田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第11章 同期

04 同期

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「遅くなりました。申し訳ありません」

 水野谷みずのやは、にこっと笑ってから男を紹介した。

星音堂せいおんどう一、有能な安齋あんざいだよ。今回の企画の担当者です」

「有能という表現、やめていただきたいですね。課長」

 眼鏡が光っていて表情は読めないが、真面目そうなのはよくわかる。

 ——いや怖いタイプ?

 田口は少し構えた。正直、星音堂にこんな出来るような男がいるとは思ってもみなかった。出てくる時、谷口たちに言われた言葉があったからだ。

『星音堂は流刑地みたいなもんだ。一度配置される、本庁には戻れないらしい。本庁でヘマしたらあそこって噂だからな』

 ダメな人間が揃っているなんて、勝手に思っていた。

 だが意外だ。どの職員も変な様子はない。堂長兼課長の水野谷は、人当たりのいい管理職という感じだ。お茶を出してくれた吉田も恥ずかしそうにしているものの、お茶の出し方や接遇は成っている。それに、ほかの職員も真面目に仕事をしているようだ。そして安齋という職員。

「そちらの意向は、よく理解いたしました。それでは、うちの意向をお伝えします」

 彼の話は簡単だ。

「日程は一月中にいただきたい。周知チラシ印刷のためです。以上です」

 ——それだけ?

田口は、安齋を見る。彼は「なにか?」と一瞥いちべつをくれた。

「いえ」

「他に要望があるのかと思ったんですが」

「そんなものはありませんよ。こちらとしては、抱き合わせで事業が出来るなら、願ったり叶ったりです。別段、問題はありません」

 きっぱりと言い切る安齋。それを見て水野谷が茶々を入れた。

「全く面白味もない男でしょう? だから三十にもなって彼女も出来ないんだから」

「課長」

 彼はじろりと水野谷を睨む。それを受けて保住も苦笑した。

「そんなこと言われたら、おれなんて終わってますけど」

「そうだった! 保住、君もだよ! いい歳なんだから、そろそろ身を固めないと」
 
田口は咳払いをする。

「おれも30ですが、独り身です」

「なんだよ! おれ以外独身?!」

 水野谷の言葉に仕事をしていた職員が二人手をあげる。

「おれも」

「おれもです」

 先程、お茶を出してくれた吉田もだ。真面目に仕事をしているのかと思いきや、聞き耳を立てていたのだろうか。水野谷は大きくため息だ。

「これだ! 日本の将来が暗くなるわけだ!」

 彼は安齋と田口を見る。

「君ら同期になるのかな? 三十でしょ?」

「はい」

「そうなりますね。同期会には顔を出さないので分かりませんが」

「おれもです」

 保住は「確か」と続ける。

「田口たちの年代は、大量雇用の年だったな」

「そうでした」

「誰が誰だかなんてわかりませんけど」

「だな」

 同期といっても仲良くする気もない安齋だろうし、田口も人見知りだ。これからも交わることはないだろう。

「では、失礼しましょうか」

 保住の言葉に水野谷は名残惜しそうだ。

「もう帰っちゃうの? 寂しいなあ」

「すみません、また次の機会に」

「今度は、飲みに行こうね。吉岡《よしおか》さんも会いたがってる」

「ありがとうございます。よろしくお伝えください」

 保住は笑顔を見せてから事務所を後にした。

「あの方は……」

 田口は車に戻ってから尋ねる。

「あの人も父の後輩だった人だ。あんな調子で星音堂にやられているけど、正直言うと、あの人じゃないと、星音堂ここは管理出来ないと思う」

「そうなんですね」

「星音堂は流刑地とか言われているが、どこの部署よりオールマイティさを求められる。予算、施設管理、広報活動、事業計画立案と実行、評価。専門性も高い。そんな部署、なかなか本庁にはない。公民館業務も似てはいるが、それよりもやらなくてはいけないことが山積みだ」

「そうなんですね」

「あの人、学習院出のお坊ちゃんだし」

「ああ」

 ——だから少しみんなとズレているのか。

 田口は苦笑した。

「田口」

「はい」

 保住は田口をまっすぐに見る。

「おれは上手く出来ないが、お前は横の繋がりも大切にしろ」

「え——?」

「お前を助けてくれるのは、上司や部下だけではない。同期も然りかもしれないぞ」

「しかし、同期は難しそうですね」

「それはそうだ。おれは出来ないな」

 助手席に乗ってから彼は笑う。

「同期はどうしても足の引っ張り合いがあるからな」

「保住さんに優しくしてくれる同期なんているんですか? みんなから反感ばかりでは?」

「よくわかるな! だから——」

「友達いないんですよね」

「だな」

 秋の匂いがする街中を田口は車を走らせた。

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