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第一章

第四話 ロルフ -3-

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 そうやって何度も仕事をこなしてきたある昼のことだ。娼館や連れ込み宿の連なる道でヴィサとの関係を疑われていた闇商人の尾行を行っていたところ、レーアが不審な男に絡まれてしまった。
 彼女が動くよりも先に男を引き剥がしたのだが、その際男は捨てられている空き瓶を踏んでしまい大きく転けて頭を強打した。
 相手は直ぐに起き上がったものの、既に俺達は遠くに走って逃げていた。そして、尾行対象は乱闘騒ぎの間に見失ってしまったので結局仕事は失敗となり、互いに寝床にしている場所に戻ることとなった。


 そしてその夜、レーアが俺の住む部屋にやって来た。
 レーアが俺の与えられている部屋に来ることは稀ではないものの深夜に来ることはなかった。それに、何かがあったのだろう、というのは彼女の沈んだ顔からして明らかで、心配をしてしまう。
「その、さレーア。大丈夫か」
「私は大丈夫だ。ただ、その、な」

 そして彼女は昼間の男は打ち所が悪く死んだこと、その男はヴィサのメンバーであったことを伝えてきた。どうやら男がヴィサの本拠地に戻って今回の話を告げた後に死んだらしい。
 そのため、昼にその男と揉めた人間が毒を盛ったのではないか、という疑いが俺達ファミリーに掛けられたらしい。
「ファミリーが疑われたことをを責めるつもりはない。だがこれでヴィサとの抗争が激化することは確かだろう」
 淋しげとも悲しげとも言い難い顔でレーアがそう伝えてきた。
「すいません」
「だから責めるつもりはないといっただろう。それよりもメンバーになる覚悟はあるか?」
「メンバー?」
 メンバー、というのは漠然と聞いたことはあったが、その実どういったものかを知らないということに今更ながら気がついた。

「そういえばメンバーについては説明していなかったな。メンバーにはどこのギャングに所属していて他のギャングには移らないということを約束する証文を書くことでなれるんだ。要するに冒険者でいうと街付きみたいなものだ」
「それでメンバーになる利点だが、ファミリーがある限りはその庇護の下である程度の自由が効く。ただメンバーとなればギャング同士の抗争にも参加しなければならないし、抜けることは許されない。今のお前のようにメンバーではなく、単にファミリーの一員ならまだ抜ける手段もあるんだがな」
「なあ、レーア。確認していいかな。俺達が最初に雇われた時は単なる弾除けや護衛として扱われていて、ガストールさんに認められたあの時からは俺はファミリーとして内部の仕事を受け持っていた。でもあくまで組織の一部ってだけで本当の一員ではなかった。それで、メンバーとなればもう二度とギャング以外の世界では生きていけないってことでいいのかな」
「理解が早くて助かるよ。そういうことになる」

 ギャングになる前の、冒険者としての俺は出来が悪い駄目な人間だった。誰に褒められることもなく認められることもない、掃き溜めの底辺だった。
 だが、ギャングになってからはというものの、時々叱られることはあるがレーアやガストールさんそれに他のメンバーの人たちからも褒められることが増えてきた。
 だからこそ、クズだった俺を救ってくれたガストールさんたちに恩返しをしたい。

 それに、結局は俺が一番先に認められたとはいえオーラフたちも皆認められているのだ。だからこそ、俺はこのファミリにーに一層の恩義を感じていたし、メンバーとして役に立てることがあるのなら力になりたかった。

 
「決めたよ、レーア。俺はメンバーになる。いや、なりたい」
「そう、か。ただ、一言だけ言わせてくれそうすると偶然ではなく故意に人を殺すんだぞ。生きるために人を殺す。そんな存在にお前はなれるのか」
 レーアの目は真剣だった。その瞳の奥には俺を諌めたいというような優しさが見て取れる。
 それでも、俺の答えは変わらなかった。
「今すぐにはなれなくても、いつかはなるよ。俺、ボスやレーア、ファミリーの皆に恩返しがしたいからさ。皆の役に立ちたいんだ」
「そうか。やはりお前は優しいんだな。自分のためでもなく、私たちファミリーのために、だもんな」
 レーアはまるで普通の女性のように朗らかに笑った。

 ギャングの世界だと一瞬の油断が命取りだ。だからこそ気を抜いた顔は見せられない。そういった世界に生まれたときから身をおいていた彼女は、例え食事中であってもどちらかの家に居る非番のときであっても常に何かに神経を巡らせたような、心から気の緩んだ笑みをすることはなかったのだ。
 だからこそレーアのこういった顔は初めてでつい見惚れてしまった。そして、彼女もそんな俺の目線に気がついたのだろう。直ぐに普段のような、厳しい顔に戻った。

「それじゃあロルフ、乾杯をしようか」
「乾杯?」
「本当は明日正式にボスと他のメンバーと盃を交わすんだが、先に私とだけ乾杯をしないか、ということだ」
 レーアはそう言いながら外套の裏から酒の小瓶を取り出した。蒸留酒だ。

「そういうことなら、喜んで」
「とはいえ、盃を交わすのは明日が正式だからな、今日は盃を交わせないんだ」
 レーアは瓶に口をつけ中身を含むと俺の唇に自身の唇を重ね、含んだであろう酒の半分ほどを俺の口の中へと移してきた。
 思わず唾を飲んだ、というよりは酒を飲んだ。
 レーアはというと既に自分の口にあった分を飲み干していたようだ。そして少しだけ紅潮した顔でこちらを見ていた。

「だから盃を使わないでこうやって酒を飲むしかないのさ。とはいえ、今日のことは非公式だから誰にも言うなよ」
 照れ隠しのような笑顔で微笑んだあと、悪戯な笑みを向けるレーアはこの寂れた部屋には勿体ないほど美しかった。
「あー、その、だ。これからもよろしく頼みます」
 照れ笑いをしながら頭を下げる。唇の感触が忘れられない。
「ああ。勿論だ。一生面倒を見てやるさ。お前は駄目な男だからな」
 また、先程のような柔らかい笑みが向けられた。
 
「それと、だ。もう日が沈んでから大分経つ。こんな時間に帰るのは危険だから今夜は泊まらせてくれ」




 翌朝、目が覚めるとレーアはいなかったが、頭の上に紙片が置かれていた。
 ギャングに入ったことで読み書きを習ったがまだ簡単な文しか読み書きができない俺のために簡単な文で記されていた内容はこんな感じだった。

「母さんに伝わったら抜けようが抜けまいがお前は死ぬと思うから先に帰る。また会おう」
 
 昨晩を思いだし頬が紅潮し、そしてガストールさんの顔が浮かび血の気が引いた。

 レーアとは手を握って寝ていただけです、という真実を告げたとしても信じてもらえるわけはないだろう。良くて蜂の巣、悪けりゃ人間爆弾かなにかにでもされそうである。
 

 普段は意識しない神に救いを求めた。
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