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9話
しおりを挟む第9話「暴走の兆しと、影の守護者」
蓮が影の奥へ走り込んだ瞬間、空気の色が変わった。
まるで酸素が奪われるような重圧が広間を支配し、肌が粟立つ。
「蓮ッ!! 戻れ!!」
俺が叫んでも、蓮は耳に入っていない。
力を求めて前だけを見ている――その姿は、昨日の“舞い上がっていた蓮”とは全く違う。
朱音の声が緊迫した響きを帯びる。
「神代くん!! 蓮くん、誘導に飲まれてる! このままじゃ——」
「わかってる! 止める!!」
影の最奥。
巨大な人影が浮かび上がる。
鎧に似た輪郭。
だがその中は空洞のようで、真っ黒な霧が渦巻いている。
【シャドウガーディアン】
【危険度:高】
【推奨レベル:20以上】
【中層ボス】
(……ヤバい……これは昨日のホブゴブリンどころじゃない)
影の守護者がゆっくりと剣を構えた瞬間、蓮が吠えるように叫んだ。
「来いよオラァァァ!! 俺でも……やれんだよ!!」
「蓮!! バカっ!!」
蓮のバットが影へと振り下ろされる。
しかしその刃は――触れた瞬間、砕けた。
「……え?」
次の瞬間、影の剣が蓮の体を薙ぐ。
「蓮ッ!!」
俺は全力で駆け、蓮の体を抱きかかえるように押し倒した。
刃が俺の頬をかすめ、熱い血が流れた。
危なかった——ほんの1秒でも遅れていたら蓮の首が飛んでいた。
「いってぇ……嘘だろ……なんで効かねぇんだ……なんで……!」
蓮は悔しさで震え、涙さえ浮かべている。
「蓮、お前……焦りすぎなんだよ!!」
「俺は……俺は……強くなりたかっただけだ!! なんで神代だけ……!!」
一瞬、胸が痛む。
しかし今は、それどころじゃない。
「朱音! 蓮を頼む!!」
「任せて! 神代くん、気を付けて……あれ、本物の“殺しに来る敵”よ!!」
「わかってる!!」
俺は立ち上がり、シャドウガーディアンと向き合った。
◆
影の守護者は一切の感情もなく、ただ“殺すための動き”で迫ってくる。
一歩踏み出すたび、床石が割れる。
(っ……重い……! これ、本当に中級者向けの敵かよ!!)
「来いよ……!」
影の剣が振り下ろされる。
俺はギリギリで横へ転がり、拳で斬撃の軌道に割り込もうとした。
「っ!! 硬すぎる……!」
手に痺れが走る。
殴っても殴っても、影はほとんど揺らがない。
(俺のステータスじゃ……まだ足りない……?)
焦りかけたその瞬間、背後から朱音の声が飛ぶ。
「神代くん! 一撃目の振り下ろしのあと、1.3秒だけ“力の溜め”が入る!
その時なら防御が薄くなる!!」
「ナイス、朱音!!」
敵の動きを“読む”。
朱音の索敵スキルがなければ、絶対に戦えない相手だ。
影が剣を構える。
溜め——1.3秒。
(今!!)
俺は床を蹴る。
世界が一瞬スローモーションのように伸びる。
「うおおおおおッ!!!」
拳を、影の腹部に叩き込む。
霧が爆ぜ、影が大きく後退した。
「効いてる……!」
勢いそのまま、拳と蹴りを連続で叩き込む。
影が揺らぎ始めたその瞬間——
【スキルポイントが閾値を突破しました】
【“特異枠スキル”の派生候補が出現します】
(スキル……! 今、俺に……!?)
脳裏に、青いウィンドウが広がる。
【新規特異スキル:『身体適応(オートアダプト)』】
【戦闘中、敵の動きに自動で反応・微調整する】
【要求スキルポイント:2】
(……いや、強すぎだろ)
「神代くん!! 来る!!」
朱音の叫びと同時に、影の守護者が剣を振り上げた。
今度は溜めなし。連撃だ。
(ヤバい……避けられない……!)
「取る!!」
俺は迷わず新スキルを選択した。
【スキル取得:『身体適応(オートアダプト)』】
【戦闘補正が発動します】
瞬間、世界の色が変わった。
敵の動きが勝手に体へ伝わる。
反応が、思考よりも速い。
(……これ、すげぇ……!)
足が勝手に動き、斬撃を回避する。
次の一撃も、その次も。
影の剣が触れる寸前で、身体が自然と“正解の位置”へ移動していた。
「これなら……!」
拳に力を込める。
「終わりだァァァ!!!」
一撃、二撃、三撃。
影の鎧が砕け、巨体が崩れていく。
【シャドウガーディアンを討伐しました】
【経験値取得:×10補正】
【レベル17 → レベル19】
影が光の粒となって消える。
◆
荒い息を吐きながら、俺はウィンドウを確認した。
⸻
▼レベルアップステータス(第9話)
==========
名前:神代晴斗
レベル:19
HP:112/112
MP:33/33
STR:41
VIT:34
DEX:38
INT:31
LUK:7
所持スキルポイント:4 → 2(新スキル取得に2使用)
獲得スキル:
・【身体適応(オートアダプト)】
・【成長補正×10】
==========
⸻
「はぁ……はぁ……なんとか……終わった……」
俺が膝に手をつきながら笑うと、朱音が駆け寄り、腕を掴んだ。
「神代くん!! 怪我は!? 無事!?」
「ちょっと切られたくらい。平気だよ」
朱音は胸をなでおろし、ほっと息を吐いた。
「本当に……無茶ばっかり……でも……ありがとう。蓮くんを守ってくれて」
「いや……蓮も俺たちの仲間だし」
ゆっくりと蓮のほうへ向き直ると、蓮は壁に背を預け、項垂れていた。
「……俺……何やってんだろな……」
「蓮……」
「強くなるのが怖いわけじゃねぇ。でも……神代みたいに強くなれねぇのが……それが悔しくて……!」
蓮は涙をこらえ、拳を握りしめた。
「でも……今はわかる。俺……まだ“戦う段階”じゃねぇって……」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。
「蓮。焦らなくていい。
俺が強くなった分、みんなも守る。ゆっくり来い」
「……神代……まじでお前……ヒーローかよ……」
蓮は泣き笑いのように顔を歪め、肩を震わせた。
そのとき、ダンジョン全体に低い振動が響いた。
「……ゲートが閉じ始めてる! 急いで戻るわよ!」
朱音の声に、俺たちは走り出す。
影の迷宮が崩れ始める中、俺たちは出口へ駆けた。
(まだ……始まったばかりだ)
新スキル。
蓮の覚醒。
学校に現れた異常。
(ここから先、もっと強くならなきゃいけない)
胸の奥で、強い決意が燃え上がった。
―――第9話 了―――
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