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17.小さな命。
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皆が狼と戦っている時、私はもう一つの強敵と戦っていた。
睡魔である。
朝、日が昇ってから一度も寝ていなかった。
12時間を越えから私ももう眠たくて仕方なく、門番さんに抱きかかえられて瞼が落ちるのと戦っていた。
夜目が見えるようにして、クゥちゃんに結界を張るように命じた時点で私の仕事は終わりだ。
狼如きに負ける訳がない。
門番さんの腕から降ろされた頃には、うっとりうっとりともう半分寝ていた。
意識が浮上すると、ソリンの悲鳴で目が少し覚めた。
隣のソリンが大きな狼に食われそうだった。
門番さんが振り返って槍を突く。
ここの兵士は弱い。
狼如きで苦戦しているのだ?
しかも20頭の狼如きだ。
兵士が一人三突きすれば済むと思っていた。
それが噛み付かれて混戦になっていた。
やっとそこから形勢が逆転だ。
クゥちゃんの結界など、お守り代わりと思っていたのに誤算も良い所だ。
逃げ出した狼を見て、私を襲って逃がす訳がないと『魔弾』を唱えた。
はい、おしまい。
瞼が何度も落ちて夢見心地だ。
もう限界。
私は草をベッドに横になった。
気が付くと私はヨヌツの背中にいた。
結界を張ると本人の意思なしで動かない。
クゥちゃんが“くぅ”と胸を叩く。
一度解除して張り直したと自慢する。
気の利く聖獣だ。
月が天高くまで昇っていた。
昨日は月の出が遅く、午後9時頃に狼と交戦した。
という事は午前3時頃か。
お腹が空く訳だ。
月から視線を下げるとソリンと目が合った。
「ジュリ、おはよう」
「おはよう」
「もうすぐ門に付くわ」
「そうか」
ソリンを背負っているイリエが苦しそうな顔になっている。
逆にソリンは幸せそうだ。
私を背負っているヨヌツは平気な顔をしている。
「なぁ、もう歩けるだろう」
「まだ無理。もう少し」
「ヨヌツ。代わってくれ」
「お前がソリンを背負うと言った。最後まで責任を取れ」
最初は体格のいいヨヲルがソリンを背負い、イリエが私を背負う予定だった。
だが、ソリンがイリエに背負って欲しいと頼み。
イリエが「俺に任せろ」と胸を叩いた。
ソリンとイリエは体格が変わらない。
最初は平気だったが、段々と足が重くなって疲れた顔を見せていた。
「ソリンがこんなに重いとは・・・・・・・・・・・・ぐぐぐぅぅ」
肩から回していた腕がイリエの首が絞める。
ソリンが「何か言った? 何か言った?」と問い質す。
女の子に体重の事をいう哀れな末路だ。
イリエが絞まっている腕を手で叩いているが、ソリンはしばらく解く様子はなかった。
馬鹿な奴だ。
門に到着すると門番さんと別れた。
門番さんは狼の報告に、私達は妊婦に元に急いだ。
ヨヲルは門前宿に送ると言ってくれたが、ここまで乗りかかった船だ。
「妊婦の無事を見てから帰ります」
「そうか。ジュリが来てくれる安心だ」
「私は妊婦に詳しくないですよ」
もちろん嘘だ。
何度も転生を繰り返し、母親になった事もある。
出産の大変さは知っている。
くつろげるように風魔法冷静を掛けて、痛みが緩和できるように水魔法鎮痛を重ねる事はできる。
それだけで気分的に楽になる。
体力が落ちているなら体力回復の『癒やし』もありだ。
間違っても治療になってしまう回復や再生は厳禁だ。
何ヶ月も掛けて広がった赤ちゃんが通る道が元に戻ってしまう。
それで赤ちゃんが出られない。
そのまま数ヶ月もお腹に留まり続けて、これでもかと言うほどお腹が膨らみ、大変な事になった事になった。
何か大変かって?
赤ちゃんが大きくなり過ぎて出るに出られなくなったのだ。
私は帝王切開という荒技で取り出したが、これが悪魔の所業と言う事で大問題になったのだ。
母親の腹を割いて出てくるのは魔族のみだった。
酷いイチャモンだ。
母親のお腹に寄生する魔族と帝王切開を同列にされては堪らない。
私はお妃様と皇太子を助けたのに?
敵対貴族に王様が付き、国を二つに割って戦争とか可怪しいだろう。
もちろん、勝ちましたよ。
王妃側の大勝利だ。
産まれたばかりの赤子が王様だ。
只の侍女だった私は宰相と大将軍を兼任する時の権力者へ出世して、国を背負わされて大忙しだった。
子に、孫と、王国から帝国へ三代の奉仕に寝る間もない。
超ブラック企業だった。
魔法で回復できる世界では過労死がない。
死ぬまでこき使われた人生だった。
あの失敗はもうするまい。
第3区の町長の家に入ると妊婦の表情が少し和らいでいた。
まだ苦しそうな息を吐いていたが、一時ほどの激痛が無くなったと言う。
産婆は腹を摩り、様子を伺う。
顔が険しい。
「こりゃ、駄目だね」
「婆さん。何が駄目なのだ?」
「赤子が死んでおる」
「まさか!?」
私がちょこんと手を上げると、産婆の婆さんがこっちを向いた。
「手を上げて何のつもりだい。お手上げとか冗談を言いたいのか?」
「まさか」
「邪魔をしてくれるな。死んだ赤子を取り出さないと母親の方も危なくなる」
「私にも見せてくれませんか?」
「産婆の真似ごとか」
「産婆は出来ませんが、薬なら作れます」
私はポーチから体力回復ポーションと傷回復ポーションを取り出した。
産婆はそのポーションを受け取ってじっくりと見る。
医者の真似ごとをしているのでポーションの威力をよく知っていた。
「その年で薬師とは恐れ入る」
「薬師というほどではありません」
「好きにしな」
私は大きなお腹に手を当てた。
魔力を通して、索敵魔法の応用でソナーの代わりに魔力を使う。
魔力が反射して見えないお腹の中が脳内に浮き上がった。
「臍の緒が首に巻き付いたのが原因です」
「確かにそんな赤子を出した抱いた事もあった」
「首に巻き付いても問題はありません。しかし、巻き付いた儘で赤子が逆さまになって臍の緒が千切れそうになったようです」
「そりゃ、災難だ」
「伸びきった緒が二つに折れて、血液が巡らなくなって赤子も暴れたようです」
「血液って、何だい」
「血の事です」
「あぁ、そう言えば、臍の緒を切ると血が止まらない妊婦がいたな。血を出し過ぎると死んでしまう妊婦もおる」
「今回はその緒が二つに折れて血が通わなくなったのが原因です」
「では、赤ん坊は・・・・・・・・・・・・」
「諦めな」
「まだです」
「・・・・・・・・・・・・助けるつもりかい」
「まだ、死んでいません」
産婆が医者でない事を思い知る。
簡単に死を受け入れた。
でも、死んでいなければ、大抵は何とかなるのが魔法の世界だ。
諦めるなんてトンでもない。
私はお腹の中にある羊水を水魔法の応用で流れを作り、逆子を正位置に戻し、首に巻き付いた臍の緒を取った。
流れを作る度に母親が苦しみ、途切れ途切れでやり直す。
滅茶苦茶で繊細で面倒臭い。
母親には体力回復ポーションを与えて回復させると、死にかけている赤子に体力回復の『癒やし』と現状復帰の『回復』を重ね掛けた。
繋がっているので、片方だけに掛けるなど無理だった。
母胎も一緒に回復する。
だが、このまま放置すると王妃様と同じ悪手になる。
「ジュリ。どうなっているの?」
「赤子を回復させました」
「そんな事ができるのか?」
「死に掛けた人を全快させる事もできますよ。もちろん、失われた欠損部や流れ出た血は戻ってきません」
「どれ、ちょっと見せてみ」
産婆が腹に耳を当てると、赤子の心臓の音を聞いた。
産婆の黄色気味た歯が笑みと一緒に零れた。
「こりゃ、驚いた。本当に生き返っておる」
「最初から死んでいません。弱って心臓が止まり掛けていただけです」
「同じ事さ」
「ですが、ここからが問題です」
母親も赤子も失った部分はない。
どちらも完全回復だ。
赤子を産む為に緩んでいた子宮の道も完全に閉じてしまった。
産婆の記憶を除いても帝王切開の記憶はない事を確認する。
個人的には腹を割いて、赤子を取り出した方が楽なのだが止めておこう。
残る手は1つだ。
水魔法鎮痛を何重にも重ね掛けして、子宮の道を強引に開いて赤子を取り出す。
「じゃあ、お嬢ちゃん。やっておくれ」
「行きます。お母さんも良いですか?」
「はい」
「凄く痛いと思いますが、耐えて下さい」
子宮の道に空間魔法で強引に広げる。
鎮痛の魔法が効いているかと首を傾げるほど、母親が悲鳴を上げる。
腹に杭を刺すような痛みだろう。
苦痛耐久スキルとかを持っていてくれると助かるのだが、一般人にそんなスキルはない。
例えるなら、魔女狩りの拷問器具を挿入されたような気分だろう。
やっている私の方が罪悪を感じる。
裂かれた肉から血が飛び出し、水魔法で出血を止めながら体力回復の魔法を掛けておく。
ここで傷回復の魔法を掛ければ、広がった空間が元に戻ってしまうので出来ない。
永遠に続くような痛みを耐えて貰う。
広さを確保すると、洋膜を破って破水させる。
そこから赤子を押し出してゆく。
「ここからだよ。頑張りな」
産婆の声が母親を激励する。
うわあぁぁぁぁぁ、母親の悲鳴が部屋中に響く。
そりゃ、そうだ。
裂けた傷の上に赤子が通る。
例えるならば、刀傷の上に塩を塗るような痛みだろう。
大の大人でも泣き崩れる拷問だ。
「鎮痛、鎮痛、鎮痛、冷静、鎮痛、鎮痛、鎮痛、冷静・・・・・・・・・・・・」
私は何重にも魔法を掛けてやるが、母親の悲鳴が響き続ける。
ショック死しないように痛みを和らげる鎮痛が利いていないのかと首を傾げる。
意識を投げ捨てて気が狂わないように冷静を定期的に掛けた。
長引けば、母胎も危ない。
押し出す水圧を上げようとした所で産婆が吠えた。
「お嬢ちゃん、焦るな。子供を産むって事はこういう事さ」
「焦っていません」
「そうかい。それならいいのさ」
産婆に私の心が見抜かれているようだ。
母親の悲鳴が脳裏を駆け巡って気持ち悪い。
大丈夫か?
「よし、出た」
動かなかった赤子の頭が出た瞬間、体もポンと飛び出した。
今までの停滞が何だった?
わあぁぁぁ、母親の悲鳴が響く。
臍の緒を切ったのを見て、私は急いで傷回復と体力回復の魔法を重ねて掛けた。
母親の息は荒いが悲鳴は終わった。
疲れた。
「お嬢ちゃん。助かった」
「いいえ。この二本のポーションを置いておきます。起きたら半分ずつ、母親と赤子に飲ませて下さい。それで大丈夫だと思います」
「そんな高価そうなポーションをポンポンと出すモノじゃないよ」
「後で死んだとか聞く事を思えば、気が楽です」
「そうかい。じゃあ、目が覚めたら飲ませておくよ」
「お願いします」
あれだけの痛みに耐えた母親は気を失った。
血だらけの赤子は洗われてから布に包まれた。
祈るように見ていたソリンとリリーも手伝ってくれる。
終わった。
帰ろう。
扉を開けると、町長のアンドレイとイリエらが飛び込んで来た。
「妻は、子供は、大丈夫ですか?」
「あぁ、二人とも良く寝ているよ」
「そうですか。よかった」
「おめでとうございます」
「アンドレイさん。お手当を宜しくお願いします」
さり気なく、リリーが変な事を言っていた。
無視だ。
どうでも良い。
「私は、私は、泣き声もしないので駄目と思いました」
町長は赤子の泣き声がしないので、やはり駄目だったかと思ったそうだ。
あぁ、私の所為だ。
もう悲鳴も泣き声も聞きたくなかった。
ソリンが血だらけの赤子の体を洗う時に泣きそうになったので冷静を掛けて黙らせた。
今は母子共にすやすやと寝ている。
門前宿に戻ると皆と別れた。
部屋に入ると、栄養ドリンクを飲んでうつむけの儘で死ぬように眠った。
本当に疲れたよ。
睡魔である。
朝、日が昇ってから一度も寝ていなかった。
12時間を越えから私ももう眠たくて仕方なく、門番さんに抱きかかえられて瞼が落ちるのと戦っていた。
夜目が見えるようにして、クゥちゃんに結界を張るように命じた時点で私の仕事は終わりだ。
狼如きに負ける訳がない。
門番さんの腕から降ろされた頃には、うっとりうっとりともう半分寝ていた。
意識が浮上すると、ソリンの悲鳴で目が少し覚めた。
隣のソリンが大きな狼に食われそうだった。
門番さんが振り返って槍を突く。
ここの兵士は弱い。
狼如きで苦戦しているのだ?
しかも20頭の狼如きだ。
兵士が一人三突きすれば済むと思っていた。
それが噛み付かれて混戦になっていた。
やっとそこから形勢が逆転だ。
クゥちゃんの結界など、お守り代わりと思っていたのに誤算も良い所だ。
逃げ出した狼を見て、私を襲って逃がす訳がないと『魔弾』を唱えた。
はい、おしまい。
瞼が何度も落ちて夢見心地だ。
もう限界。
私は草をベッドに横になった。
気が付くと私はヨヌツの背中にいた。
結界を張ると本人の意思なしで動かない。
クゥちゃんが“くぅ”と胸を叩く。
一度解除して張り直したと自慢する。
気の利く聖獣だ。
月が天高くまで昇っていた。
昨日は月の出が遅く、午後9時頃に狼と交戦した。
という事は午前3時頃か。
お腹が空く訳だ。
月から視線を下げるとソリンと目が合った。
「ジュリ、おはよう」
「おはよう」
「もうすぐ門に付くわ」
「そうか」
ソリンを背負っているイリエが苦しそうな顔になっている。
逆にソリンは幸せそうだ。
私を背負っているヨヌツは平気な顔をしている。
「なぁ、もう歩けるだろう」
「まだ無理。もう少し」
「ヨヌツ。代わってくれ」
「お前がソリンを背負うと言った。最後まで責任を取れ」
最初は体格のいいヨヲルがソリンを背負い、イリエが私を背負う予定だった。
だが、ソリンがイリエに背負って欲しいと頼み。
イリエが「俺に任せろ」と胸を叩いた。
ソリンとイリエは体格が変わらない。
最初は平気だったが、段々と足が重くなって疲れた顔を見せていた。
「ソリンがこんなに重いとは・・・・・・・・・・・・ぐぐぐぅぅ」
肩から回していた腕がイリエの首が絞める。
ソリンが「何か言った? 何か言った?」と問い質す。
女の子に体重の事をいう哀れな末路だ。
イリエが絞まっている腕を手で叩いているが、ソリンはしばらく解く様子はなかった。
馬鹿な奴だ。
門に到着すると門番さんと別れた。
門番さんは狼の報告に、私達は妊婦に元に急いだ。
ヨヲルは門前宿に送ると言ってくれたが、ここまで乗りかかった船だ。
「妊婦の無事を見てから帰ります」
「そうか。ジュリが来てくれる安心だ」
「私は妊婦に詳しくないですよ」
もちろん嘘だ。
何度も転生を繰り返し、母親になった事もある。
出産の大変さは知っている。
くつろげるように風魔法冷静を掛けて、痛みが緩和できるように水魔法鎮痛を重ねる事はできる。
それだけで気分的に楽になる。
体力が落ちているなら体力回復の『癒やし』もありだ。
間違っても治療になってしまう回復や再生は厳禁だ。
何ヶ月も掛けて広がった赤ちゃんが通る道が元に戻ってしまう。
それで赤ちゃんが出られない。
そのまま数ヶ月もお腹に留まり続けて、これでもかと言うほどお腹が膨らみ、大変な事になった事になった。
何か大変かって?
赤ちゃんが大きくなり過ぎて出るに出られなくなったのだ。
私は帝王切開という荒技で取り出したが、これが悪魔の所業と言う事で大問題になったのだ。
母親の腹を割いて出てくるのは魔族のみだった。
酷いイチャモンだ。
母親のお腹に寄生する魔族と帝王切開を同列にされては堪らない。
私はお妃様と皇太子を助けたのに?
敵対貴族に王様が付き、国を二つに割って戦争とか可怪しいだろう。
もちろん、勝ちましたよ。
王妃側の大勝利だ。
産まれたばかりの赤子が王様だ。
只の侍女だった私は宰相と大将軍を兼任する時の権力者へ出世して、国を背負わされて大忙しだった。
子に、孫と、王国から帝国へ三代の奉仕に寝る間もない。
超ブラック企業だった。
魔法で回復できる世界では過労死がない。
死ぬまでこき使われた人生だった。
あの失敗はもうするまい。
第3区の町長の家に入ると妊婦の表情が少し和らいでいた。
まだ苦しそうな息を吐いていたが、一時ほどの激痛が無くなったと言う。
産婆は腹を摩り、様子を伺う。
顔が険しい。
「こりゃ、駄目だね」
「婆さん。何が駄目なのだ?」
「赤子が死んでおる」
「まさか!?」
私がちょこんと手を上げると、産婆の婆さんがこっちを向いた。
「手を上げて何のつもりだい。お手上げとか冗談を言いたいのか?」
「まさか」
「邪魔をしてくれるな。死んだ赤子を取り出さないと母親の方も危なくなる」
「私にも見せてくれませんか?」
「産婆の真似ごとか」
「産婆は出来ませんが、薬なら作れます」
私はポーチから体力回復ポーションと傷回復ポーションを取り出した。
産婆はそのポーションを受け取ってじっくりと見る。
医者の真似ごとをしているのでポーションの威力をよく知っていた。
「その年で薬師とは恐れ入る」
「薬師というほどではありません」
「好きにしな」
私は大きなお腹に手を当てた。
魔力を通して、索敵魔法の応用でソナーの代わりに魔力を使う。
魔力が反射して見えないお腹の中が脳内に浮き上がった。
「臍の緒が首に巻き付いたのが原因です」
「確かにそんな赤子を出した抱いた事もあった」
「首に巻き付いても問題はありません。しかし、巻き付いた儘で赤子が逆さまになって臍の緒が千切れそうになったようです」
「そりゃ、災難だ」
「伸びきった緒が二つに折れて、血液が巡らなくなって赤子も暴れたようです」
「血液って、何だい」
「血の事です」
「あぁ、そう言えば、臍の緒を切ると血が止まらない妊婦がいたな。血を出し過ぎると死んでしまう妊婦もおる」
「今回はその緒が二つに折れて血が通わなくなったのが原因です」
「では、赤ん坊は・・・・・・・・・・・・」
「諦めな」
「まだです」
「・・・・・・・・・・・・助けるつもりかい」
「まだ、死んでいません」
産婆が医者でない事を思い知る。
簡単に死を受け入れた。
でも、死んでいなければ、大抵は何とかなるのが魔法の世界だ。
諦めるなんてトンでもない。
私はお腹の中にある羊水を水魔法の応用で流れを作り、逆子を正位置に戻し、首に巻き付いた臍の緒を取った。
流れを作る度に母親が苦しみ、途切れ途切れでやり直す。
滅茶苦茶で繊細で面倒臭い。
母親には体力回復ポーションを与えて回復させると、死にかけている赤子に体力回復の『癒やし』と現状復帰の『回復』を重ね掛けた。
繋がっているので、片方だけに掛けるなど無理だった。
母胎も一緒に回復する。
だが、このまま放置すると王妃様と同じ悪手になる。
「ジュリ。どうなっているの?」
「赤子を回復させました」
「そんな事ができるのか?」
「死に掛けた人を全快させる事もできますよ。もちろん、失われた欠損部や流れ出た血は戻ってきません」
「どれ、ちょっと見せてみ」
産婆が腹に耳を当てると、赤子の心臓の音を聞いた。
産婆の黄色気味た歯が笑みと一緒に零れた。
「こりゃ、驚いた。本当に生き返っておる」
「最初から死んでいません。弱って心臓が止まり掛けていただけです」
「同じ事さ」
「ですが、ここからが問題です」
母親も赤子も失った部分はない。
どちらも完全回復だ。
赤子を産む為に緩んでいた子宮の道も完全に閉じてしまった。
産婆の記憶を除いても帝王切開の記憶はない事を確認する。
個人的には腹を割いて、赤子を取り出した方が楽なのだが止めておこう。
残る手は1つだ。
水魔法鎮痛を何重にも重ね掛けして、子宮の道を強引に開いて赤子を取り出す。
「じゃあ、お嬢ちゃん。やっておくれ」
「行きます。お母さんも良いですか?」
「はい」
「凄く痛いと思いますが、耐えて下さい」
子宮の道に空間魔法で強引に広げる。
鎮痛の魔法が効いているかと首を傾げるほど、母親が悲鳴を上げる。
腹に杭を刺すような痛みだろう。
苦痛耐久スキルとかを持っていてくれると助かるのだが、一般人にそんなスキルはない。
例えるなら、魔女狩りの拷問器具を挿入されたような気分だろう。
やっている私の方が罪悪を感じる。
裂かれた肉から血が飛び出し、水魔法で出血を止めながら体力回復の魔法を掛けておく。
ここで傷回復の魔法を掛ければ、広がった空間が元に戻ってしまうので出来ない。
永遠に続くような痛みを耐えて貰う。
広さを確保すると、洋膜を破って破水させる。
そこから赤子を押し出してゆく。
「ここからだよ。頑張りな」
産婆の声が母親を激励する。
うわあぁぁぁぁぁ、母親の悲鳴が部屋中に響く。
そりゃ、そうだ。
裂けた傷の上に赤子が通る。
例えるならば、刀傷の上に塩を塗るような痛みだろう。
大の大人でも泣き崩れる拷問だ。
「鎮痛、鎮痛、鎮痛、冷静、鎮痛、鎮痛、鎮痛、冷静・・・・・・・・・・・・」
私は何重にも魔法を掛けてやるが、母親の悲鳴が響き続ける。
ショック死しないように痛みを和らげる鎮痛が利いていないのかと首を傾げる。
意識を投げ捨てて気が狂わないように冷静を定期的に掛けた。
長引けば、母胎も危ない。
押し出す水圧を上げようとした所で産婆が吠えた。
「お嬢ちゃん、焦るな。子供を産むって事はこういう事さ」
「焦っていません」
「そうかい。それならいいのさ」
産婆に私の心が見抜かれているようだ。
母親の悲鳴が脳裏を駆け巡って気持ち悪い。
大丈夫か?
「よし、出た」
動かなかった赤子の頭が出た瞬間、体もポンと飛び出した。
今までの停滞が何だった?
わあぁぁぁ、母親の悲鳴が響く。
臍の緒を切ったのを見て、私は急いで傷回復と体力回復の魔法を重ねて掛けた。
母親の息は荒いが悲鳴は終わった。
疲れた。
「お嬢ちゃん。助かった」
「いいえ。この二本のポーションを置いておきます。起きたら半分ずつ、母親と赤子に飲ませて下さい。それで大丈夫だと思います」
「そんな高価そうなポーションをポンポンと出すモノじゃないよ」
「後で死んだとか聞く事を思えば、気が楽です」
「そうかい。じゃあ、目が覚めたら飲ませておくよ」
「お願いします」
あれだけの痛みに耐えた母親は気を失った。
血だらけの赤子は洗われてから布に包まれた。
祈るように見ていたソリンとリリーも手伝ってくれる。
終わった。
帰ろう。
扉を開けると、町長のアンドレイとイリエらが飛び込んで来た。
「妻は、子供は、大丈夫ですか?」
「あぁ、二人とも良く寝ているよ」
「そうですか。よかった」
「おめでとうございます」
「アンドレイさん。お手当を宜しくお願いします」
さり気なく、リリーが変な事を言っていた。
無視だ。
どうでも良い。
「私は、私は、泣き声もしないので駄目と思いました」
町長は赤子の泣き声がしないので、やはり駄目だったかと思ったそうだ。
あぁ、私の所為だ。
もう悲鳴も泣き声も聞きたくなかった。
ソリンが血だらけの赤子の体を洗う時に泣きそうになったので冷静を掛けて黙らせた。
今は母子共にすやすやと寝ている。
門前宿に戻ると皆と別れた。
部屋に入ると、栄養ドリンクを飲んでうつむけの儘で死ぬように眠った。
本当に疲れたよ。
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無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
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