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第四幕
10 踏み台
しおりを挟む吉岡はさして驚くこともないとばかりに澤井を嗜めた。
——なるほど。吉岡は、すでに澤井と保住の間柄を知っているのだ。そういうことか。これは……。
澤井は牽制しているのだ。
『保住との関係性は、隠すほどのことでもない。吉岡も周知のところ。だから、その件はおれをおろすネタにはなり得ないのだ』と言っているのだ。
「澤井副市長。いくらこのメンバーだからって、あまりそう言ったお話は」
真ん中で右往左往しているのは保住だった。
昨晩の勢いはない。
さすがの保住も困らせる重鎮二人組というところか。澤井と吉岡が組んだら、もう誰も手は出せないということだった。
どういう理由で、どういう条件で二人がこの件に関して共同したのかはわからない。
やはり市長のそばにいても、自分には計り知れないことが多いのだ。この市役所という場所は……。
「すまないな。名誉毀損で訴えられそうだ」
「そうですよ。あなたは平気でも保住がかわいそうだ」
「しかし吉岡。そう甘いことばかり言うからこいつがつけ上がる。おれが退職した後、お前がこいつの手綱を持つのだぞ? かなりの暴れ馬だ。振り落とされないようにな」
「そんなことは承知しています」
「お前にこいつをしつけられるかな」
「しつけてみせますよ」
「あの!」
二人の会話に保住が割って入る。
「二人でお話しするのは別にしていただけませんか? 暇じゃありません。ね? 槇さん」
槇は保住に同意するかのごとく、小さく頷いた。それを確認してから、澤井は声を大きくした。
「ともかくだ! 吉岡、なんとか予算をつけてやれ。こいつらが思うように仕事ができるようにな」
「承知しました。お任せください」
吉岡の返答に満足した澤井は、今度は槇をみた。
「槇さん、いいですね?」
最終的に有無を言わせぬ澤井の口調に、ただ首を縦に振ることしかできない情けなさ。心の奥がざわざわする。
思い通りにならないと、駄々を捏ねて暴れたくなる幼稚な精神を持て余すのだ。
——癇癪でも起こして、大暴れしたらすっきりするのだろうか?
「どうやら、なかなか上手くはいかないようだな」
澤井と吉岡が出ていった市長室で、槇は大きくため息を吐いた。
こんな独り言はバカげているのに。誰も聞いちゃいない。
むなしい独り言であるはずだったが、最後に出ていこうとした保住は、それに気が付いたのか。言葉を返してきた。
昨晩、あんな理不尽なことになったのにも関わらず、こうして槇の言葉に耳を傾けるとは思いもよらなかった。
槇は振り返って保住を見返した。
「あんな場所まで図々しく上り詰めた人だ。そう簡単には行かない」
彼はじっと槇を見据えていた。
「澤井さんに昨晩のことを話さないのか?」
「話さなくても、あなたの腹の内は知っていた」
「大した男だ。先手を打たれた」
それは心からの言葉。負けを認めるしかないのだろう。打つ手なしで八方ふさがり。そういうことだ。
「そういう人だ。効率性を求める。何事も最短距離がお好きだから、そのためならおれなんか踏み台の一つだろう」
——保住が「踏み台」?ならおれなんて、眼中にもないということか。
そう思うと、なんだか笑ってしまうものだ。
「そうかもしれないな。澤井を下ろすことに執着しても解決しないということは理解した」
「澤井は使い様だ。立ち位置を変えれば、あなたにとって、大変力になる存在になるはず……」
「お前がいいように使っているようにか?」
半分は嫌味だが、保住は気にしていない様子で笑った。
「おれは使われている方だ」
「そうだろうか? 惚れた弱みか、澤井はお前には甘い。なんだかんだ言っても、結局はお前の意のままだろうが」
「そんな風に受け取られているなんて、心外だ。あの人は気まぐれ。今はこんなんだが、いつ掌を返すのかわからない。一職員であるおれが敵う相手でもない」
謙虚なことだと、槇は思った。
多分、保住は自分が思っている以上に市役所へ影響力を持つ男だ。それを自覚していないからこそこの程度だが、彼がそれを認識して使い始めたら——。
それは、組織を揺るがすことになるに違いない。
保住は確実に上に行く。そして市役所を掌握するだろう。
そんな槇の心中など知る由もない彼は、表情を変えた。
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