として訊ねてはみたが、無理やりに事情を聴きたいわけではない。
 東雲が話してくれればいいなとは思うけれど、その内容を受け止められるかはわからないし、話したくないことの一つや二つは誰にだってあるものなので、断られれば深く追求するつもりは全くなかった。

 だが、綾春の質問に東雲は一つ息を吐いて「……そうですね」と口を開いた。

「久慈さんにはプレイに付き合ってもらっているし、ちゃんと話しておいたほうがいいよな」

 その呟きは、休日で賑わうレストランの喧噪に溶けていく。

「あんまり楽しい話じゃないですけど、聞いてくれますか?」

 瓶に僅かに残っていたクラフトビールを、まだ半分ほどビールが残るグラスに注ぎながら、東雲は綾春に問うた。
 諦めと戸惑いと憂いを帯びた瞳に、綾春は深い頷きで返した。



 ◇◇◇
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