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78 クレアの意志

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クレアが王子妃の部屋からいなくなったとの知らせがライオネルへ届いたのは、クレアの世話をするために、王子妃の部屋へと入った侍女たちからだった。
その時になって初めてライオネルはクレアの周りに誰もいなかったことを知った。
護衛の騎士達でさえ、自分の護衛として付いてきており、クレアを守ってはいなかったのだ。

ライオネルはその場で、今まで陣頭指揮を執っていたクリストファーの捜索から手を引いた。
少しは落ち着いた国王に丸投げして、自分はクレアを探すことに専念する。

クレアが事件に巻き込まれたのなら、クレアの身に危険が迫っているのかもしれない。一刻も早くクレアを助け出さなければならない。
もしクレアが自分の意志で王宮を出て行ったとしても、クレア本人にそのことを直接聞かなければならない。
クレアと共にいることがライオネルの一番の願いなのだ。クレアが王宮のことが嫌だというのなら、一緒に王宮を出さえすればいいだけのことだ。
クレアの隣にいるためなら何だってする。
ライオネルはクレアを探すことだけに全力を尽くす。


なぜ王宮からいなくなったのか。
王宮の中に簡単に賊が入ることはできない。
それこそ蟻の這い出る隙もない程の警備が敷かれている。
そんな中、王子妃の部屋に入ることができたとしても、今度はクレアを連れ王宮から脱出することは難しい。簡単には王宮に出入りはできない筈なのだ。

ライオネル達が王宮内を調べると簡単に理由が判った。
侍従長やナナカなど多数の使用人たちがクリストファーの駆け落ち騒動で、クレアの側にはいなかった。
そのため、王宮に入って日の浅い、仕事になれていない侍従見習がクレアの元へ“来客”を通したと証言したのだ。

だが来客は正規の手順をちゃんと踏んでいた。
クレアに会うため来訪の先ぶれも届けてあったし、王宮に入るにあたって身分の確認も行われていた。
許可を取り、堂々と王宮の中へ入ってきたのだ。
ただ、不慣れな侍従見習でなければ、クレアの元へと来客がたどり着けることはなかったはずだ。
ハートレイ男爵家関係者はクレアに近づくことを許されてはいなかったのだから。
身分証明書からハートレイ男爵家の執事だと来客の正体は判ったが、その者がクレアをどこへ連れて行ったのかは、依然として判っていない。

王都にタウンハウスを持たないハートレイ男爵はどこかに宿を借りているか、それともすでに領地へ向けて出発しているか。
ライオネルは手掛かりを探すために王都へと急ぎ向かうのだった。





薬を使われ意識を無くしたクレアだったが、すぐに気が付いた。
ジオルの肩にもたれるようにして、まだ王子妃の部屋の中にいたのだ。
王子妃の部屋を出ると、すぐに警備の騎士がクレアの元へとやって来る。
「クレア様、如何されましたか。体調が悪いのですか?」
「ありがとう。ちょっとふらついた所を助けていただいたのです。もう大丈夫、自分で歩けます」
クレアはジオルの肩から手を外す。

王宮に入る場合、受付で身分証明を行う。それに合格すると、許可を受けた者として胸にリボンを付けることになっている。
リボンは厳しい管理の元に置かれており、窃盗や偽造は難しい。
そのリボンを付けたジオルに対して、警備の騎士はいぶかし気な視線は送るが、問い正したりはしない。
クレアが何も言わないからだ。

クレアが目覚めた時、とっさにジオルの手から逃れようとした。
しかし、その時、耳元で言われたのだ。
「パトリシア様の行方を知りたくはありませんか?」
クレアの動きは止まった。
パトリシアとクリストファーの駆け落ちは、まだ王宮の一部の者しか知らないはずだ。

「ジオル。あなたはパトリシアが何をしたのか知っているの?」
「さあ、どうでしょうか」
ジオルは含み笑いを浮かべている。

「まさかお父様とお母さまはご存じなの?」
「さあ、ご自分でお聞きください。
そのために、旦那様の元へと、お連れしようとしているのですよ。手ばかり焼かせずに、さっさといらして下さい」
ジオルの言葉を受け、クレアは絶対に行かないと言っていた両親の元へと行くことにした。
いくら絶縁され他人になったとはいえ、パトリシアとの血は繋がっている。

パトリシアが今どこにいるのか。
クリストファー殿下と駆け落ちをしたのは本当なのか。
もしかしたら、両親も関わっているのではないだろうか。
王宮を巻き込んだ騒動を早く収束させなければならない。

クレアは自分の意志で、王宮を出て行ったのだった。


クレアが連れて行かれたのは、王都の下町ともいえる場所にある宿屋の中の狭い部屋だった。
ベッド1台で、ほぼ部屋が埋まってしまっている。
そんな中に両親はいた。

「大変です。パトリシアがクリストファー殿下と駆け落ちしたそうなのです。
今、王宮は大騒動になっています。
殿下とパトリシアを探しているのです。二人の行方をご存じないですか?」
両親を見た瞬間、クレアは焦って問いただす。
一刻も早くパトリシアの行方を探さなければという思いからだ。

「あら、あなたの元にも、もう話が来たのね。
案外早いこと」
必死のクレアの問いかけに、リリの返事は軽い。
ジオルの話ぶりから、薄々は感じていたが、クレアにはまさかとの思いがあったのだ。しかし、リリの言葉は、それを肯定している。

「まったく王宮の奴らも頭が固すぎてイカンな。
パトリシアのどこがいけないというのだ?あんなに可愛らしい娘は、他にいやしないというのに。
クリストファー殿下とパトリシアは駆け落ちするほど好きあっているのだ。居なくなって初めて気づいたのではないかな」
クククとハートレイ男爵は笑う。

やっぱり。
呆れてものが言えない。この二人はパトリシアとクリストファー殿下が駆け落ちをすることを知っていたのだ。
知っているだけじゃない。もしかすると、二人を唆したのか、手を貸したのかもしれない。
あり得ない。
国の威信に関わる問題だというのに。

「なんていうことを…
早く二人を連れ戻さないと。パトリシアは今どこにいるのですか」
クレアの問いかけに、二人は揃って、実の娘を蔑むような視線を向ける。

「ああ、嫌だ嫌だ。それほどパトリシアが第1王子様と一緒なのが気に喰わないの」
「え?」
「まったくだ。ライオネル王子と付き合っているからと、パトリシアに勝ったつもりになっていたのかもしれんが、どうせお前は物珍しさがなくなれば捨てられる身。
所詮パトリシアとは立場が違うのだ」

クレアは両親が何を言っているのか、理解できない。
今はパトリシアが騒動を、それも国を揺るがすほどの騒動を起こしている時なのに。何故それを収束させようと思っていないのか。

「ウフフ。羨ましいのでしょう。
王族を捕まえて、有頂天になっていたのでしょうけど、所詮は第2王子。
パトリシアが王妃になった暁には、お前はパトリシアの足元に跪かなければならないのよ。
まあ、もともと醜いお前が、王族に相手にしてもらっただけでも、ありがたいと思わなければいけないわね」
「お母さまは判っていらっしゃるの?これは犯罪です。
王族を唆したとして、お父様もお母さまも罰せられるのですよ」
クレアはリリに訴える。

「まあっ、怖いわ」
リリは大げさに驚いて見せる。
横でハートレイ男爵は笑いを堪えている。

「お前はバカか。まるで判ってはいないな。
クリストファー様が王宮に戻られて、パトリシアを妃にされたら、我らは王族へ仲間入りするのだぞ。
素晴らしいことだとは思わんのか。
まあ、お前のような者は、このハートレイ男爵家の者とは知られないようにしなければならないな」
「ええ、そうね。
こんな醜い娘がパトリシアと姉妹だなんて判ったら、パトリシアが恥をかいてしまうわ」
「違います。そんな夢のようなことを言っている場合ではないのです。
早くパトリシアを連れ戻さないと」
クレアは絶望的になる。
まるで判ってはいない。どれ程の罰を受けるのか、判っていないのだ。


ドンッ!
クレアはいきなりハートレイ男爵に肩を押された。
強い力にクレアは後ろへと、たたらを踏んでベッドへと座り込んでしまった。
「何をするのですか」
「まったく嫌な子。
お前はいつも生意気で、親の言うことなんて、ろくろく聞きやしない。
醜く生まれついているのだから、性格ぐらい、まともになればよかったのに」
リリはさも残念そうにため息をつく。

「今更嘆いてもしょうがない。
まったく救いようがないが、それでも我々の娘なのだ」
ハートレイ男爵は、わざと諦めたように肩を落として見せる。

「少し反省することだな。
それまでは、この部屋から出ることは許さん」
ハートレイ男爵は、それだけ娘に告げると、妻の腰を抱いて部屋を後にした。

閉められた扉をクレアは茫然と見ていた。
これからどうなっていくのか。
閉じ込められたクレアには、どうすることもできないのだった。





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