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33. その日も雨は降っていた
しおりを挟むトマホークステーキや帆立のグリルを食べながら、東雲は高校時代に起きたトラブルについて話をした。
同じように綾春も食事を進めながら、相槌を打ち、時折驚きや感嘆の息を漏らし、聞いていた。
「……そんなことがあったんですか」
「はい。自分でもいまだに反省してます。未熟とはいえSubをドロップさせてしまったことは一生忘れません」
東雲は本当に反省しているのだろう。Domなのに、大袈裟なほどに自罰的な様子を見て、やはり東雲は変わったDomだなと思った。
思慮深く、紳士的で、威張るところのない謙虚なDom。それは学生時代から変わらず、むしろ培われてきた才なのだと思う。彼はいまだに悔いているようだけれど、Subの綾春としては、そこまで自分のパートナーでもないSubのことを大切に思ってくれるDomはなかなかいないと好意を覚えるくらいだ。
実際に東雲の話によると、重いサブドロップに陥ってしまった芹澤という生徒も、症状が回復後、東雲を責め立てるようなことは一切しなかったという。それどころか感謝してもらえたので、申し訳ない気持ちになったと東雲は語った。
東雲はその後悔からか、病院を受診して詳しい検査を受けて、そこでDomとしての心得をもう一度学んだのだと言う。グレアのコントロールを一から学び直し、Dom向けの抑制剤も見直してもらったそうだ。
グレア不全症というわりに、プレイ中のコントロールにやたらと長けているのは、その経験があるからかもしれない。
(芹澤って人は、大変だったろうけど……でも、東雲さんにいろいろと救われただろうな)
その場に居合わせていない綾春からは想像の域を出ないが、芹澤の気持ちはわかるような気がした。
Sub性を持つことで揶揄われて、挙句の果てにNormalとはいえ好きでもない相手に命じられるのは苦痛だ。それを東雲のような精悍な男が助けてくれたのだから、感謝こそすれ非難はしないだろう。
「ああ、でも……その学生時代の一件と、会社を辞めたことは何か関係が?」
学生時代の苦い思い出を話してくれたことで、東雲という人間を今まで以上に知ることができた。
しかし、もともとの話の筋は何故会社を退職したのか、だったはずだ。その前に卒業旅行が楽しかったとか、学生時代の貧乏旅行は楽しいとか、そういった学生時代トークはしたけれど、東雲の学生時代の話を聞くことが本題ではなかった気がする。
「たしか……東雲さんが会社を辞めたのって、数年前でしたよね」
失礼ながら話を元に戻そうと、温くなりはじめたクラフトビールの残りを一気に飲み干した。次の一杯はどうするかと東雲に訊かれたが、このあと晴海のバーへ行くことを考えると、いったんアルコールは止めておきたい。
綾春が炭酸水を頼めば、東雲は自分用にコーラも追加して、二人分のオーダーをしてくれた。
……さりげなくリードしてくれる姿に、つい見惚れてしまう。
「久慈さんの仰るとおり、高校のときのことは直接的な原因ではないんです。ですが、まったく関係ないってわけではなくて……」
三分の二ほど平らげた食事を見ながら、東雲は話を続けた。
「会社を辞める一年くらい前ですかね。一ノ瀬と再会したんです」
「一ノ瀬さん……というと、Subの芹澤さんを虐めていたSubの方、ですよね」
「ええ」
一ノ瀬とは、先ほど東雲の話の中で出てきた一ノ瀬悠斗のことだろう。Normalの生徒と一緒にSubの芹澤を虐めていた、たちの悪いSubの名前だ。
運ばれてきたコーラを一口飲んでから、東雲は眉を少し下げて言った。
「一ノ瀬は俺が働いていた会社と懇意にしている取引先の一つ——飲食店を運営している会社の社員だったんです。その会社に、ちょうど転職してきたらしいんですけどね」
東雲の話によると、会社を辞める一年前に請け負った店舗設計のオーナーである飲食店運営会社の社員に一ノ瀬がいたらしい。取引相手に因縁のある顔見知りがいるというのは、たしかにやりづらい。
かといって、顔合わせの場で「はじめまして」は白々しすぎるし、お互い知らないわけではない。そのため、東雲と一ノ瀬は普通に名刺交換を済ませたそうだ。内心ではどうしたものかと思いつつも、つつがなく挨拶をした。その場にいた他社員には「実はクラスは違ったが同じ高校の同級生なんだ」と話して、それなりに場の空気もあたたまったらしい。
「一ノ瀬とは高校の一件以来、ほとんど話はしなかったですし、大学も別でした。それが取引相手として関わることになってしまって……。とはいえお互い社会人ですし、仕事に私情を挟むのは良くないじゃないですか」
「それはまあ……」
彼の言うように、ビジネスの場で昔の知り合いに再会することは、ないわけじゃない。
綾春は経験はないけれど、営業の辻なんかは「営業に行ってみたら中学時代のクラスメイトで!」みたいな話をしていたこともある。東雲の実家は世田谷区にあると言っていたし、東京で生まれて東京で育ったようだから、東京で働いていたらそりゃ知り合いに会う確率も高いだろう。
「でも、そう思っていたのは俺だけだったんですよね」
はぁ、と小さなため息が東雲の唇から漏れた。
「プロジェクトが進んでいくうちに、徐々に俺に対して一ノ瀬の態度が厳しくなってきたんです。はじめはSubだからDomの俺を警戒しているのかなとか、軽度とはいえサブドロップさせた相手だから怖いのかなとか、そんなことをいろいろ考えました。でも、そうじゃなくて。——どうやら俺を脅したかったようなんですよね」
「脅し、ですか?」
不穏な言葉に、綾春は眉を顰めた。
「『こいつはSubに一方的にグレアをあててドロップさせたことがある』とか『傲慢で酷いプレイをするDomだ』とか、そういうのを打ち合わせや会議、接待の場で揶揄い半分で言われるようになりまして」
プロジェクトが始まった当初は、軽いジョークのようなものが多かったそうだ。
いかにもパワハラやセクハラをしそうな五、六十代の古臭い考えを持った人物ならともかく、当時まだ二十代の男がすることとしては随分と頭が固いというか、子供じみているというか……。まあパワハラやセクハラに年齢も性別も関係ないのだけれど。
とにかく一ノ瀬は、高校のときから変わらず、厄介で捻じ曲がった人間のまま大人になったタイプだったらしい。
「そう言って取引を有利に運ぼうとしたり、無理難題を吹っ掛けては『だからお前は傲慢なんだ』といって追い立てたり……まあ今思えば、そんな言葉を正面から受け止めてやる必要はなかったって思いますけど。でも、当時はなかなかそれができなくて」
「それはまた、とんでもない人ですね……」
取引を有利に運ぼうとするのは、ビジネスの世界じゃそう悪いことではない。
日本では「儲けよう」という思考は忌避されやすいが、資本主義経済で成り立っている社会なのだから、自益をとり資本を増やす考えはビジネスマンとしては正しい行動と言える。ただそれは真っ当な方法で、きちんと相手のことを尊重しながらというのが前提だ。一ノ瀬のように取引相手を脅して利を得ようなんて、許される行為ではない。
「一ノ瀬とはプレイをしたことはないんですけど、サブドロップさせた事実はその通りなので、なかなか言い返せないまま時間だけが過ぎていったんです。それが一ノ瀬の行動に、さらに拍車をかけさせてしまったんでしょう……。俺への攻撃は止まないどころか、あることないこと言い振らされまして。それである日、決定的なことが起きました」
東雲が一ノ瀬からの煽りや揶揄に耐えながら、なんとか店舗も完成しようというプロジェクト終盤。
完成前の最終打ち合わせと慰労会を兼ねて行われた会食の場で、一ノ瀬は酒が入って酔いが回ったせいか、それまで以上に辛辣な言葉を東雲に吐き続けたのだという。
「そういえば、皮肉なことに、その日も雨が降ってたっけな……」
遠い目をして、東雲は過去を語る。
酒も進めば語気が強まることは、まあなくはない。その日も煽るようなきつい口調で「お前はDomとして最低だ」とか「Subのことを何とも思っていないクズだ」などと言ってきた一ノ瀬の態度に腹を据えかねた東雲は、ついその場で「やめろ!」と声を荒げてしまったらしい。そしてそのとき、僅かにグレアを漏らしてしまい、言葉にもコマンドが乗ってしまった。それで、東雲のグレアに耐えられなかった一ノ瀬がサブドロップしてしまったらしい。
つまり、不運な歴史は繰り返されたわけだ。
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