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しおりを挟む第1話「隕石が落ちた夜」
その夜、俺は妹とくだらないことで言い合いをしていた。
「お兄ちゃん、またテスト赤点ギリギリだったんでしょ?」
「ギリギリ“じゃない”からセーフなんだよ。そこ大事」
「どっちでもダメだよ」
いつも通りの、他愛もない会話。リビングのテレビでは、どこか遠い国の情勢だの、芸能人のスキャンダルだのが流れていて、俺――神代晴斗の世界は、明日も今日と同じだと信じ込んでいた。
窓の外で、ふいに空が光った。
「……ん?」
稲光にしては、妙に長い。白とも青ともつかない光が、夜空を斜めに走っている。
俺と妹・凛は、同時にベランダへ出た。
「流れ星……じゃないよね、あれ」
空の端から端へ、太い光の線が引かれている。ゆっくり落ちているように見えるのに、距離感がおかしい。雲の上か、それとももっと高い場所か。
スマホを構えながら、俺はつぶやいた。
「ニュースでなんか言ってたっけ、これ」
その瞬間、世界が一瞬だけ、静止した。
音が消えた――と錯覚するほどの圧力。心臓がぎゅっと掴まれたような違和感。
視界の端で、凛が「え……?」と口を開いたまま固まっている。
テレビの音も、外の車の走行音も、全部が遠ざかっていく。
――ドンッ。
空のどこかで、鈍い衝撃音がした。鼓膜というより、骨に響く重低音。
次の瞬間、遅れてやってきた光が、街全体を真昼に変えた。
「なに、今の……」
思わず目を閉じる。まぶたの裏を、白い残像が灼く。
足元がふらついた。地震かと思ったが、揺れているのは世界じゃなくて、俺の感覚のほうだった。
――そして。
【システムエラー:新規ユーザー検知】
【暫定アカウント『KAMI SHIRO HARUTO』登録完了】
目の前に、青白いウィンドウが開いた。
「…………は?」
まるでゲームみたいなウィンドウが、空中に浮かんでいる。
透明なガラス板に、白い文字が並んでいた。
【ステータスを初期化しますか?】
【はい/いいえ】
心臓が跳ねる。背筋がぞわぞわと粟立つ。
これは夢だ。寝落ちして見ている夢だ。そう思いたかったけど、頬をつねるまでもなく、冷たい夜風が現実を主張していた。
「お兄ちゃん、今……なんか、出てない?」
凛の声が震えている。
俺はゆっくりとベランダのガラス戸を振り返った。そこにも、同じようなウィンドウが映っていた。
【新規スキル枠解放】
【スキルポイント:1】
スキルポイント。
ゲームで散々見てきた単語が、現実に浮かんでいる。
テレビの音が唐突に戻った。
『――各地で観測された巨大隕石群は、目前で謎の消失を……繰り返しますが、現在のところ被害の情報は――』
ニュースキャスターの声が震えている。それでも、あくまで「落ちなかった」と強調している辺り、国としての方針なんだろうか。
でも、俺の眼前には、消えないウィンドウがある。
【ステータスを初期化しますか?】
「……これ、見えてる?」
「うん……何これ、ゲーム? バグ? やばいやつ?」
凛にも見えている。俺だけの幻覚じゃない。
ゆっくりと息を吸って、吐く。震える指で、俺はウィンドウに手を伸ばした。
「とりあえず、“はい”でしょ……?」
指先が「はい」に触れた瞬間、視界が一瞬だけ暗転した。
【ステータス初期化――完了】
【基本ステータスを表示します】
次々とウィンドウが重なっていく。
そこには、現実の俺の情報が、ゲーム風に並んでいた。
==========
名前:神代 晴斗
レベル:1
職業:未設定
HP:10/10
MP:3/3
STR:3 VIT:2
DEX:4 INT:5
LUK:1
スキルポイント:1
==========
「……うわ、弱っ」
思わず自分でツッコむレベルの雑魚ステータス。
でも、笑っていられたのはそこまでだった。
【ダンジョンシステム、ロールアウト準備中】
【近傍エリアに、低レベルダンジョンゲートを生成します】
「は?」
新しいウィンドウに、点滅する地図が表示される。
天ノ宮市の簡略地図。その中心部、見慣れた駅前の地下に、赤いポイントが灯っていた。
【ダンジョン名:天ノ宮駅前地下迷宮(仮)】
【推奨レベル:1~5】
冗談じゃない。
俺の通学路の真下に、ダンジョンができた。
喉がからからに乾く。けれど、同時に、胸の奥で妙な感情が暴れ出す。
(もし、これが本物なら――)
現実が、ゲームみたいなルールで動き始めた。
だったら、“弱いまま”でいられるわけがない。
そのとき、ポケットのスマホが震えた。
見慣れた連絡帳の中、ひときわ目を引く名前。
月城朱音からのメッセージだった。
『神代くん、今、空見てた? ――明日、少し話せる? 大事な話』
俺は、画面と、宙に浮かぶステータスウィンドウを交互に見た。
隕石が落ちた夜。
この瞬間から、俺の平凡な人生は、もう元には戻らない。
(……いいだろ。やってやるよ)
俺は震える指で、もう一度ウィンドウに触れた。
【スキルポイントを割り振りますか?】
世界が静かに、「ゲーム開始」の合図を告げていた。
―――第1話 了―――
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