鉄の城に砂の唄が呻く

でぃ.

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「はぁっ...はぁ、っ...」

「気持ちいい?」

「っ、く...はぁ...ッ」

「ねぇ、きもちいかって」

「っせ...は、なし...かけ...んなッ」

「たいちー」

「甘えた声、ッ...すんな...きしょ...い...」

「ねーねー」

「大体気持ちぃ...ッて...なに」

「苦しい?」

「見て分かん、ッ...だろ!!」

我慢の限界を突破した俺が腹立ち紛れにルームランナーから飛び降りる。ルームランナーのモニター越しに頬杖を付いて俺をニヤニヤ眺めていた雪嶋さ...もう敬称なんて付けない、雪嶋にズカズカと歩み寄ってその頭をはたいた。...と思っただけで実際は軽く避けられて当たらなかったけれど。

「ずっと走ってんだもんよっぽど気持ちいんだろうなって」

「なんでついてくんの」

「会長に言われてんの、お前の事大事にしてって」

「何だそれ」

「なんか、気に入ってるみたいよ、お前のこと」

「なんで」

「さぁ」

まだあと3kmキロは残っていた、勝手に回り続けるルームランナーのベルトを停止させて、俺は足元のペットボトルを拾った。それを口に付けて一飲みしたら、ヘラヘラ笑っている雪嶋を一瞥してから背を向けて。
雪嶋の気配は背後から消えないから、とどのつまり、着いてきているのは直ぐ分かったけれど。

「何kmキロ走ったの?今日」

「20ぐらい」

正確には17kmキロだけど、お前のせいで、走りたい分に足りてないけれど。
恨み言は半分、まぁ、それはそれとして。
会長になんかそれこそ一回だって会ったこともないって云うのに、それが何故。

「あっつー...」

「タオルあるよ」

「その設定はセコンドなのコーチなの」

「超絶美人の敏腕マネージャー」

「女だったらな、最高なのにな」

腕で額を拭って大きく呼吸をして。
目を開けたら、目の前に差し出されていたフカフカ手触りのそれを反射的に受け取って視線を上げた。
頭から首へ伝って行く汗を乱雑に拭きながら、睨むみたいなじっとりした視線を向ける。目の前で飄々として笑う雪嶋の表情はいつも掴みどころがないなと思うけれど。
タンクトップに短パンなんて定番中の定番な格好の俺とは正反対、真っ黒なスーツに身を包んだいつもの格好はそのままで、ジムの室内にはおおよそ異質過ぎて浮きまくっているけれど。

「スパーリングとか出来るけど、やる?」

「だから折れてんのよ、これ、ねぇ」

やれるもんならとっくにやってる。ダンベルだってベンプレだって、これだけ立派な機材が揃ってて、やらないでいる方が拷問な気がする程の環境を。指咥えて走るだけで我慢していた俺にわざとらしく声をかけてくるある意味鬼コーチを一睨みしてその眼前に突き出す、ぐるぐる巻きの腕を。

「寄せ書き書いてやろうか」

「うっせ」

取られた腕を口許に寄せて笑う。

「雪嶋さんもなんかやれば、好きなんでしょ」

「すげーねお前」

「なにが」

「鍛えてんの、なんで解ったの」

「見りゃ解るじゃん、え?」

「へぇ~」

「もうなんなのさっきからニヤニヤすんな」

「はいはい」

なんでニヤニヤ笑うのかも解んないし、俺に構いまくるのも意味が解んない。あの日から毎日毎日飽きもせずベッタリくっ付いてずっと。
仮に会長に気に入られたのが本当だとしたって、これじゃどっちが護衛で雇われてるんだか分かりゃしないなんて、そんな自虐を感じる程に。

「良いなぁ俺のと腕取っかえてよ」

「自業自得だろ」

「だって」

「まぁでも、楽しみだよ。お前とヤれんの」

「言い方!!」

「おもろい反応するから」

「コレだから顔ばっかり良い奴はさぁ!!」

からかわれているのは解るけど、出会ったあの日からこの男はしょっちゅうこうだけど、それでも。
どうしたってこの顔面に気圧けおされるし慣れようもない。綺麗なもんは綺麗だし、色っぽいもんは仕方がない。
例によって何度となくこの顔面に迫られて、その度にちょっと恥ずかしい気になって視線を逸らす事しか出来なくなるから。

「意地悪な事聞いていい?」

「何が」

「ケツ、治ったの?」

「距離感もどっかやった上にデリカシーまで失くしたの!?」

「ひでー言われよう」

「ったりめーだよ」

「で?」

「え?」

「どうなの」

「なにが」

「だからケ...」

「治ったよバカ!!もうあっち行け!!」

本当に、どういうつもりか何もかもがさっぱり分からないけれど、初めて会った時もそう、この人の下に付くと決めた時もそう、それからことある毎にこうして、変なからかわれ方をして、毎回茶化されて笑われる。出会い方が出会い方だったからなのは勿論解るけれど、俺が最初にどうでもいいみたいな事を言ったからなのはそうだろうけど、でも。だからっていつまでもいつまでもそんなにしつこく笑われたら、さすがの俺だって多少思う所は出てくるもので。
一応俺だって生きてる人間で、尊厳に関しちゃどうでもいいなんて言いながらちゃんと踏みにじられた自覚はある。何でもない振りして平気なフリして、それでも笑って茶化していないと、自分が惨めでみっともなくて可哀想だから、だから見ないふりして、全部に蓋をして見なかった事にしているだけなのに。
それをどうして、何度も何度も性懲りも無く掘り返して、そしてバカにして笑ってくるんだろうって。もしかして俺の事が嫌いなのかなって、そんな風にすら思えもしてくるから。

「怒った?」

「怒ってねーよ」

距離を詰めて来るからどんどん壁に追いやられて行って、だだっ広いジムの中のその本当に隅の隅に大の大人が二人、ちょっとだけ俺より高い視点が俺の顔に影を作って、それで。
上から見下ろされてるのは解る、例の飄々として掴めない、バカみたいに整った笑顔を浮かべて。

「なんで泣きそうなの」

「...腕がいてーからだよ」

そんなに詰められても、俺には何もどうしようもない。泣きそうな顔をしているだなんて、それを言われて初めてああそうなんだって他人事みたいに思ったレベルのメタ認知で、それでどうやって正確に返事が出来るんだって、他責に満ちるしかない視線を上げたら案の定視線が絡んだけれど。

「小学生みたいな事してごめんな」

「は?なに...?」

混乱する俺の横髪に、するりと指を通す雪嶋がまたふわりと笑って。

「構いたくなって、つい」

「こなれてんね」

この顔面にそんな事言われたら、そりゃぁまぁ、ある程度の人間はどうにかなると思うよ、思うけど。
だってすげー男前だもん。こればっかりは仕方ない、天性の授かったモン。

「まぁ、利用出来るなら使わないとな」

「ボインのおねーちゃんならまだしも」

「巨乳派なんだ?」

「何だよわりーかよ」

「全然、良いよなやらかくて」

「男の夢だよな」

お互いのへきを暴露し合って、それで何がどうなる訳でもないけれど。軽口叩きあってそれで何がどうなるでも無い事は分かっていても。

ちゅ。

「...え?」

横髪から後頭部に回った手の平に襟足を握られて、ギッ、て上向かされて。

「え?」

気付いた時には何もかもが終わっていたけれど。
少しだけ距離が空いたことで焦点が合って、直ぐにその表情は解ったけれど。
お互いキョトン顔で目をぱちぱちさせて、絶妙に引き攣ったみたいな、張り付いた笑顔みたいなのが俺と、なんでか解んないけど目の前の顔も多分似たような状態で。

「いやあの、あれ...」

事の張本人がなんか、なんか狼狽えて変な顔すんのは、それはずるいって。

「明日また家行くから、じゃ」

「えっ...え、え...あのッ」

俺より先に我に返った雪嶋が踵を返して俺に背中を向けるそのタイミングで俺も我に返って、なんでもいいから適当に言ってその背を呼び止めようとしてみたけれど。

俺がもたもたしているその間に。

「待っ、あの...雪嶋さん!!」

まともな声がやっと出たのと同じタイミングで。

出入口の自動扉が閉まった。
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