【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

文字の大きさ
55 / 77

55. ファンの言葉

しおりを挟む


 綾春が風呂を出たあと、蓮哉の手料理が振る舞われた。
 具だくさんの煮込みうどんに、豆腐と茄子を柔らかく煮たもの。それに小鉢が添えられていた。病人食というほどではないが、胃に優しそうなメニューで思わず目尻が下がる。

 昨夜の夕食は腹を殴られたためか大事をとってお粥と魚の煮付けに僅かな副菜という、いかにも傷病人らしい献立だった。ちなみに朝食もお粥だったので、さすがに少し気が滅入った。それをドライブのときに笑いながら話したのだけど、どうやら配慮してくれたらしい。
 ほっこりと胸があたたかくなりながらも「そんなに酷くないんだけどな」と言えば、夜は綾春の好きなものを作るよと返されて、さらに心がほわんと柔らかくなった。

 このひと月、不安症もあいまって落としていた食欲だったが、蓮哉の心配を余所に綾春は完食した。蓮哉の作った料理というだけで自然と食べたいと思えたのもあるし、お世辞抜きに美味しかったのだ。

「ごちそうさま。あーっ、美味しかった! 蓮哉さん、料理はよくするんだ?」
「一人暮らしだから、それなりにはな」

 美味しかったと伝えれば、お粗末さまと満足そうな笑みを返される。世話をやきたいと言っていたのは、本心なのだろう。それはDomらしい気質でもあり、蓮哉の性分でもあるようだった。

 食後は休んでていいと言われたけれど、風呂も着替えも準備してもらい、さらに上げ膳据え膳は落ち着かない。せめて皿洗いくらいはしたいと願い出て、結局肩を並べて一緒に洗ってから、二人でリビングのソファで寛いだ。

(不思議だ。蓮哉さんがいるとそわそわするけど、落ち着く。あったかい気持ちにもなる)

 これまでの一ヶ月、彼からの想いにどう応えるべきか、彼に対する自分の気持ちはどういうものかと、さんざん悩んで困って苦しんでいたはずなのに。今は、自分の気持ちにひとまずの形を見いだせたからか、これまでとはまた違った感情で心が目まぐるしい。

 そわそわしているのは、恋愛としての感情だ。恋なんて久しぶりで浮かれているのと同時に小さな幸せを感じる。まるで初心な乙女のような自分が恥ずかしくもある。
 それでいてやけに落ち着くのは、Subとしての本能だ。自分を満たしてくれるDomがいるという安心感。飢えていた隷属欲求を満たしてくれる者がいるだけでも、不安衝動は随分と凪いでいく。
 そして、その二つの心を明け渡す先が蓮哉であるという喜びが、胸にじんわりと広がっていた。

「……ん?」

 その安心感に肩の力を抜きながら蓮哉と食後の紅茶を楽しんでいると、ふと、リビングの隣にあるサンルームに気になるものを見つけた。
 サンルームは蓮哉の仕事場だ。作業台やろくろ、陶芸に必要な道具が整頓されて置かれている。そこに、冬の柔らかな陽射しがガラス窓越しに降り注いで、観葉植物たちを煌めかせていた。

 綾春が目に留めたのは、窓際に置かれていたある器だ。
 この状況には既視感があるな、なんて思っていると、蓮哉は「……ああ、そうだ」と呟いてソファを立ち上がった。

「ちょっと待ってて」

 そう言って、彼はそのままサンルームへ向かう。そこで一つの器を手に取って、綾春のもとへ戻ってきた。
 彼が手にしていたのは、綾春が先ほど見つめていたマグカップだ。

「もしかして、新作?」

 そのマグカップは、蓮哉が今まで作っていたシルエットとは異なり、ぽってりと丸い形をしたものだった。カップの色味も、蓮哉の作品ではあまり見かけないカフェラテのような愛らしい薄茶色。

 蓮哉の作るものは、どちらかといえばスタイリッシュというかパッと見はクールな印象で、その中に優しさや思いやりといった柔らかな雰囲気を混ぜたようなデザインが多い。色味も黒や灰色、もしくは白やアイボリーといった無彩色のものと、色が使われていても濃い茶色やレンガ色といったものが占めている。
 だから、綾春が初めてここを訪れたとき、例のブルー系の器に目を惹かれたのだ。

 いま彼が手にしているものは、今までのものとも、あの日の新作ともまた違った印象のデザインだ。形も色味も柔和な雰囲気が強く出ていて、いつもの印象からは少し遠い。けれど、これもまた良い器だなと思った。

「新作、というか……うん、まあそうだな。俺のファンだと言ってくれた人のことを考えて作ったものだよ」
「それって……」

 綾春は、はっと息を呑み、目を丸くした。

 ——東雲蓮哉のファン。

 それは、初めて蓮哉に会ったあの日に、綾春が言った言葉だ。
 もちろん、駆け出しで無名の陶芸家とはいえ、蓮哉の器のファンは綾春以外にもいるだろう。自由が丘にある雑貨店の常連や湘南のホテルのオーナー、エストレージャの諸星……別に自分だけが彼のファンというわけではない。

 でも、今の蓮哉の言葉をきちんと訳すなら、綾春のことを考えて作ったものだと言ってくれたことは、しっかりと伝わってきていた。

「綾春から言われたことが嬉しかったんだ。それでそのあと、しばらくしてイメージが浮かんでな」

 大きな手をしている蓮哉が両手で包み込む、ぽってりとしたマグカップ。
 マグカップとしては少し大きめで、コーヒーやカフェオレがたっぷり入るサイズだ。

「この前焼き上がったから、一番最初に綾春に見てもらいたかった」

 カップを愛おしむように包み込む蓮哉の手。
 造形のきれいな男の手が、同じように美しいシルエットのカップを持つと、それだけで絵になるなと思った。

「蓮哉さんはそのカップ、すごく気に入っているんだ?」
「ん? ああ……そうだな。今までの俺らしいデザインでも色でもないけれど、かなり気に入っているよ」

 そうだろうと思った。
 そして、そのカップを——綾春もとても気に入った。

 新しく作ったマグカップを、蓮哉はどうするつもりなのだろう?
 綾春はいつしか、そのマグカップの似合う場所をあれこれ考え始めていた。職業病はそう簡単には治らない。
 どこかのホテルか、あるいはカフェか。丸みを帯びたデザインだから、可愛らしい雰囲気の店舗にも合うだろう。けれど、どうにもしっくりこない。

 すると、綾春の考えを見抜いたように、蓮哉が笑みを浮かべつつ口を開いた。

「これは、ホテルとか飲食店とかには卸さないでおこうと思ってる。でも、もし綾春が気に入ってくれたのなら、いつもの雑貨屋で細々と売ろうかなと。このカップは一つ一つ、丁寧に時間をかけて作りたいんだ。そうしてできた器を誰かが手に取って『いいな』と思ってくれた人のところへ行ってくれたら嬉しい。これは、そういうのが一番相応しい気がするんだ」

 どう思う? と彼は訊ねた。
 無論、綾春に否はなかった。蓮哉の考えが、そのカップには一番ぴったりだと思ったのだ。

 ホテルやカフェなどで供される一つとして器を使う良さよりも、一人一人のなんてことはない日常に溶け込むような心地よさ。どちらがより良いということではなくて、蓮哉がそれを望んで、綾春もそれを望めたのなら、このマグカップにはそれがいい。

「いいと思う。俺も、すごく気に入った」
「本当か?」
「本当だよ。ファンは嘘、つかないだろ?」

 ニッと笑うと、蓮哉もふふっと笑った。

「ありがとう。大切に作るよ」

 綾春のことを考えてイメージが浮かんだという器を、蓮哉は大切に作ると言った。それがとても特別なことに思えて、ぽうっと心に穏やかな光が灯る。

「それ、よく見せてもらえる?」
「あげるよ。元々最初の一つは、綾春に貰ってもらいたかったんだ」
「ほんと? 嬉しい」

 どうぞ、とカップを渡される。
 と、その瞬間に重なった手。触れた蓮哉の指先からじわじわと、あたたかくて、熱い気持ちが流れ込んでくるようだった。

「蓮哉さん。あの、さ……」

 重なる指先が火照る。

「プレイ、してくれない?」

 それは自然に口をついて出た台詞だった。
 だって、彼の指先が触れているから。綾春の本能が寂しいとねだるから。彼の表現の可能性を広げられたことが嬉しいから。ただただ一緒にいるだけで、いろんなものが溢れてしまいそうだから。
 理由なんていくつもあるけれど、彼と満たし合いたい。だからプレイに誘った。

 けれど意外にも、蓮哉は眉根を寄せて難しい顔をした。

(え、なんで?)

 蓮哉の態度に、綾春は困ったように訊ねる。

「あーっと……蓮哉さんは、俺とプレイ、したくない?」

 もしかして恋人でありプレイパートナーであるというのは、自分の思い過ごしだったのだろうかと、また不安が膨らみそうなところで、蓮哉が慌てて言葉を紡いだ。

「ああ、違う、そうじゃない。勘違いするなって。ただ俺は……怪我人に無理させたくないんだよ」
「なんだ……そんなこと。大丈夫だって、全然。医者も普通に生活する分には問題ないって言ってたし」

 どうやら蓮哉が難しい顔をしていたのは、綾春とのプレイが嫌なわけではなく体を気遣ってのことらしい。
 それに大きくなりかけていた不安は萎んで、綾春は笑い飛ばすようにして言った。

 医者の言う『普通』にプレイが含まれるのかは確認してないけれど。でもSubの生活にはプレイは必要不可欠なのだから、それを普通と言って何が悪いのだと、今度は強気な自分が顔を出す。

 そのくらい、綾春は今、蓮哉を求めたい気持ちでいっぱいだった。

「でもなぁ……」 

 それでもなお渋る蓮哉に、綾春は言った。

「ずっとプレイしてなかったから、満たされ不足なんだよ。病院で薬は貰って、今日も飲んでるけど、不安症がまた酷くならないうちに、ちゃんと満たしてほしい。……蓮哉さんは、俺のDomなんだろ?」

 蓮哉は綾春のDomなのだから。
 きちんと躾けて、従わせて、満たしてほしい。

 そうねだれば、蓮哉は「煽ったのは綾春だからな」と色気を纏った笑みを浮かべて、綾春の体をぐっと引き寄せた。



 ◇◇◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

【完結】俺だけの○○ ~愛されたがりのSubの話~

Senn
BL
俺だけに命令コマンドして欲しい 俺だけに命令して欲しい 俺の全てをあげるから 俺以外を見ないで欲しい 俺だけを愛して……… Subである俺にはすぎる願いだってことなんか分かっている、 でも、、浅ましくも欲張りな俺は何度裏切られても望んでしまうんだ 俺だけを見て、俺だけを愛してくれる存在を Subにしては独占欲強めの主人公とそんな彼をかわいいなと溺愛するスパダリの話です! Dom/Subユニバース物ですが、知らなくても読むのに問題ないです! また、本編はピクシブ百科事典の概念を引用の元、作者独自の設定も入っております。 こんな感じなのか〜くらいの緩い雰囲気で楽しんで頂けると嬉しいです…!

処理中です...