地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした。

雪うさこ

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Stabat Mater

第2話 遅番勤務

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 関口が帰ったあと、なんだか腑に落ちないあおを知ってかしらでか、星野は関口について説明をしてくれた。 

「ヴァイオリン弾きだ。高校時代まで梅沢にいてな。ご両親が東京に引っ越したっていうのに、こっちの爺さんの家で暮らしていたんだ。高校卒業後はドイツに留学していてさ。帰ってきたってところなんだろうな」 

 星野の説明に吉田が口を挟んだ。 

「そうすると蒼と同級生になるんじゃない?」 

「え? 同じ年、ですか」 

「そうなるね」 

 でも腑に落ちない。 

「あいつ、昔から星音堂せいおんどうが好きでね。ここの施設に入り浸りだったんだよ。だからここの職員はみんなあいつを知っているってわけだ」 

「そうなんですか」 

 ——だからみんなと親しいんだ。でも、なんでおれにあんな態度とるわけ? 性格悪そう。 

 自分だけが覚えた疎外感を持て余し、蒼はなんだか落ち着かない気持ちになった。 

「あいつ、コンクール出るんでしょうか」 

 吉田の言葉に星野は微妙な顔をした。 

「いや。出ねーだろ」 

 星野はぶっきらぼうに答えた。その意味が蒼にはわからない。吉田もそれ以上は触れないようにしているのか、その話題はそれで終わった。 

 
***


 遅番の時の大仕事は、時間を超過している団体をいかにスムーズに施設から追い出すかだ。それは特に大所帯になればなるほど時間が超過する。時間超過の常習のナンバーワンは梅沢市民オーケストラだ。 

 先週から始まった遅番の任は蒼にとったら大変な仕事だった。大体、公務員になって午後から出勤をして夜まで勤務をするなんて想定外だ。そんな勤務が三日に一度回って来るとは。生活のリズムに慣れるのには時間がかかりそうだった。 

 氏家から指示されて蒼は気合を入れて第一練習室に顔を出した。 

「時間が過ぎています! みなさま、速やかに退室願います!」 

 こうして声をかけていかないと、なかなか騒ぎはおさまらない。楽器の片付けをしている人たちや、すでに片付けを終え立ち話をしている人たちも多い。蒼は入り口で声をかけ続けた。星野にそうしろと言われているからだ。 

「ねえねえ。蒼くんだっけ? この前一緒に夕飯食べに行こうって言ったじゃん? その返事もらっていないんだけど」 

 蒼の目の前を通り過ぎて帰宅している人たちの中、足を止めて声をかけてくる女性二人組。先週から、なにかと蒼に絡んでくる市民オーケストラの団員、たちばな秋元あきもとだ。歳のころは三十代前半だろうか。蒼はこの二人が苦手だった。 

 遅番をしていなくても、残業をする機会も増えていたおかげで、彼女たちとは何度か面識があったのだが、どこをどうして自分を気に入っているのか蒼には理解できない。半分からかわれているとしか言いようがないのだ。 

「すみません仕事中なんで」 

「いつもそうじゃん。たまには付き合いなさいよ」 

「そうそう、お姉さまがたが面倒みてあげるって言っているでしょう?」 

 橘は少しふくよかな女性で、真っすぐなロングヘアーを一つに結んでいる。いつもスカートを履いているところを見ると、事務系の仕事をしているのだろうか。 

 秋元はショートカットで細身。橘よりも長身ですらっとしている。彼女はどちらかというとパンツスタイルが多い。この二人は対照的で、どうして仲良くしているのかと思うくらいだが、いつもこうして一緒にいる。 

「ですから——あの……ともかく! 早く帰ってくださいっ!」 

 四月からだてに、ここにいるわけではない。蒼は気持ちを持ち直し、女性二人の背中をぎゅうぎゅうと押した。 

「もう、強引なんだから!」 

「そんな蒼ちゃんも好きよ」 

 二人はうふふと笑いながら姿を消した。本当に彼女たちの相手は大変だ。 

「お世話様」 

「お疲れ様でした」 

 目の前を通る人たちと挨拶を交わしていくと、ふと目の前で立ち止まる男に気がついた。 

 先日、星野たちと親しげに話をしていたあの男——関口という男だった。 


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