田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第11章 同期

03 星音堂

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 二人がやって来たのは星音堂せいおんどう。梅沢市内にあるホールの一つである。市内には、県が運営している文化センター、街中にあるパッソホール、公会堂こうかいどう、温泉街にある椿つばきホールなど、複数のホールが存在する。

 その中でも、市が直接運営しているのが星音堂だ。響きにとことんこだわった設計のおかげで、全国でも五本の指に入る残響時間を誇る。

 残響時間とは、音が響いて残る時間のこと。簡単に言えば、お風呂の中で歌っているような気分が味わえるのだ。ただし、その特徴があるおかげでオールマイティに受けるホールではないことは事実。

 室内楽や、声楽系には大変向くが、吹奏楽などのガチャガチャした感じの編成だと、エコーが裏目にでることも多い。利用者側の好き嫌いが激しいホールの一つでもあった。

 館内には県内では珍しい、パイプオルガンが設置されている大ホール以外に、小ホール、六つの練習室がある。そして併設施設には調理実習室や、体育館と言った、全く違った要素の設備もある。

 星音堂の建物は一つだが、用途は多様だ。同敷地内には、田口が担当している星野一郎記念館もあるので、この場所には、よく足を運んでいた。

 星音堂の担当は渡辺だが、今回は別件で外勤に行くことになっていたので、保住自ら足を運んだと言うところのようだ。馴染みの星野一郎記念館の脇を通り過ぎて、星音堂に足を踏み入れる。

 正直、田口は初めてに近い。自動ドアをくぐって中に入ると、中は薄暗かった。
日中で夏のさわやかな晴天なのに、薄暗い廊下には橙色だいだいいろの間接照明が灯っている。

 まず目を引くのは中庭を望める大きなはめガラスの窓だ。中庭には、誰の作だかわからない少女のブロンズ像が座り込んでいる。その隣にはけやきの木。中庭を囲んで作られているのだなと、よく理解できる。

 キョロキョロとしてしまっている田口だが、保住は迷うことなく左に折れて側の事務所に顔を出した。

「こんにちは」

小柄な男が顔を出す。

「お疲れ様です」

「本庁の文化課振興係の保住です。今日は二時から……」 

 保住がそう挨拶をすると、一番奥から眼鏡をかけた痩せ型の男性が愛想よく手を振りながらやって来た。

「やあやあ。わざわざ足を運ばせちゃって。悪いね。保住」

 彼はブルーのワイシャツにベストを着ている。クールビズの割に、エアコンがよく効いているせいか、そんな格好なのだろう。

水野谷みずのや課長、お時間いただいてありがとうございます」

「固い挨拶は抜きにして。今日も暑いね。どうぞ、どうぞ」

 保住と田口は、応接セットに通された。すると先程の小柄な男が氷の入ったお茶を運んできた。

「これは、すみませんね」

 保住が男に頭を下げたので、田口も真似る。男は顔を真っ赤にして恐縮したように視線を彷徨わせた。

「いえ、あの」

 水野谷はにこにこと優しい笑みを浮かべていた。

「うちの若手の吉田だよ。可愛いでしょう?」

「確かに。うちの若手は田口ですから」

 可愛いでしょう? と保住は悪戯な視線を田口に向けてくる。冗談はやめてくださいという視線を向けてから、水野谷に自己紹介をした。

「田口です。どうぞよろしくお願いします」

 水野谷と保住は笑う。

「——比べる方がおかしいです」

 田口は咳払いをした。

「田口は昨年から星野一郎記念館の担当なんです」

 水野谷は関心した顔をして、田口を見る。

「昨年から、記念館のロビーコンサートが大変面白いと思ってみていたけど、君が担当だったんだね。音楽、やっていたの?」

「いえ。全く知識はありません。ずっと剣道でした」

「そうなの? それなのに、随分と面白いアイデアが多いね。保住の入れ知恵かな?」

「おれも音楽が出来ないのは、ご存知じゃないですか」

「昔から勉強一筋だもんね」

 水野谷は笑う。

 ——この人は保住の過去を知っている? 

 田口がそう思った時。細い銀縁の眼鏡をかけた男が、資料を手にやってきた。

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