《最弱スキル《コピー》で世界最強 〜落ちこぼれ高校生、150日後に魔王を討つ〜》

あか

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4話

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第4話 ギルドの檻と、牙を向く者たち


 王都下層、冒険者ギルド・南支部。
 朝から濃い酒と油の匂いが充満する、雑多でざらついた空間。
 木製のカウンターの向こうでは、受付嬢が疲れきった顔で書類をさばいていた。

 鉄の看板に刻まれた文字は――【冒険者の誇り:己の血で刻め】。
 どう見てもスローガンというより警告文だ。

 俺は、昨日のスライム駆除の報酬を握りしめて立っていた。銅貨三十枚。
 見た目は地味だけど、今の俺には宝のように重い。

 受付の女性が、帳簿を確認して顔を上げた。
 黒髪を後ろで束ね、目元の鋭い眼鏡が光る。

「篠宮蓮くんね。昨日、仮登録済み。討伐確認、ガロン推薦……ふむ。おめでとう、正式登録完了よ。今日からあなたも“冒険者”の一員」

 手渡されたのは、鉄製のカード。角が欠けて、薄く錆びている。
 でも、間違いなくこれは身分証だ。初めてこの世界で、“存在を証明する札”をもらった。

「……ありがとう、ございます」

 震える声でそう言うと、受付嬢は少し笑った。
 「そんな顔しないの。初日はみんなそうよ。死ぬか生きるかで、世界が変わるんだから」

 そう言って、彼女はカードに刻印を押した。
 淡い青光が走り、俺の名前が文字として浮かび上がる。
 【篠宮蓮/ランクF/スキル:模写(コピー)】

 ――Fランク。最底辺。
 でも、始まりはいつだってここからだ。

 * * *

 ガロンのパーティ「鉄牙の群れ」は、ギルドでもそこそこ有名な“中堅以下”のチームだという。
 リーダーがガロン。近接火力担当。
 魔法使いマルタ、支援兼罠解除のベルク。
 そして――昨日拾われた俺。

「掃除! 早くやれ新人!!」
 ベルクが叫ぶ。
 細身で毒舌、銀髪を後ろで縛った青年だ。片目に包帯をしている。

「はいっ!」

 俺は床を磨きながら返事する。ギルドの酒場裏、道具置き場。
 雑巾の代わりにぼろ切れを握り、汗だくになりながら必死に動く。

「ったく、拾いもんのガキがパーティ入るなんて聞いたことねぇ。あんた、どんなツテ使ったんだよ」
「拾ったのは俺だ。お前ら、ケチケチ言うな」ガロンが笑う。
「こいつ、十、分で兵士を止めたんだぜ。見込みはある」

「十分で、ねぇ……」
 マルタが煙草をくわえながら笑った。年増の女魔法使いだ。
 「それ、十分経ったら死ぬじゃないの?」

「うまくやれば、十分で敵が死ぬんですよ」
 俺は笑って返した。
 するとマルタが目を細めて、「へぇ」とだけ言った。
 それ以上何も言わなかったけど、その“試すような目”が少し怖かった。

 昼すぎ。
 パーティ全員で小規模な依頼に出ることになった。内容は「廃倉庫の盗賊掃討」。
 下層では頻発する事件らしい。

「お前は後方で見てろ。動くな。死ぬぞ」
 ガロンが言う。
 俺は頷いた。まだ無茶はできない。けど、見て学ぶことは山ほどある。

 倉庫に入ると、すぐに戦闘が始まった。
 マルタの火球が飛び、ガロンの斧が盗賊を弾き飛ばす。ベルクは背後から急所を突く。
 動きが速い。無駄がない。
 俺とは、まるで世界が違った。

 でも――

 「敵の動き、次は左下、踏み込みが浅い!」

 気づいた瞬間、叫んでいた。
 観察の癖だ。兄貴と比べられて生きてきたせいで、人の動きを細かく見る癖がある。

 ベルクが俺の声で一瞬体をずらし、その盗賊の刃を紙一重で避けた。
 振り向いて、信じられないって顔をする。

「今の……見えてたのか?」

「なんとなく。癖、です」

「はは、マジかよ……」

 戦闘は数分で終わった。
 ガロンたちは盗賊の縄を縛り、俺の頭を軽く叩いた。

「悪くねぇ。声かけ一つで生き残れるやつが増えるなら、それもスキルだ」

「スキル……じゃ、ないと思いますけど」

「そういうのを“戦場の勘”って言うんだよ」

 マルタが肩をすくめて笑う。
 「コピーばっかじゃなくて、自分の頭も使いな。そういうの、伸ばしときな」

 ――初めてだ。
 “認められた”という感覚。

 王城では「不要」と切り捨てられた俺が、ここでは「役に立つ」と言われた。

 胸の奥が、熱くなった。

 * * *

 依頼を終えてギルドに戻ると、広間で騒ぎが起きていた。
 テーブルが倒れ、冒険者たちが口論している。
 その中心には、派手な服を着た若者――別支部の上位パーティ《白鷹》の連中だ。

「おいガロン! 聞いたぜ、ゴミ拾いを仲間に入れたってな!」
 「模写」と刻まれた俺のカードをひったくり、男が笑う。
 「十、分だけ真似? ははは、そんなもん誰が使うんだよ! 魔法も剣も中途半端な“劣化コピー”じゃねえか!」

 ギルドの空気が一瞬で冷えた。
 ガロンが立ち上がろうとするのを、俺が止めた。

「……いいです」

「は?」

「俺のスキルが“ゴミ”かどうかは、そのうちあんたが知ることになる」

 静かに言ったつもりだった。
 けど、笑っていた《白鷹》の男が、明らかに顔色を変えた。

「……言うじゃねぇか。じゃあ試してみるか? ここで」

 テーブルを蹴り倒し、剣を抜く。
 ギルドの空気が一気に緊張した。
 受付の女性が慌てて止めに入ろうとする。だが、遅い。

「やめとけ、ガキ」
 ガロンが言った。
 「こいつらは“本物のクズ”だ。ギルドの看板使って威張るだけの連中。関わるだけ無駄だ」

「……でも、引くのはもっと無駄です」

 俺は短剣を握った。
 相手は上級冒険者。俺より強い。
 けど、“弱って”もらえれば、コピーできる。

「《模写》――対象:白鷹リーダー」

 脳内に光が走る。
 【比較中……】
 【対象の精神値が一時的に動揺中。コピー条件を満たしました】
 【スキル《剣技:飛燕》を模写します】

 剣を構えると、体の奥に何かが入ってくる感覚があった。
 刃の軌跡が、自然に見える。
 あの技の“癖”が、手の中に馴染む。

「なっ……おい、それ俺の――!」

 男が叫ぶ。
 俺は一歩踏み出し、剣を振る。

 空気を裂いた。
 わずかな風圧が、相手の頬をかすめた。

 ほんの一瞬だった。
 けど、《白鷹》のリーダーは後ずさりした。完全に反応できなかった。

 ギルド内が静まり返る。

「これが、俺の“十、分”です」

 俺は短剣を鞘に戻した。
 男は唇を噛みしめ、何も言えないまま立ち去った。

 ガロンが、笑って肩を叩く。

「ははっ、上出来だ。“十分”でも十分ってわけだな」

「……ありがとうございます」

 マルタが煙草をくわえてぼそりと言う。
 「ねえ蓮。あんた、覚えときな。力を見せすぎると、今度は狙われる。……このギルドも、安全な檻じゃないのよ」

 その言葉が、妙に胸に残った。
 “ギルド”という檻。
 守ってくれる場所であり、同時に縛る場所でもある。

 この世界には、まだ知らない“敵”がいくらでもいる。

 そして俺の《模写》は――
 その“敵”の力を、誰よりもうまく盗めるスキルだ。

 笑い声と罵声が再び広間に満ちる中、
 俺はひとり、静かに心の中で決めた。

 ――俺の十、分で、この世界を覆す。

(第4話・終)



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