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8話
しおりを挟む第8話「影の中層、揺れる仲間」
ダンジョンに足を踏み入れてから、まだ数十分も経っていないはずなのに、外とは全く違う気配が体にまとわりついてくる。
空気は湿り、光の届かない影が地面から生えているようだった。
「ここ……本当に学校の裏にできたダンジョンなのか?」
蓮がバットを握りながら震えた声で言う。
「形状は周囲の“記憶”や“影”を元にできてるだけ。実際には異空間よ」
朱音は真剣な目で周囲を見渡す。
彼女の緊張の仕方は、昨日のダンジョンとは比べ物にならない。
(朱音でも、ここは“危険”って感じるのか)
そう思っていると、通路の奥から、数体の影が浮かび上がった。
細長い腕、白い仮面のような顔。
身体の輪郭が煙のように揺らぐ。
「来るぞ!」
◆
【シャドウインプ×3】
【危険度:中】
一体なら昨日倒したが、三体同時はまだ経験がない。
「蓮は後ろ! 俺と朱音で前に出る!」
「わ、わかった……!」
蓮は完全に怯えながらも、従っている。
昨日の蓮なら真っ先に突っ込んでいただろう。
だがこの空間は、そんな甘さを許さない“殺気”に満ちていた。
俺は深呼吸し、拳を握りしめる。
その瞬間――世界が少しだけ遅くなった。
(……来る!)
一体目が爪を振り下ろしてきた瞬間、体が勝手に反応した。
視界がクリアに、軌道がスローモーションに見える。
「はッ!」
拳が影の胸にめり込み、黒い靄が散る。
そのまま振り返り、別の一体の首元へ回し蹴り。
自分でも驚くほど滑らかに足が動いた。
(昨日より“動けてる”……!)
朱音も短剣で一体を牽制しながら的確に距離を取る。
「神代くん、左!」
「任せろ!」
最後の一体が飛びかかってくる。
俺は地面を蹴り――拳を真横から叩き込む。
影が霧散し、音もなく消えた。
【シャドウインプ×3を討伐】
【経験値獲得:×10補正】
【レベル14 → レベル15】
◆
ウィンドウが光る。
⸻
▼レベルアップステータス(第8話前半)
==========
名前:神代晴斗
レベル:15
HP:78/78
MP:18/18
STR:29
VIT:22
DEX:26
INT:22
LUK:5
所持スキルポイント:2 → 3
特異スキル:
・【成長補正×10】
==========
⸻
「……強っ……神代、マジでやべぇ……」
蓮が息を呑んで言う。
恐怖と羨望が混ざり合ったような目――それが少し気になった。
「蓮、無茶はしないでいいから。ここは俺と朱音で押す」
「……わかってるよ……けど……」
蓮は拳を握りしめ、唇を噛む。
(……不味いな。蓮、完全に“焦り”始めてる)
覚醒したての人間が、強者に追いつこうとして焦るのは一番危険だ。
朱音も気づいているのか、不安げに蓮を見た。
「相馬くん。無理に戦う必要はないわ。あなたの強さは、あなたのペースで育つの」
「……そう、だよな」
蓮は俯いたまま小さく答えた。
だがその声は震えていて、納得していないのがわかる。
◆
通路の奥に、薄明かりが広がってきた。
「中層だわ……気をつけて。ここから敵が“質”を変える」
「質?」
「ええ。影の中層は……敵が“形”を持ち始める」
その言葉の通り、開けた広間に足を踏み入れると――
黒い甲冑に身を包んだ影が一体、静かに立っていた。
長い剣を握り、周囲とは比べ物にならない“圧”を放っている。
【シャドウソルジャー】
【危険度:高】
【推奨レベル:15~20】
(推奨レベル15……ちょうど今の俺のレベル帯か)
「神代くん。……私たち二人で仕留めよう」
「蓮は下がってろ、絶対に前に来るな!」
「くそ……わかったよ!」
俺たちは武者影を挟むように前へ出た。
一瞬で理解した。
こいつは、昨日までの敵とはまったく違う。
「来る!」
影の剣が閃いた。
俺が避けるより速く――朱音が動いた。
影の剣を受け流し、短剣で切っ先を逸らす。
(朱音……速い!?)
朱音は低く呟いた。
「……本当は使いたくなかったんだけど――」
その瞳が、一瞬だけ紫に輝いた。
「《索敵視界(サーチビジョン)》――起動」
空気が震え、朱音の周囲に幾つもの光が散ったように見えた。
「このスキル……敵の動きを“線”で読むの。
――神代くん、右45度から切り上げが来る!」
「了解ッ!」
影の剣が右下から迫る。
言われるより速く身体が反応し、俺はその刃の上を飛び越えた。
(読める……動きが完全に見えてる!)
回転しながら、影の後頭部へかかとを叩き込む。
衝撃で鎧がひび割れた。
「今だ朱音!」
「任せて!」
朱音が影の胴へ短剣を突き立てる。
暗い煙が噴き上がり、影が揺らいだ。
「とどめだ……ッ!」
俺は拳を振り下ろし、影を地面へ叩きつけた。
砕け散る影。
静まり返る空間。
【シャドウソルジャー討伐】
【経験値獲得:×10補正】
【レベル15 → レベル17】
◆
新たなウィンドウが輝いた。
⸻
▼レベルアップステータス(第8話後半)
==========
名前:神代晴斗
レベル:17
HP:96/96
MP:25/25
STR:34
VIT:27
DEX:31
INT:26
LUK:6
所持スキルポイント:3 → 4
特異スキル:
・【成長補正×10】
==========
⸻
ステータス上昇の“衝撃”に思わず息を呑む。
(……強くなりすぎだろ俺)
そのとき、後ろから悔しそうな声が聞こえた。
「なんで……なんで俺は戦えないんだよ……」
蓮が拳を握り、震えていた。
影の中で光るその目は、危険な色を帯びている。
(まずい……蓮が“暴走一歩手前”だ)
朱音は表情を固くし、俺の袖を掴んだ。
「神代くん……蓮の精神、揺れてる。これ以上の刺激は危険よ」
(くっ……どうする)
俺が蓮に向き直ろうとしたその時。
――ズズッ……!
広間の奥。
さらに濃い影が、ゆっくりと形をとり始めていた。
「まだボスが……!?」
朱音が息を呑む。
蓮はその影を見て、一歩……いや、二歩前へ踏み出した。
「俺が……倒す……! 俺が、強くならないと……!」
「蓮!! やめろ!!」
だが蓮は聞かない。
光に溶けるように――暴走の兆しをまとって影へ駆け出した。
(止めねぇと……あいつ死ぬ!!)
俺は即座に駆け出す。
「蓮!! 待て!!」
朱音の叫びが背中を押す。
「神代くん!! 今の蓮は――危険!!
絶対に、一人にしちゃダメ!!」
闇の奥。
蓮を呑み込もうとする巨大な影が動き出した。
―――第8話 了―――
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