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長夜
しおりを挟む「でさぁ、本当に頭くる訳。あの市議野郎っ!おれたちが反対できないのをいいことに好き勝手だ。くそ! 今度の市長選を盾にごり押ししてくるなんて、脅迫だぞ」
今日の出来事を思い出すだけで腹が立つ。ニヤニヤと気味の悪い醜い笑みを見せていた老人を思い出しただけでムカムカとしていた。
しかし目の前に座って読書をしている雪はたいして興味もなさそうだ。
「あのさ! おればっかり悪口言って。お前はない訳?」
「悪口? あるよ」
「な、なんだよ。聞いてやるから言えって」
「実篤って趣味が悪すぎて呆れる。今日のワイシャツとネクタイ、全然合ってないし。それから、その頭。お洒落のつもりなのかもしれないけど、バカさが丸出しだからやめたほうがいい」
「おおい! おれのことばっかりじゃん!」
「そうかな?」と雪は首を傾げた。昔から容赦ない。本当のことしか言わない男だからだ。もう慣れているから、そう気にはしないが。
「おれ以外にはないのかよ? 悪口」
「実篤以外の人に悪口……?」
彼は考え込むが、ふと顔を上げた。
「なんでだろ? ない」
「それって。おれ以外の人間のこと興味ないんじゃないの?」
悪口を叩きたい相手とは、それだけ目障りでつい関心を持って見る人間だ。そう。そいつの揚げ足をとりたいから。
ある意味、恋している相手を観察している時と同様だ。無視すればいいのに。気になって仕方がないのだから。
雪にとって悪口を思いつく相手はおれだけ、と言うことは——。
「雪はおれのことしか考えていないってことだな!」
ズバリ言い切ってやる。呆れられるかと思ったが、雪は滅多に見せない笑みを浮かべた。
「そうかも」
「本当に? 仕事中もおれのこと考えてんの?」
「いつもじゃない。でもたまに思い出す。また、おかしなことしているんじゃないかって。今日の組み合わせ最悪だから、今頃、副市長に軽蔑の目で見られているんじゃないかって」
「それって楽しんでんの? 心配してんの?」
顎に手を当てて考え込んだ彼は「どっちも」と答えた。
他人からみたらおかしいのかもしれないけど、おれにとったら嬉しい返答だ。
昼間、おれ以外の人間に思考を持っていかれるのかと思うと嫉妬せざるを得ないが、こうしておれのことを考えてくれているとわかると、それだけで嬉しい。
叶うなら誰の目にも触れさせないで囲っておきたい。
ツナガッテいたい。心も躰もだ。
隣に座る雪の白い首筋を見ていると、つい触れたくなる。
「なあ……」
ずっと思っていること。
「時々お前をおれだけのものにしていたくて、独り占めしたくて、首を締め上げたくなる」
そっと雪を見つめると、彼は相変わらずの無表情でおれを見ていた。
「実篤になら何されてもいいって、いつも言っている」
「お前」
ふと雪の口元が緩む。たまにしか見せない笑顔は多分おれだけのもの。そしておれの狂気的な気持ちを掻き立てる元凶。
「お前のこと殺したら刑務所行きだ」
「いいじゃない。経験できないことをするって楽しみ」
「楽しいって……そうなったら、お前はいなくなるんだ。おれは置いていかれるだけだ」
——いや。そうなればお前はおれの中で生き続けてくれるのだろうか?
他人が触れることのできないおれだけのものに。
「死んだら一緒にいられない。それは仕方のないこと。叶うならずっと一緒にいてあげる」
にこっと笑った雪の笑みは雪の中に咲いている水仙みたいだ。おれは目が離せない。
しかし彼はすぐに真面目な顔になって悩み始めた。
「首を絞めるには手か紐。我が家にある紐は電気コードくらい? ネクタイでもできる? 布系は締まりにくいんじゃないかな。やはり手で頸動脈を押さえ込む方法が一番……」
「いや。あのさ。確かにそうかも知れないけどさ」
「まずやりたいなら、きちんと調べたほうがいい。絞殺と扼殺とは違う。絞殺は難しい。時間がかかる」
「いや、ゆっくりとその様を見るのは興奮するかも知れないけど、やっぱり手の感触があったほうが……って! だから。冗談だよ。雪」
「冗談? なに? 笑うところ? あははー」
「だからさ——そう言うんじゃないって!」
雪の天然に呆れていると、彼は急に立ち上がって部屋を出て行った。
雪は昔からそう。興味があることには時間を忘れて取り組む。変なスイッチを押してしまったと後悔していると、彼は手に延長コードを持って戻ってきた。
「これで実篤を縛り上げたい!」
瞳をキラキラさせて、堂々とお願いされても……。
「い、いや。ごめん。おれ疲れているから」
「え! そうだった。ごめん。じゃあ、今日は止める」
——じゃあ、今日は止める? ああ、一気にしゅんとしてるじゃないか! なんで首を絞めるからのおれが縛られるになるんだよ!
「もう贅沢言わない! 独り占めしたいなんて言わないから。許してください」
両手を合わせて頭を下げると、雪は困惑したような顔をし、それから「仕方ない」とコードを下ろした。
素直に謝っておけば彼は、大概許してくれる。もう三十七年も一緒にいるのだ。雪のことならなんでも知っている。
コードを握りしめているその手に触れ、それからそっと引き寄せる。
「ツナガッテいたい。こんなものではなくて」
耳元でそう囁くと、もぞもぞと落ち着かなくなる彼の反応が見て取れた。始まる前からわかる。これからどうなるかなんて——。
何度も味わって、何度も感じた熱は脳の一部に刻み込まれているからだ。
快楽を得るには脳の報酬系と呼ばれる腹側被蓋野から扁桃核に伸びている神経系が機能する。更にはその刺激は、前頭前野に及ぶらしい。
雪が先日そう言っていた。
前頭前野は人間だけが発達している部位で、創造、思考、感情コントロール、空気を読むなどの力を発揮する。ここに不具合が起きると、社会的規範や、性的行動の逸脱を示すことがあると聞いた。
——多分、おれは前頭前野が弱い。雪との快楽には抗えない。もういつだなしツナガッテいたいのだから。
彼の細い指先を撫でそれから絡ませて握る。ぎゅっと握り返してくれるその仕草は同意の合図。
冬の夜は長い。雪を独り占めできる時間はまだ始まったばかりだ。
***
お題の「つなぐ」「悪口」「電線(電気コード)」「記憶」(「ビル」は入れられなかった!)を詰め込んだらこんなことに。うだうだですが書いてみたので上げてみます。ポリの本編ネタも含みます。
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