《最弱スキル《コピー》で世界最強 〜落ちこぼれ高校生、150日後に魔王を討つ〜》

あか

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5話

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第5話 「汚れた街と、少女の誓い」

 王都下層は、昼でも暗い。
 細い路地が複雑に入り組み、上層の建物の影が永遠に日光を遮る。
 臭いはいつも湿っていて、どこか鉄錆と腐肉を混ぜたような匂いがする。
 けれど、ギルドの周りだけは少し活気がある。商人、冒険者、露天商、行商人。
 生きるために這いつくばる人間の息遣いがある。

 そんな街の片隅で、俺は買い物袋を抱えて歩いていた。
 ガロンのパーティの雑用係としての仕事だ。
 包帯、薬草、油、火打ち石、そしてパン。
 地味だけど、命に関わる道具たち。

 ふと、後ろから声がした。

「レン!」

 振り向くと、シエラが駆けてくる。
 まだ脇腹には包帯が巻かれているのに、走る姿は元気そうだった。

「おい、無理すんなって言われただろ」

「もう平気だよ。ちょっと痛いけど、歩けるし」

「ちょっと痛いのが一番危ねぇんだよ……」

 呆れながらも、少し安心する。
 この数日で、彼女の表情がやっと“人間の顔”に戻ってきた。
 最初に会った時は、完全に壊れた瞳をしていたから。

 シエラは俺の隣に並んで歩く。
 尻尾が軽く揺れている。耳も元気そうに動く。
 周囲の人間は、ちらちらとその耳を見ては、軽蔑か恐怖の目を向けていく。

 俺の拳が自然に握られる。

「……やっぱり、まだ差別されてるんだな」

「うん。獣人は“亜人”って呼ばれて、奴隷にされることが多い。
 街で自由に歩けるのは、耳や尻尾を隠せる人くらい。
 私みたいなのは、珍しいでしょ?」

「珍しいっていうか……目立つな」

「ふふっ、褒め言葉として受け取っとくね」

 彼女は笑ったけど、その笑い方には少し寂しさが混じっていた。

 * * *

 ギルドに戻ると、ガロンが机の上で酒をあおっていた。
 マルタとベルクも揃っている。

「おかえり、雑用係。……買ってきたか?」

「はい。全部あります」

「よし。じゃあ今夜の仕事だ」

「仕事?」

「依頼だよ。王都下層・第五区の“夜市”に出る。
 盗賊上がりの連中が仕切ってる闇市だ。ギルドの情報網が手を出せねえ場所でな、
 そこに最近“人身取引”の噂がある」

 その言葉に、シエラの耳がピクリと動いた。

「……人身取引?」

「ああ。奴隷商人が暗躍してるらしい。ギルドは表向き“関係ない”って言ってるが、
 裏では何人かの冒険者が行方不明になってる。調べる必要があるんだ」

 ガロンが地図を広げる。
 その中心には、赤く丸がつけられた建物。
 そこには古い文字で書かれていた――【ラクラ商会】。

「商会、って……合法の店じゃないのか?」

「表向きはな。だが裏で“奴隷オークション”をやってる。
 王国の貴族まで関わってるって噂だ」

 シエラの顔から笑みが消えた。

「……私を売った奴らも、“商会”の人間だった」

「!」

 その一言で、空気が変わった。
 マルタが静かに煙草を置く。ベルクの目が細く光る。
 ガロンが低い声で言った。

「……そうか。なら、ちょうどいい。復讐ってやつは、燃料になる」

「ガロン、俺も行く」

「当たり前だ。むしろお前がいないと困る。
 お前のスキル、《模写》。相手のスキルをコピーできるんだろ?
 敵が使う“捕縛”や“支配”のスキルを奪えれば、証拠としてギルドに叩きつけられる」

「……わかりました」

「ただし、殺すな。あくまで“潜入”だ。いいな?」

「はい」

 シエラは俯いたまま、拳を強く握っていた。
 耳がぴくぴく震えている。
 その姿を見て、俺は小さく呟いた。

「……シエラ」

「……なに?」

「今回は、俺が前に出る。お前は無理するな」

「……でも」

「いいから。次は俺が“守る番”だ」

 彼女は驚いたように目を見開き、それから少しだけ笑った。
 「じゃあ、お願いね。レン」

 * * *

 夜。
 王都下層・第五区。
 街灯の代わりに吊るされた赤いランタンが、腐った光を放っている。
 路地の奥には、仮面をつけた男たち、酔っ払った貴族風の客。
 笑い声と悲鳴が入り混じる、異様な空間。

 マルタが囁く。

「ここよ。ラクラ商会の裏口。
 正面からは無理。衛兵が買収されてる」

 ベルクが針金を取り出し、錠前を開ける。
 カチリと音を立てて、扉が開いた。

 中は暗い倉庫。
 麻袋、木箱、そして檻。
 鉄格子の中には、人影がいくつも見える。
 目隠しをされ、鎖につながれた人間や獣人たち。

 ……胸が、締め付けられた。

「シエラ……」

「知ってる。この匂い。……“あの時”と同じ」

 彼女の瞳が鋭く光った。
 その瞬間、奥の通路から足音。
 ランタンを持った男が現れる。黒い服。背中には剣。

「誰だ――!」

 その声が響くと同時に、ベルクが飛び出した。
 が、敵はそれより速かった。
 瞬間移動のような動きで背後を取る。剣が光る。

「速いッ!?」

 マルタが叫ぶ。

 俺は即座にスキルを起動した。

「《模写》――対象、敵!」

 【対象:人間・闇商人(スキル《影歩き》検知)】
 【比較中……】
 【あなたの敏捷値が敵と同等です】
 【《影歩き》コピー成功】

 足元が一瞬暗くなり、次の瞬間、体が影と同化した。
 意識が裏返る感覚。空気の層をすり抜けるような感触。
 視界が黒と銀に反転する。

 敵の背中が見えた。
 俺はそのまま影から抜け出し、拳を叩き込んだ。

 鈍い音。
 男の顔が歪み、地面に叩きつけられる。

「なっ……貴様、俺のスキルを……!」

「“模写”って聞いたことないか?」

 男の目が見開かれ、そして気絶した。

 ガロンが近づいて、倒れた敵の体を蹴る。

「よし、捕らえた。証拠も確保だ。……蓮、やるじゃねぇか」

「十、分だけですけどね」

「十分あれば十分だろ」

 その言葉に、自然と笑いがこぼれた。

 その時、背後で鉄格子が鳴る音。
 シエラがそっと檻に触れていた。
 中の獣人の子供が、怯えた目で見上げる。
 シエラは微笑み、鍵を壊す。

「大丈夫。もう、怖くない」

 そして小さく呟く。

「……次は、誰も鎖につながせない。絶対に」

 その声には、弱さではなく、鋭い“決意”があった。
 俺はその横顔を見ながら、心の中で思った。

 ――この世界は、汚れている。
 でも、その中で“光”を作れるなら、俺たちはまだ負けていない。

 檻の中の子供がシエラの手を握った瞬間、
 薄暗い倉庫の天井から、黒い煙のような魔力が溢れ出した。

 マルタが叫ぶ。

「っ、まずい! 魔法の罠だ、逃げ――!」

 次の瞬間、床の魔法陣が青白く光った。

 轟音。
 爆風。
 視界が一瞬で白く染まった。

 耳鳴りの中で、俺は最後に聞いた。

「……レン、逃げて……!」

 シエラの声。
 その瞬間、光の中へ引きずり込まれた。
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