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独奏ヴァイオリンのための組曲 Op.123 Ⅳ chaconne
第4話 友達
しおりを挟む「ここ、一人で住んでいるの」
「父親の実家なんだ。祖父母が住んでいてね。僕も高校まではここで住んでいたんだけど。ドイツに行った後に、バタバタと二人とも死んでしまって。今では一人だな」
「東京には家があるんでしょう?」
「東京の家には妹がいるくらいだ。あの人たちは、ほとんど日本にもいないからな」
『あの人たち』という表現には棘がある。やはり関口は両親に対して複雑な思いがあるようだった。
——自分と同じか。
急須にお湯を注いでお茶を煎れてくれる関口を見ていると、なんだか笑ってしまった。
「なんで笑うかな」
「だって、関口ってお洒落な感じなのにさ。なんだか年より臭いよね」
「悪かったね」
少々顔を赤くしている彼は、なんだか幼く見えた。そういえば自分と同じ年だ。大人びて見えるが、結局は同じか。蒼《あお》はそんなことを思いながらお茶を口に含んだ。
「あったかくておいしい。随分体が冷えていたみたいだ」
「風邪ひくとよくない。前に喘息を持っていると言っていなかったか?」
「そんなこと、よく覚えているね」
「なんとなく覚えていただけだ」
和風な部屋には少し古ぼけたオーディオが置いてある。そのそばにはレコードが本棚に収められていた。やはり音楽家の家という感じがするが……。
「風呂に先入るといい。夕飯作っておくから」
「作れるの?」
「作れるよ。あっちで一人暮らししていたからね」
「あっち——そうだった。関口って留学していたんだもんね。なんかすごいなあ」
「すごい? 留学なんてみんなしている」
「あ、そう……」
正直言うと、関口とは住まう世界が全く違うのだと思い知らされた。たまたま、蒼の実家のことで共通の話題があるだけで、それ以外はまるっきり接点もない人間同士なのだ。こうして一緒にいても、話題が合うはずもない。
なんだか戸惑ってしまって黙り込んでいると、ふと関口が口を開いた。
「そう言えば。蒼のお母さん。どう? 家に帰ってきたんだろう?」
ここのところ、関口との会話は蒼が音楽の色々なことを教えてもらうことが多く、自分の実家の話はしていなかったと気が付いた。母親の病院に行くきっかけを作ってくれた関口なのに、なんだか忘れていただなんて申し訳ない気持ちにもなるが、正直に言うと、人の家の事情を知りたい人なんていないのではないという気持ちも強かった。そのおかげで、関口に母親の話をするということ自体を忘れていたのかもしれなかった。
「そうだったね。無事に帰ってきてね。すっかり落ち着いたみたい。昔ほどうるさい親戚もいないしね」
「それだけ時間が経過したってことか。ものごとはいつも同じではないということだな」
関口の言葉にはいろいろな意味が含まれているように聞き取れた。蒼は彼を見つめる。
「ねえ、関口」
「なに」
「おれのいろいろな事情は聞いてもらったからいいんだけど……関口はなんか話すことないの?」
蒼の問いに関口は一瞬顔色を変えたが、ふと首を横に振った。
「いや。別にないよ。僕は特に問題はない」
——嘘ばっかり。
しかし、これ以上彼が話す気がないのに、無理やり引きずり出すようなことは得策ではないと考える。蒼は「そっか」と言葉を切った。
「それよりも蒼は実家に帰らないのか。母親が戻ってきているのだろう? 病院だと言っていたな。そんなに手狭というわけではなさそうだけど」
「もうすっかり一人暮らしに馴染んでいるからね。帰るつもりはないよ。ただ、少しは顔出したほうがいいのかなって」
「それはそうだろう? 顔くらい見せないと」
関口の言葉は差し迫っている。
「わかった。関口のアドバイスは素直に受けよう」
「なんだよ。偉そうだね」
「たまにはいいじゃない。いつも関口のほうが偉そうなんだし」
「いやいや。人にアドバイスをもらって偉そうにするほうがおかしいでしょう」
「そうかな?」
「そうだよ。そんなの論外」
「え~」
蒼の反応に関口は笑った。こうして一緒に過ごしてみると、彼は年相応。やはり同級生というだけのことがある。
「ねえ、同級生だったってことは、高校時代は市内ウロウロしていて、どこかで出会っていたかもしれないよね」
「確かにな。蒼は部活とかしていたの?」
「え、部活なんてやってないよ。帰宅部。一応天文部」
「星見ていたの?」
「年に一回くらい。顔出さないと退部って言われたから、仕方ないしね。だから星のことはよくわからない。よくわからないけど見るのは好きだけどね」
「そっか」
関口は眼鏡をずり上げてから蒼を見た。
「今度プラネタリウム付き合えよ」
「え? いいよ。いいけど——」
友達と遊びに行くということをしたことがないから、別に恥ずかしいことでもないはずなのに、挙動不審になっている蒼だ。それを見て関口は、大笑いをした。
「な、なに?」
「別に。蒼ってさ、からかうと面白いね」
「面白いって! ねえ、あのねえ。本当に性格悪いよ?」
「ああ、悪いね」
お風呂が沸く音がして、関口は蒼を見た。
「先に入ってきな。夕飯作っておくし」
「でも」
「いいから」
彼に背中を押されてしぶしぶと立つ。風の音はますますひどくなる一方だ。この古い家もギシギシと音を立てているのだが大丈夫なのだろうか? そんなことを思いつつ蒼は促されるままに浴室に向かった。
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