ばかな男は恋で賢くなるのか?

雪うさこ

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第四幕

10 止める役目

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「無理、だと?」

「そうです。……失礼致します」

 意表を突いて伸びてきだ逞しい腕に肩を引き寄せられたかと思うと、田口の方に振り向く格好になる。じっと野原を覗き込む瞳は漆黒で真面目。真剣そのものだった。なんだか困惑した。

「田口」

「本気で槇さんのやっていること、やろうとしていることを支持できますか」

 ——その話?

「……」

 野原は田口をじっと見つめていたが、ふと笑みをみせる。

 ——そんなことは決まっている。

 田口になんて問われなくても。過去も未来も答えは出ているのだ。

実篤さねあつの夢をおれは叶えてやりたい。それだけだ」

 ——そう。ドジで、ツメが甘くて、いつも失敗して、コントみたいなオチになる槇が愛おしい。大事なのだ。
 行き着く先が地獄だとわかっていても、きっと、自分は彼と共にある。彼に救われてきた人生なのだから。

「……」

 黙り込んだ田口を真っ直ぐに見上げて、言葉を続けた。

「実篤のやる事の是非を決める権利はおれにはない。ただ、あいつがやりたいなら、やらせてあげたい。それだけの話」

 田口はさらに困惑した顔をする。

 「なぜ?」と田口は問う。
 しかしそれは、野原が聞きたい。

 ——なぜそんなことを聞くのだ。当然のことなのに。

「なぜ、そんなにまでして、貴方は槇さんに尽くすのですか?」

「槇は——お調子者で、なにやってもツメが甘くて、結局は結果なんて出せない男だけど。おれは何度も彼に救われた。あいつがいなかったら、きっと……今ここにいないと思う」

「澤井副市長を蹴落としてもまた次が控えていますよ? 蜥蜴の尻尾切りだ。もっと性悪が副市長の座に座るかもしれない。安田市長の任期は来年までですよね? 安田市長の続投はあり得ない。槇さんは来年の冬にはいなくなるのです」

 ——そう。安田市長の任期は来年11月だ。

 何期もこなした彼の市政は、市民には飽きられているのは間違いない。誰しもが、「安田には次期はない」と口を揃えて言う。
 安田が引退するということは、私設秘書である槇の秘書生命も終わりだ。彼は市役所に足を運ぶことはなくなるのだ。

 そうなると、必然的に二人の職場は違える。

 そのことを言っているのだろう。

「そんなことは重々承知だ。だからこそ」

「だからこそ、そんなことさせていいのですか? 槇さんに。あなたは止める役目がある。それを放棄して槇さんと一緒にいられるのでしょうか?」

 田口の言葉は感情鈍麻な野原の胸に突き刺さった。

 ——止めるだって? 

 誰が。
 自分が?
 誰を。
 実篤を?
 なぜだ。
 なぜそんなことをする——?

 大事な人のやり遂げたいことを叶えさせてやるのが愛情なのではないのだろうか。
 
 野原には理解できない。なんだか、胸がざわざわとして落ち着かない。居処が悪いと足元もおぼつかなかった。


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