地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした。

雪うさこ

文字の大きさ
79 / 94
交響曲第9番  d moll Op.125

第4話 吉田くんの好み

しおりを挟む



 巷ではクリスマス一色だった。星音堂せいおんどうの入り口にも天井に届くくらいのクリスマスツリーが設置された。橙色だいだいいろの小さいライトが仄かに灯ったり消えたりしている。 

 銀色、金色、白色。ボールや星、さまざまな形のオーナメントの間に降り積もるような雪に見立てた綿。それをじっと眺めていると、吉田がやってきた。 

「きれいだよね」 

「吉田さん。もうクリスマスですね」 

「本当だ」 

 二人で並んでそれを眺めていると、鳥小屋の様子を見てきた星野もやってきた。 

「おいおい。クリスマスに浸ってる場合かよ」 

「浸っている場合ではありませんけど。なんかきれいですよね。こんな大きなツリーあったらいいなって思います」 

 あおは瞳をキラキラさせてツリーの一番上の星を見上げた。それにつられて星野と吉田も同様に見上げる。 

「吉田はどうすんだよ。クリスマス」 

「え? えっと。え? だって。おれは……」 

 珍しく口ごもる彼を見て、蒼ははっとした。 

「え? 吉田さんって。恋人いるんですか? うそ!? 今までなにもそんなこと言わなかったじゃないですか」 

「星野さん……」 

 吉田は恨めしそうに星野を見る。 

「え~。いいじゃねえか」 

「吉田さん! 吉田さんの恋人ってどんな人なんですか? 可愛いですか? この前のオルガンのマシュマロみたいな女の子? あんな感じですか?」 

「おいおい。おまえ、興味津々すぎるだろ」 

 あまりに吉田に食らいつく蒼に、星野は彼の首根っこを掴まえた。 

「だって~……。吉田さん、いい人だから。きっとかわいい子なんじゃないかなって」 

「なんでいい人だと恋人が可愛くなる訳?」 

 弱り果てている吉田を横目に星野はにやにやとして蒼を見る。 

「吉田の好みは野獣系だぞ」 

「星野さんっ!」 

「ええ!? え! や、野獣系ってなんですか。野獣みたいな女子? 大人の女性ですか!」 

「蒼~……ってか。星野さん。本当に勘弁してくださいよ」 

 吉田は苦笑して、蒼を見る。 

「星野さんはね。ちょっと病気だよ。本気にしないで」 

「確かに。たまに血迷ったこと言います」 

「だろう」 

「おい! お前らなあ」 

 星野が怒ろうとしたとき、事務所から水野谷の声が飛ぶ。 

「お前たち! さぼってるなよ」 

「ちぇ、課長に見つかった。ツリーの飾り直していたんですよ」 

 星野は適当なことを言いながら事務所に戻っていった。それを見ながら蒼は心がざわついた。 

 ——クリスマスかあ。 

 そもそも、クリスマスを人と祝うという習慣が蒼にはない。母親と二人きりだったころは、彼女がサンタのフリをしてプレゼントをくれた。 

 熊谷栄一郎という男も同様だったが、なにせ仕事が忙しい男だ。家にいるということがない。自宅には大きなツリーが飾られていたが、兄や弟、そして家政婦とのクリスマスは味気なく、プレゼントを開けるだけのなんの意味もないクリスマスだった。それに、この時期は喘息の調子が悪くて病院でクリスマスを迎えることも多かった。 

 だから正直に言えば、クリスマスをどう過ごしたらいいのかわからない。いつも一人。巷がそういう雰囲気でも。一人暮らしをしている間もいつもと変わり映えしない生活を送っていた。 

 大学時代に彼女ができた。だが、当時は鬱々と過去に縛られている状態だったので、たった数か月でお別れだ。そのおかげで誰かと過ごすクリスマスというものを経験するまでには至らなかったのだ。 

 ——関口はクリスマスってどうするんだろう? なにかプレゼントって必要なのかな? 

 彼と一緒に住み始めてから女性の姿は見ていない。クリスマスは東京に帰るのだろうか。そんなことを考えていると、先に事務室に入った星野に呼ばれた。 






 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...