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第18章 飼い犬に手を噛まれる
02 受け入れられない
しおりを挟む財務との話から帰ってきた十文字は保住の隣にべったりだった。
「先ほどの質問は、どういう意図なのでしょうか?」
会議の内容で聞きたいことがあるらしい。いつもはめんどくさがるはずの保住も、珍しく十文字の問いには答えた。
「財布を握る奴は金の勘定だけだ。どんなものでも金に換算して考える。人、モノ、時間、全てだ。だから、ああいう質問をした」
「なるほど」
会議に出ていない職員には、内容がわからない会話だから、渡辺たちは黙って仕事をしている。しかし、田口は気が気ではない。十文字は活気のないタイプだと思っていたのに、先ほど褒められて張り切っているのだろうか、意気揚々と保住に食いついていく。
「しかし。ああいう感じの言い方しちゃうと、腹を立てる人も多いのではないですか」
「時には感情を揺さぶるのも、交渉時には大事なことだ。あまり怒らせるのはよくないが、多少揺さぶりをかけておくと不安が出てくるものだ」
「そっか。わざと怒らせるようなことを言うのですね」
「まあ、わざわざそうしなくても、おれの物言いだと怒る輩のほうが多いがな」
「そうでしょうか。係長はいつも正しいことを言っていますけど」
「だからだろう。思ったことを言いすぎて相手を怒らせる。これがおれの特性だ」
「たしかに」
十文字は妙に納得して頷く。そして、肯定された保住も同様に頷いた。
「お前も気を付けろ。おれはそういうこと気がつかないからな」
「打たれ弱いです。勘弁してください」
「慣れろ。気配りは出来ない」
「キツイですねー」
二人の話が盛り上がるのをみて、悶々としてしまう。そんな田口の裏腹な気持ちになんか気がつかない様子で、渡辺は口を挟んだ。
「十文字。おれたちも慣れたから大丈夫だ」
「そうなんですね」
「しかし。そんなに皆さんを傷つけるようなことは発言していないと思うのですが」
保住は渡辺に同意を求めるが、一同は微妙な笑みを浮かべていた。
保住は、照れ隠しも相まって、田口に対しての言葉尻はキツイ。彼の気持ちも理解しているからこそ受け止められるものだが——。それが続くと、精神的に落ち込むのは当然のことなのだ。
「おれたちだから——ですからね! 係長」
谷口の言葉に保住は苦笑した。
「ありがとうございます」
みんなが和やかにしている中、田口は、自分の進まない仕事に戻った。星野一郎記念館と星音堂では規模も違う。星音堂の担当は大変だった。二、三十人規模のサロンとはわけが違うのだ。
運営費用も桁違いだ。今年の星音堂の企画は、昨年議会を通過しているが、細かいイベントはこれから決まるものもある。星音堂から上がってきた書類を精査し、時には相談に乗る。委託を出しているような感じだ。
田口は星音堂からの報告書を眺めながら、イベント出演者への依頼状を作成している最中なのだが……。
「田口」
ふと保住に呼ばれて顔を上げる。
「はい」
「依頼状の第一弾まだか?」
「すみません。作成中です」
「今日中だぞ」
進まない。
進まない。
気がかりばかりで。
黙々とやらなくては。
本当はみんながこうして仲良くしているのがいいのに。
——どうしてだろうか。
十文字も仲間として認めないといけないのに。自分に自信がなさすぎて、受け止めきれないのだろうか。田口は黙り込んでパソコンに向かった。
——集中しろ、集中しろ。
そう言い聞かせながら。
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