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番外編
エフェドリンに浮かされて 03 *
しおりを挟む帰りは寄り道もせずに、真っ直ぐ車を走らせた。
愛車を自宅の駐車スペースにさっと停めて。綾春の分のタンブラーを奪い取った蓮哉は、手ぶらの綾春を玄関の中に押し込んでから、自分も体を滑り込ませた。
シューズボックスの上、一部が腰高になっている飾り棚の部分にタンブラーと車のキーを置いて、素早く玄関の鍵を閉めてから、蓮哉は目の前で靴を脱ぐ恋人の耳元に唇を寄せた。
「綾春、Kiss《キスして》」
熱を孕んだ低い声でコマンドを放てば、靴を脱いで三和土から上がり框へと上がった綾春が振り返る。いつもは下にある綺麗な色の双眸がほとんど同位置でぶつかって、唇が重なった。
下唇と上唇がきれいに重なるお手本のようなキス。
それを十秒ほど堪能してから、蓮哉は綾春の腰を引き寄せて、舌先を唇へと捩じ込んだ。
「んふっ、ぅ……」
公園で飲んだコーヒーよりも、ずっとずっと甘い口内を舌で丹念に舐め上げていく。差し出される舌に吸いついて、口蓋を丁寧に舐り、一筋の唾液も溢さぬように貪れば、腕の中の綾春から徐々に力が抜けていくのがわかった。
「はぁ……はっ……。なんか……すごい」
「すごいって?」
「すごく……興奮してる」
「じゃあ桜のせいかもな」
なにそれ、とキスの合間に笑う綾春に、蓮哉はさもありなんという様子で彼の唇を啄みながら答えた。
「満開の桜の下を通ったから、本当に気が狂ったのかもしれない」
もっともらしく言えば、じゃれ合うようなキスをしながら綾春が疑問を呈する。
「きれい、だったから?」
「いいや。思い出したけど、桜の花粉には『エフェドリン』っていう、交感神経を興奮させる成分が入っているらしい。その花粉を浴びたから、興奮してるのかもしれないな」
「え、本当? ……あ、んぅ」
感心する綾春に、蓮哉はさらに口づける。
再び深く、互いを味わうようなキスをしながら、蓮哉は腰に回していた手を尻へと滑らせた。薄く肉のついた双丘の形を確かめるように揉みしだく。
キスと尻への愛撫に体を震わせ、目を閉じている綾春を間近で見つめる。精緻な顔を堪能しながら、グレアを少しずつ強めていけば、漏れ出る吐息にはどんどんと官能が混じっていった。
それを十分に——してもしても足りないので、本当に十分ではないかもしれないが——堪能してから唇を離した蓮哉の肩口に、綾春は息を上げながらもたれかかる。はぁ……と、浅く息をつくその吐息さえも貪りたい。
顎を掬って、いくらでもキスをしたい気持ちを今しばし堪えた蓮哉は、代わりに細い髪を梳きながら、くつくつ喉を鳴らして言った。
「うそ。そういう誤情報があるのは本当だけどな」
「なんだ……。ちょっと、信じかけた」
ふふっ、と笑う綾春の耳朶を食む。
Kissのコマンドと、まだまだ余裕のあるグレアと、少しエロティックなディープキスをしただけなのに、綾春の耳から首筋にかかったラインはほんのり桜色に染まっていた。興奮してる、というのは嘘じゃないらしい。
「でも興奮してるのは、俺も同じ」
綾春の手を取って、蓮哉は自分の股間の上をそっとなぞらせる。
もうすでに膨らみ始めているそこに触れた綾春は、一瞬たじろいでみせたが、ふわりと春めいた笑みを浮かべたと思ったら、ジーンズの上から指の腹で形を確かめるように蓮哉のそこを撫でた。
「俺とキスして興奮した?」
「そうだな」
「蓮哉さん、意外と我慢きかないんだから」
「そういう綾春も、俺に触れられて興奮してるみたいだけど?」
お返しとばかりに両足の間に膝を割り入れて、太ももで股間を押してやれば……そちらもすでに緩やかに勃ち上がりつつある熱を感じることができた。
「あっ……ふふ、あーでも。桜にはやっぱり……んっ、興奮させる作用が、あるのかもよ……?」
「綺麗に咲いてたから?」
先ほどと同じようなやりとり。
青空をバックに鮮やかに咲き誇る桜の咲く公園で、綾春は『こんなに綺麗に咲くのだから、誰だって興奮する』と話していた。だからさっきも「きれいだから?」と聞いたのだろう。でもまあそれは、性的興奮をさしているのではなく、素晴らしいものを見て感情が昂ることをさすものではあったけれど。
たとえて言うならそれは、スポーツ観戦での熱狂とか、好きな映画シリーズものの続編を見たときの充足感とか、美味いものを食べたときの喜びだとか、そういうもの。
でも——。
「それもあるけど、それだけじゃなくて」
今の興奮はそういうものではない、と薄く笑う。絡まる両脚はどちらともつかない熱を孕んで、自然と揺れ動いている。
腰を押し付け合いながら、蓮哉はようやく靴を脱いで、もつれあうように廊下を抜け、二階へと上がっていく。そのまま、互いにくすくす笑いあいながら、寝室に入った。
「Strip」
重くて甘いグレアを出しながら、刺激的なコマンドを繰り出す。
裸体を晒け出せと命じるコマンドに、綾春はたまに躊躇う表情を見せる。恥ずかしがるような貧相な体ではないし、蓮哉にだってもう何度も見せているのに。それでも恥じらいの顔を浮かべるのは、もしかしたら蓮哉を煽っているんだろうかと思うときがある。
けれど今は、大胆な気持ちになっているのか、綾春の指先に躊躇いはない。
「蓮哉さん、桜にまで嫉妬してただろ。あれ、嬉しかったな」
「あの話は、もう忘れてくれ……。それより綾春、俺のもStrip」
一糸纏わぬ姿になった綾春に、蓮哉は続けざまにコマンドを投げた。
「忘れるなんて、いやだよ。ロマンチストな蓮哉さんも俺、好きだし。ああいう感性があるから、綺麗なものが作れるんだろうな。そういうところも含めて、すごいなって思うし、すごく好き」
嫌だというのはコマンドへの拒否ではなく、忘れてほしいという蓮哉のささやかな願いへ対する拒否。蓮哉としては、今思い返しても変なことを言ったと思っているので忘れてほしいのだけれど。でも、忘れたくない理由は自分への思慕から来るそうだから、蓮哉としてもそれ以上言うこともできない。
蓮哉としては、そういう褒め言葉を惜しげもなく伝えられる綾春こそ、綺麗な感性を持っていると思った。
「…………っ、はぁ……」
「Good boy」
二人分のすべて脱がせて、体と心だけになったところで蓮哉は綾春の頭をくしゃくしゃと撫でた。我慢できずに玄関でキスさせて、従わせて、寝室に直行した綾春の体はうっすらと汗をかいている。ちょっとの触れ合いとコマンドで興奮している様子に、蓮哉は満足げに口を弧に描いて、彼の手を取ってベッドへと上がらせた。
ずっと一人で使っていたベッドは、高い身長も理由の一つではあるけれど、元々ゆったりと寝ることが好きな性分ゆえに買った大きなサイズだ。だから男二人が体を横たえても十分な広さがあり、多少暴れたところで落ちてしまうこともない。
ベッドのヘッドボード側に背を預けて座った蓮哉は、両脚の間に綾春を座らせた。手を伸ばしてもギリギリ届かない距離に綾春を置いて、なめらかな肌を目で楽しむ。
——さて、どんな言葉で彼を跪かせて、どんな愛撫で満たしてあげようか。
不埒で切実な思考を巡らせていると、綾春はベッドの上でいつものKneelの格好を取る。少し角度をつけて開いた両脚の間で、勃ち上がった性器が揺れていた。とびきりセクシーで、愛おしい恋人に生唾を飲み込む。
「ねえ蓮哉さん。俺はもうとっくに、蓮哉さんに魅入られてるからさ……俺のこと、さらってくれる?」
——その言葉に魅入られて……蓮哉は、思わず破顔した。
ロマンチストなのは、綾春も同じだ。
劣情を抱いた体を隠すこともなく差し出してくる恋人に、蓮哉の欲情もいっそう煽られる。
「コマンドもグレアも、セックスも——たっぷり欲しい」
いつも以上に大胆な発言が出ているのは、やはり『桜』に魅せられて、あてられて、煽られたからかもしれない。満開の桜に負けない艶めく裸体を惜しみなく晒す綾春に、気が狂ってしまいそうだ。
「いくらでも、綾春のお望み通りに。Come、あや」
「ん……」
蓮哉が両腕を広げれば、同じく両手を伸ばした綾春が一瞬で距離を詰めて、抱きついてくる。つむじにキスを一つ落として、Good boyと褒めてやれば、彼の体からくったりと力が抜けるのを感じた。
綾春が褒めてくれる手で彼の背中を撫でて、背骨沿いに指先を伝わせて臀部へと滑らせる。桜色に染まり、細かく震える肌は扇状的で、思わず舌舐めずりをしてしまうほど。
「Lick。綾春の好きなように」
「あ、ふっ……」
ぴくりと反応する綾春に気を良くしながら、蓮哉は一気にグレアを強めた。
蓮哉の股座へ屈みこめば、自然と形の良い尻が持ち上がる。すでに熱く猛る雄を口内に引き入れたところを見計らって、蓮哉は唾液を纏わせた指を綾春の後孔へと突き立てた。
「んんっ」
唾液しか絡ませなかったためか、綾春の入り口はまだまだきつい。中指を一本だけ、慎重に飲みこませていき、指の腹で内襞をあやすように撫でていく。蓮哉の性器を咥えた口からは、くぐもった喘ぎ声とともに粘膜が濡れる音が響いた。
性急すぎたかもしれない。その考えに、はっとした。
ギリギリ冷静を保っている部分で、綾春を気遣うことができたことに人知れずほっとして。やっぱりローションを足そうと、綾春に口淫をさせながら「そのまま続けてて」と声をかけ、ベッドサイドのチェストにしまっていたローションボトルを取り出した。
ついでに、エアコンのリモコンを手に取ろうか迷って、そちらはやっぱり放っておく。まだ春になったばかりだから陽が落ちれば肌寒い日も多い。でもこのあとは、ぐずぐずになって溶け合うほどに愛し合うだろうから、寒いと感じる間はなさそうだ。
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