地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした。

雪うさこ

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オルガンのための10の小品 "Dix Pieces"  第四曲 トッカータ hmoll

第6話 マシュマロ女

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 翌日。寝起きは最悪だ。せっかくできた友達なのに、喧嘩別れみたいになった。顔を合わせれば文句を言い合う仲だが、それは本気ではない。冗談まじりのやり取りだからだ。だが昨日は様相が違った。関口は本気でむっとしていたからだ。 

 ——なにか失礼なこと言ったのかな。まったく心当たりがない……。 

 朝から悶々としていると、いろいろなことにも手が付かない。いつも友達付き合いはあっさりしたものばかりだから、どうしたらいいのかわからないのだ。 

「お前の頭、変なの」 

 おせんべいをバリバリとかじりながら尾形はあおの頭を指さす。 

「え?」 

 慌てて頭を押さえると、高田もくすくすと笑っていた。 

「鶏のトサカみてえな。それ」 

 昼休み。遅番メンバーもそろっての昼下がりだった。高田の指摘に反論する気にもなれない。蒼は昨晩のことをみんなに説明しようかと思っていたが、星野に笑われたことを考えると、口を噤んでいた。ところが食いしん坊の尾形が突然に話し始めたのだった。 

「気のせいかと思っていたんですけどね。なんか……出るんですよ」 

 昼食を摂っていたメンバーは怪訝そうな顔していた。 

「出るってなんだよ」 

 高田が眉間に皺を寄せて尾形に尋ねる。 

「ですから。アレですよ。アレ」 

 尾形は両手を体の前に垂らして「幽霊」と呟いた。蒼は昨晩のことを思い出し、背筋がぞくっとするのを覚える。 

「尾形の見間違いじゃねーの」 

 星野は昨晩と同様の反応だ。 

「星野さん! 冗談なんかじゃありませんよ。二日前の遅番の時にね、可愛い女性がいてね、つい声かけちゃったんです」 

「下心ありありじゃねーか」 

 星野の突っ込みに蒼も顔を赤くする。 

 ——下心ないと言ったら嘘かもしれないけど……。なんだか恥ずかしい。 

「だって、あの休憩場所で一人で読書している子なんて珍しいじゃないですか」 

「なんだって?」 

 普段、少し離れた席にいるせいか、職員同士の話にはそう混ざってくることのない水野谷が不意に声を上げた。 

「課長」 

「尾形、なんと言った?」 

「えっと。ですから。あそこ。ほら。中庭に面した西側の休憩場所ですよ。あそこで読書している女性だったんです」 

「お、おれも。見ました」 

 蒼の声に、氏家と高田は「え?」と目を見張った。そして尾形は嬉しそうに蒼を見た。 

「やっぱり? お前も見た?」 

「は……話もしました」 

「おいおい」 

 氏家は苦笑する。星野は腕組みをして考え込んだ。 

「確かに。昨日の夜、蒼も言っていたよな。あん時は、そんなんあるわけねーだろって一蹴しちまったけど。尾形も見たとなると……これは怪しくねーか」 

「そうですね。幽霊騒動なんて、噂が立ったら、利用客が減っちゃいますよ」 

 吉田は不安そうに眉間に皺を寄せる。 

「本庁に報告するわけにもいかないし。……どうしますか。課長」 

 氏家は水野谷を見た。彼はあんなに興味津々の様子だったのに、突然興味が失せたのだろうか。弁当に視線を落とす。 

「放っておけ。バカバカしい。そんな話。現実にあるわけがないじゃないか。ほらほら、そんな無駄話してないで。さっさと食事をすること」 

「しかし、尾形も蒼も見たって」  

 吉田の言葉に水野谷はメガネをきらりんと光らせて、めんどくさそうに手を振る。 

「やめやめ。二人は相当疲れているらしい。しばらく遅番から外すか」 

「え? 課長。大丈夫ですよ」 

 蒼は首を横に振るが、尾形は嬉しそうだ。 

「本当っすか? 遅番しなくていい?」 

「その代わり、残業手当はなしな」 

「が~! うちには食べ盛りのお子が二人もいるのです。課長~……遅番やらせてくださいよ~……」 

 尾形は慌てて水野谷に泣きつくが、彼は取り合わない。 

「まあ、一週間程度休めばいいだろう?」 

 珍しく不機嫌そうな彼の態度に、他の職員たちは、口を開くことができない。黙り込んで黙々と食事を摂った。 

 
***


 今夜の遅番は吉田と高田だった。尾形と蒼は遅番を外されたが、残業であれば居残りは可能だ。蒼はなんだか気になってズルズルと残っていた。 

「しっかしさ。幽霊なんて、本当にいるのかね?」 

 昨日の星野のように、プロ野球を見ていた高田のつぶやきに吉田は、パソコンを打つ手を止めた。 

「おれ、見たことないんですよね」 

「そりゃ、おれだってないよ。でも蒼は見たんだろう?」 

 資料を揃えていた蒼は頷く。 

「幽霊だと思えませんでした。普通の綺麗な女性に見えましたけど」 

「どんな感じなんだ?」 

「えっと……髪が黒くて、ツヤツヤしていて。白くてポワポワしたマシュマロみたいな子でした」 

 蒼の表現に、吉田も高田も笑う。 

「な、なんで笑うんですか?」 

「いやいや。お前の主観がバッチリ入っていておかしいって」 

「そうそう。恋しちゃうとねえ」 

「恋なんてしてませんっ! おれは見たままを言っているだけで……」 

「だから……。まあ、いっか」 

 高田は苦笑する。そして、「よっこらしょ」と腰を上げた。 

「おれ、ラウンドしてくるわ」 

「すみません」 

「おっけ」 

 懐中電灯を持って、口笛を吹きながら高田は事務所から出て行った。 

「大丈夫でしょうか。おれも一緒に」 

「蒼は心配性だな~。別にいいじゃん。可愛い女の子なんでしょう? おれも会ってみたいな~」 

「吉田さん、惚れちゃいますよ。きっと」 

「それはお前だろう!」 

 吉田は椅子にもたれたまま苦笑したが、ふと真面目な顔をした。 

「でもさ。もしだよ? 彼女が幽霊だとしたらさ。この星音堂せいおんどうゆかりがあるとか、思い入れがあるとか、なんらかの理由があるってことじゃない?」 

 彼の言い分はごもっともである。幽霊というのは、生きている頃の思いに引きずられてその場所に留まっていると聞いたことがあるからだ。 

「ってことは、星音堂に関係しているってことですよね」 

「そうだよ。パイプオルガン奏者って言ったんだろう?」 

 「そうです」と蒼は頷いた。すると吉田はあごに手を当てて考え込む。 

「ねえ、ってことは、『パイプオルガン』ってキーワードで調べると手がかりが出てくるんじゃないかな」 

 いつもはのんびりしている吉田だが、そういうアイデアは素晴らしい。蒼はすかさず同意をした。 

「それ、いいアイデアですよ。って言っても、おれは星音堂のことは詳しくありませんから、どこから手をつけたらいいのでしょうか?」 

「だよな。おれも皆目見当もつかないな。——明日、みんなが来たら相談してみようか」 

 二人でそんな話をしていると、高田が血相を変えて事務室に駆け込んできた。 

「高田さん?」 

「で、……出たっ!」 

「へ?」 

「出たよっ!」 

 青白い顔をした高田は、肩で息をしていた。 

「ま、マシュマロ女……っ!」 




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