田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第26章 さらば、振興係

02 新旧振興係

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 廊下に出た四人だが……。しかし田口はおかしい唸り声を上げた。

「うううう……」

「唸るなよ」

 目の前の渡辺は笑う。

「すみません……抑えきれない心の問題が……」

 顔を青くして本気で唸っている田口は面白すぎる。渡辺と谷口は顔を見合わせて笑った。

「お前が落ち込んでいるのを慰めるのも、おれたちの仕事だったよな」

「そうですね」

 二人はくすくすと笑いが止まらない。

「やだな。田口さん。係長にフラれるとすぐこれですもんね」

 十文字は面白そうに田口を見る。

「そう言うなよ」

「ってか、異動してきたばっかりの頃は、ポーカーフェイスのクソ真面目野郎だと思ったけど仕事出来なくて号泣したり、係長のディフェンダーになったり」

「教育長の研修の時なんて、ほっぺにキスマークだもんな」

「この三年間。本当、お前には楽しませてもらったぞ」

 渡辺はにこにこっとして田口の肩を叩く。

「あれは……汚点です」

 指摘されて久しぶりに思い出す。太ったどこかの教育長につかまれて頬にキスマークをもらった時のこと。なんだか遥か昔のような気がするが、今でも彼女の唇の感触に身震いがした。

「男らしいと思いきや、ただの中学生でお人好し。結構ナイーブだしな。ああ、そうそう、お前の訛りも可愛い」

 渡辺は愉快そうに手を叩いた。

「お二人とも本気で勘弁してください」

 褒められることには慣れていない。田口は耳まで赤くする。

「本当、お前をからかうと面白いな」

 いつまでも笑う谷口だが、渡辺が気を取り直した声を上げた。

「あいつ来たら行こうか」

「あいつ?」

 田口と十文字は顔を見合わせた。

「本当ですね。今日はスペシャルゲストがいたんだけどな」

「係長がいないと知ったら残念がるぞ」

 谷口と渡辺が顔を見合わせるので、田口と十文字は首を傾げた。

「スペシャルゲストって……?」

「誰ですか」

 そんなことを話していると、大きな声の男が手を振ってやってきた。

「お疲れちゃーん」

「遅いぞ」

「待ちくたびれましたよ」

 渡辺と谷口は彼を迎え入れる。

「あ……、矢部さん」

 そこには今年頭に異動していった矢部がいた。

「なんだよ。お前もお出迎えしてくれんの? いい心掛けじゃん!」

 相変わらずでっぷりしている彼は嬉しそうに笑う。十文字は初対面。目を瞬かせて矢部を見つめていた。

「矢部さん。今日は係長、パスですって」

「え~~! 嘘でしょう!? おれ、真面目に楽しみにしていたのにぃ~!」

 矢部は本気でがっかりした様子。

「なんで、なんで~?」

 今度は田口に掴みかかる。自分だって泣きたいのに。

「仕方ないじゃないですか。忙しいんです」

「お前さ。本当、使えねえな。なんとかしておけって。お前が手伝わないから係長の仕事終わらないんだろう?」

「手伝えるものなら手伝いたいです!」

 二人がぐずぐず言っているのを見て、十文字はぽかんとしていたが、矢部はすぐに彼を見つけたようだ。

「なに、なに。このオシャレくんは」

 渡辺が紹介する。

「お前の後に異動になった十文字だ」

「なんだよ~。こんなオシャレなやつ配属させちゃってさ。おれの存在感なんて微塵もないじゃんかよ~」

 矢部は相変わらずだ。今日も一緒に机を並べて仕事をしていたのかと思うくらい、馴染んでいるからおかしい。

「そう言うなよ。異動して落ち着いたら、係長も入れて、またみんなで飲もうぜ」

「わかりましたよ」

「どれ、行くぞ」

「行こう、行こう」

 肩を落とした矢部と田口をはげましながら、歩き出す一団だが目の前の扉が開いて、課長の野原が姿を現した。彼も帰るところだ。黒いコートに鞄を抱えていた。

「お疲れ様です。課長」

 こんな廊下に人が沢山いるなんて思ってもみなかったのか?

 野原は一瞬、動きを止めてじっと一同を見渡した。そんな彼に渡辺が声をかけた。

「課長も一緒にどうですか?」

 谷口たちは「本気?」と言う顔で渡辺を見る。しかし、言われた張本人は目を瞬かせるばかり。奇異なものでも見てしまったかのように。見てはいけないものでも見てしまったかのように。ぽかんとした瞳で四人を見つめた。多分、見たことのない矢部をどう理解しようか考えているところなのだろう。

「一緒って、なに?」

「飲み会ですよ、飲み会。今日は振興係の新年会なんです。昨年度までいた、この矢部くんも交えての新旧振興係の新年会! 忘年会の続きなんて楽しいじゃないですか」

「忘年会……」

 谷口の言葉に一瞬で野原の顔色が悪くなる。そして荷物を握りしめて方向転換をした。

「帰る」

 彼はスタスタと廊下に消えて行った。

「お疲れ様でした~。今度、また飲みましょうね~」

 手を振る渡辺。それを見送って谷口は矢部に耳打ちする。

「新しい課長ですよ」

 矢部はニンマリと笑った。

「なにあれ。不思議生物? 保住係長同様、いじりたくなるタイプ!」

「でしょ? 矢部さんならわかってくれると思っていました」

 谷口は笑う。野原はこの前の忘年会で、振興係にいじられたことがショックらしい。最近、渡辺や谷口が近づくと自然に腰が引けているのが見て取れる。ある意味、この振興係の面子が最強かもしれない。保住もよくこのメンバーを統率していたものだ。

 もし、彼が異動になんてなったら、この矛先は誰に行くのか……?考えただけで恐ろしい。

 ——自分も異動したい。

 田口は心からそう思っていた。

「どれどれ、行きますか!」

 こうして新旧振興係のメンバーは新年会へと繰り出した。




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