ばかな男は恋で賢くなるのか?

雪うさこ

文字の大きさ
44 / 83
第四幕

11 見ていたつもり

しおりを挟む

「槇さん。あなたの市役所ここでの地位は、安田市長に依存している。もっとやりようがあるはずだ。敢えてリスクの高い方法を選ぶ必要はないと思う。それにもう、時間は限られているのに、なぜそんなに権力に固執する? 市長の時間は少ない。円満に終わる事を選択しないのか」

 保住の問いは槇にとったら愚問。
 答えは一つだからだ。

「今の役所は誰かの傘下に入らないと上には行けない。君のように、意に反して巻き込まれ、押し上げられる人は稀だ。君にとったら不幸以外の何ものでもないことかも知れないが、そう言ったものが欲しくても手に入らない職員が大半なのだ」

「おれは迷惑だ。そんなものがあるせいでやりにくくて仕方がない」

「それは贅沢な悩みだ。一般職員はそうではない。あわよくば上司に気に入られ、その上司が更に出世し、自分を引き揚げてくれることを待つしかない。不透明な人事の結果だ」

 『不透明な人事』という言葉に、保住は反応した。

「昇進試験がないからな。明確な判断基準がないおかげでそういうことは起こりうる……」

 保住はそう言いかけて、語尾が不明瞭になる。彼の思考が邪魔をしているのだろうか。
 そして、一つの考えにたどり着いたらしい。一度、ぼんやりとした視線が、はっきりと光を帯び、そして槇を見据えた。

「野原課長のこと、心配しておられるのだな」

 ——正解。やはり頭の切れる男は嫌いだ。

 槇は心の中で自嘲し、それから保住に視線を戻した。

「野原は、……せつは、あんな調子だ。無愛想で、不器用。真面目で仕事熱心なのに、なかなか目立たない。融通も効かないし、上司には嫌煙されるタイプだ」

 だから。

「しかし能力が高い。今までになく出来た上司だ。だからこそ勿体ない!」

「勿体ない?」

 保住の言葉に驚いて尋ねると、彼は冗談ではないとばかりに真面目な顔で答えた。

「そうだ。こんな不正に加担させて、潰すつもりなのか? 澤井に目をつけられた職員は酷い目に遭う。おれがその典型例だ。野原課長が大事なら、わざわざあの人に手を出すのはやめた方がいい。澤井は徹底的に野原課長を潰しに掛かる男だ。おれや田口のことを見たらわかるだろう?」

 『田口』とは保住に付き従っていた職員か。槇はふと、昨晩の田口の様子を思い出していた。

「君は田口くんを随分と信頼しているのだね」

「当然だ。あいつはあいつの実力でやっている。おれが擁護しないといけない、なんてタイプでもないし、そんなことは望んでいない。おれがあいつを守るなんて、ことは思っていない」

「おこがましい、か」

 自分が野原を守りたいという気持ちは、おこがましいというのか。確かに昨晩の敗因は、保住に責められている野原を助けようと口を挟んだことで、自分たちの関係性を保住に晒してしまったことも一つだ。

 野原のことになると我慢できないのだ。保住が信頼している田口という男は、いくら槇が保住と言い合っても、口を挟むことなくじっと座っていた。
 確かに忠犬。主の指示なしには動けない忠犬。

 いや——違う。
 膝の上で握りしめられていた拳は、声を上げたくてもじっと耐えていたに違いないのだ。
 それは、保住を信頼しているからこそ。心配で仕方がないのに、じっと耐えて押し黙っていたのだろう。

 ——自分はどうなのだ?

 野原のこと、よく分かっていないくせに。野原雪という男は、人の気持ちが分からなくて、人づきあいも下手で、槇が側にいないとダメで……。

 ——本当に?

 自分が側にいなくても野原はすっかり市役所職員としてやっているではないか。

 ——じゃ、おれはどうしたらいい?

 自問自答していると、ふと保住の声が耳に入ってきた。

「槇さん、野原課長の仕事ぶりをちゃんと見てあげないと。それはあなたにしか出来ないことだ」

 ——見ている。見ているだ。なのに自信がない。
 保住のほうが野原のことを知っているというのか?

 槇は動揺していた。生まれてからずっと、野原の一番の理解者は自分であると思っていたのに、目の前にいる男は自分の知らない野原を語るのだ。目の前がちかちかとしている気がする。眩暈がした。

「では、失礼いたします」

 礼儀正しく頭を下げて市長室を出ていく保住を見送って、槇は「お疲れ様」と呟いた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

【R18+BL】空に月が輝く時

hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。 そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。 告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。 ★BL小説&R18です。

幼馴染みとアオハル恋事情

有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。 「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。 明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!? 思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。 アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ! 【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定 ※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】 □ショートストーリー https://privatter.net/p/9716586 □イラスト&漫画 https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/ ⇒いずれも不定期に更新していきます

必要だって言われたい

ちゃがし
BL
<42歳絆され子持ちコピーライター×30歳モテる一途な恋の初心者営業マン> 樽前アタル42歳、子持ち、独身、広告代理店勤務のコピーライター、通称タルさん。 そんなしがない中年オヤジの俺にも、気にかけてくれる誰かというのはいるもので。 ひとまわり年下の後輩営業マン麝香要は、見た目がよく、仕事が出来、モテ盛りなのに、この5年間ずっと、俺のようなおっさんに毎年バレンタインチョコを渡してくれる。 それがこの5年間、ずっと俺の心の支えになっていた。 5年間変わらずに待ち続けてくれたから、今度は俺が少しずつその気持ちに答えていきたいと思う。 樽前 アタル(たるまえ あたる)42歳 広告代理店のコピーライター、通称タルさん。 妻を亡くしてからの10年間、高校生の一人息子、凛太郎とふたりで暮らしてきた。 息子が成人するまでは一番近くで見守りたいと願っているため、社内外の交流はほとんど断っている。 5年間、バレンタインの日にだけアプローチしてくる一回り年下の後輩営業マンが可愛いけれど、今はまだ息子が優先。 春からは息子が大学生となり、家を出ていく予定だ。 だからそれまでは、もうしばらく待っていてほしい。 麝香 要(じゃこう かなめ)30歳 広告代理店の営業マン。 見た目が良く仕事も出来るため、年齢=モテ期みたいな人生を送ってきた。 来るもの拒まず去る者追わずのスタンスなので経験人数は多いけれど、 タルさんに出会うまで、自分から人を好きになったことも、本気の恋もしたことがない。 そんな要が入社以来、ずっと片思いをしているタルさん。 1年間溜めに溜めた勇気を振り絞って、毎年バレンタインの日にだけアプローチをする。 この5年間、毎年食事に誘ってはみるけれど、シングルファザーのタルさんの第一優先は息子の凛太郎で、 要の誘いには1度も乗ってくれたことがない。 今年もダメもとで誘ってみると、なんと返事はOK。 舞い上がってしまってそれ以来、ポーカーフェイスが保てない。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

恋を諦めたヤンキーがきっかけの男と再会する話

てぃきん南蛮
BL
荒垣は校内で最も悪名高い不良生徒だ。 しかし、ある日突然現れた優等生・寺崎に喧嘩を挑んで返り討ちにされてしまう。 寺崎にリベンジすると決心した荒垣だったが、何故か次第に恋心を抱いてしまい── 8年後。 社会人となった荒垣は偶然行き倒れていた美形を拾ってしまう。 その人物は、かつて恋心を抱いた寺崎本人だった。 冷淡な優等生×バカなヤンキー からの 過労気味国家公務員×家庭系土木作業員

悠遠の誓い

angel
BL
幼馴染の正太朗と海瑠(かいる)は高校1年生。 超絶ハーフイケメンの海瑠は初めて出会った幼稚園の頃からずっと平凡な正太朗のことを愛し続けている。 ほのぼの日常から運命に巻き込まれていく二人のラブラブで時にシリアスな日々をお楽しみください。 前作「転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった」を先に読んでいただいたほうがわかりやすいかもしれません。(読まなくても問題なく読んでいただけると思います)

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...